第30話 あ~マジでダルいんだけど
僕には到底できそうにない、前に依頼で畑の手伝いというのをしたことがあった。だが、その時は大根どころか人参でさえ片手では引っこ抜けなかった。依頼主は機械のように右、左、右、左と一定のリズムで収穫していた。彼女の動作がまさにその依頼主を彷彿とさせるものだった。
約一時間ぶりに見たワイバーンの頭部は地面に埋もれていたこともあって土が付着して汚れていた。ただそれだけで牙が折れていたりや目がつぶれたりなど損傷部位はなかった。あんなに激しく衝突したのに、ほとんど無傷に等しいとか、伊達に竜種ではないということか。
そんな感想を一人述べつつ、大根を持つようにワイバーンを持つ彼女の手元に視線を移した。
そこで僕は信じがたい光景を目の当たりにした。
ワイバーンはキラリと光る淡紅色の宝石を嵌めた革製の首輪を着けていた。
「なあガレス……これって?」
僕はワイバーンの首輪を指差しながら彼女に問いかけた。
「あ~……あっ! なんでこのワイバーン首輪なんて着けてんの⁉」
「いや知りませんけど! でも、これってそういうことだよな?」
「う~ん……断言はできないけど、そうっぽいわね。だから、このワイバーンはこんな場所にいたのね……はあ~どこのバカよマジで。あ~もう見つけちゃったからには、ギースに報告しないといけないじゃないの! あ~マジでダルいんだけど……」
ガレスは溢れだす感情をそのままワイバーンにぶつけていたが、僕にはそれを止めさせる勇気も根性もなかった。
傷一つなかったワイバーンの首に彼女の手の跡が刻まれ、頑丈な鱗がミシミシと悲鳴をあげながら最後にはへし折れる。
僕はただその光景を眺めるしかできなかった。ここで、僕が一言でも何か言ったら、ターゲットが僕に変更されることが確実だからだ。その隣ではリンが興味なさそうに毛づくろいをしていた。
チョークスリーパーを極めて三分が経過した頃、ガレスは正気を取り戻したのか急に手を緩めた。
「……ごめんメグルやっちゃったわ。これで減った分の差額は私が補充しておくわね……ホントにごめん。せっかくあんたが綺麗に倒してくれたってのに傷物にしちゃったわ。はあ~私は何をやってるんだか……」
「あーうん、それは助かる。あと、僕としては買取額が減らないのであれば別に気にしない。だから、傷物にしたことへの謝罪はいらない」
「そうじゃぞ、ガレス。よくよく考えてもみい……そちがおらねば、そもそもその買取すらできずじまいじゃったかもしれんのじゃぞ? じゃから、そちが気にする必要など何もないのじゃ」
僕たちの返事を聞いたガレスは頷き掴んでいた手を放した。ワイバーンはドーンと本日二回目の土ぼこりを上げて地に伏せた。次に彼女はワイバーンの下半身側に向かって歩き出すと、今度は無造作に尻尾を掴んだ。
「そっか。じゃ行きましょうか……」
ガレスはややテンション低めにそう言うと、ズルズルと引きずりながら丘を下っていった。僕たちもまた彼女のあとを追って丘を下った。
町に着くまでの間、僕は俯きながら先を行くガレスに声をかけ続けた。それが何の意味があるのかすら僕自身も理解できたかったが、どうしてもそうしなければならない。彼女を独りにしてはいけないと思った。一緒に行動しているのに僕には彼女が一人ぼっちに見えた。
だが、実際はそうじゃなかった……彼女はただ考え事をしていただけだった。僕の声が霞み聞こえなくなるほど集中し思考を巡らせていた。そのくせ、歩行速度は行きと同じで三時間コース、しかもお土産であるワイバーンを引きずりながらである。
リンが一言も発せずにただ黙々と歩いていたのは、このことを知っていたからかもしれない。というか、気づいていたんなら僕に教えてくれてもよかったのでは……。
その虚しい独り言に近い行為も決して無駄ではなかった。なぜなら、発音し聞くことで自然と頭の整理をすることができた。
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