第23話 それじゃ道案内よろしくな

 そんな感動的なスキンシップの余韻に浸りつつ、ギルドマスターの部屋をあとにした。

 ガレスはその足で大剣を担いでワイバーンを討伐しに行こうとしたが、目的地までここから三時間近くかかるらしく、僕とリンは準備を整えるために一度、猫泊亭に戻ることにした。


 準備といっても冒険者ギルドに出向く時には、もう最低限の準備は済ませている。今回僕が準備と称して戻ったのは、ナルガスさんに三人分のお弁当を作ってもらうためだった。

 冒険者の定番携帯食料であるカッチカチのパンと燻製肉でもよかったのだが、前回の討伐依頼時に彼女は僕たちに色々としてくれた。このお弁当はささやかではあるが、そのお礼も兼ねて用意したわけである。


 それとは別に冒険者スタイルの彼女と、どんな風に接すればいいのか判断に困っている。あの距離感はニーナに似ていなくもないが、何というか色々と慣れるのに時間がかかりそうだ。


 待ち合わせ場所の北側の外壁門は、南側にある猫泊亭とは正反対の位置にあるため、ただ移動するだけでも十数分かかった。


「うん、なんかやってる……?」


 門と大通りを往来する人々の邪魔にならないように、少し離れた場所に人の輪ができていた。

 ガシャン、シャキンと金属がぶつかり合う激しい音、歓声が湧き上がっている。中心部で何かお祭り的なものが催されているらしい。


 観客たちの話し声を聞く限り……どうやら冒険者と門番が模擬戦を行っているようだ。しかも、その勝敗を賭けている人たちもいるようで、色々な思惑がのった声援が飛び交っていた。

 僕は今も昔も賭け事を一度もしたことがない、ただでさえ人生がギャンブルのようなものなのに、さらに掛け金を上乗せするような根性も勇気もない。

 今からワイバーンを討伐しに行こうとしている命知らずが言うセリフではないかもしれないけど、僕としては平穏な日々を過ごしたいのだ。


 それはさておき、その模擬戦自体には興味があったので、一目見ようと輪の中に潜り込もうとしたが、人っ子一人入るスペースもなかった。そうこうしているうちに決着がついたのか、観客の熱気が冷めていくのを感じた。


 人々が散り散りになって輪が崩れたことで、やっと中心部を見ることができた。

 そこには地面に仰向けで倒れた門番と、その首元に大剣を向けているガレスがいた。


 ガレスは「私の勝ちね!」と勝利宣言をすると、地に伏せた門番に手を差し伸べた。

 門番は「嬉しそうにしやがって」とやっかみを言いつつも、嬉しそうに差し伸べられた手を取り立ち上がった。


 仕事に支障がでないかと不安でいっぱいだったが、門番は地面に突き刺さっていた剣を拾うと、何事もなかったかのように所定の位置に戻っていった。

 プラチナランク冒険者と模擬戦をしておいて、息切れすらしていないとは、あの門番が異常なのか……いや初めてこの町に来た時に出会った門番もただならぬ気配の持ち主だった。たぶんこの町の門番になるには最低でもあれぐらいの実力がないとなれないということか……。


「あれ……メグル来てたんなら、声かけてよ!」


 ガレスは大剣を背負いながら口を尖らせて近づいて来た。


「あんな熱狂している状況で、水を差すようなことできるわけないだろ?」


「そんなにすごかったの、全然気づかなかったわ。でも、メグルが遅れるのが悪くない? すぐに来ると思って私、ずっと待ってたんですけど?」


 話を聞く限り彼女は解散してすぐに北門に向かい、僕たちが来るのをずって待っていたらしい。ただ途中から時間つぶしも兼ねて馴染みの門番と模擬戦を行っていたようだ。


 来るのが遅いと責められているが、待ち合わせ場所を決めた途端に姿を消したのはそちらだった気がする。呼び止められなかった僕にも責任はあるかもしれない。今回はお互い様ってことにしておくとしよう。


「あ~それについてはこっちとしても弁解させてほしい。そもそも集合時間って決めてたっけ?」


「そんなはずは~……してないわね。じゃ~許してあげる」


「どうもありがとうございます。それじゃ道案内よろしくな、ガレス様?」


「私に任せておきなさい。行くわよ、二人とも私について来なさい!」


 意気揚々と先行するガレスの後姿が見えた時、どう考えてもおかしな点があった。彼女は背負うための紐も鞘もないのに、刀身むき出しの大剣を背負っていた。その大剣はどこにも留め具がないにもかかわらず、彼女の背中にピタッと貼りつくようにくっついていた。

 ルルの場合は弓に肩掛け用の紐をつけて背負っていたが、ガレスの場合は何か特殊な魔具を用いているのかもしれない。


 あれ、そういえばルルも弓は持っていたけど、矢筒は持っていなかった。あっちはあっちでどうやって射る気だったんだ……。


 僕は新たな謎を抱えたまま先導する彼女のあとについて行った。

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