第22話 彼女も火属性の魔法の使い手だよ

 ガレスの装いなど諸々が気になって仕方がなかったが、まずはギースから僕を呼び出したわけを知る方が先決だ。彼女もここに呼ばれているということは、どちらにせよ僕にも関係あることだろうし、話を腰を折ってまで早急に知る必要性はいまのところない。


 僕はガレスに促されるまま隣にリンを挟むかたちで座った。その数秒後にギースは対面のソファーに腰を下ろすと、手短に挨拶をしたのち部屋に呼んだ理由を話し始めた。


 ギースの話をざっくりとまとめると、ゴールドランクに昇格するための依頼を受けてくれないかというものだった。ガレスが同席していた理由は、前回のゾンビ討伐同様に今回も討伐証明確認を採用しているからだった。討伐証明者と認定されているということは、ガレスもまたプラチナランクだということだ。


 ギルド受付嬢であり現役のプラチナランク冒険者。

 その驚愕の真実に僕は開いた口が塞がらなかった。


 また討伐部位じゃ不向きと判断されている時点で、今回も少々面倒な魔物が相手だということも知れた。


 ゴールドランクに昇格することは僕にとっても決して悪いことじゃない。ゴールドランクになれば、冒険者カードの失効期限が一年に延長される。

 今のところは体調面に関しては特になんの不安もないけど、今後はどうなるか分からない。万が一大ケガをしたり、他にも何かの理由で長期間依頼を受けられない日々がこないとは限らない。失効期限が半年から一年に延びるのは、こっちとしても願ってもないことだ。

 ただ気になる点があるとすれば、我がギルドマスターは討伐対象の魔物について最後まで情報を伏せていることだ。

 僕には拒否権などないのにそれでもなお、僕が『イエス』と首を縦に振るのを待っているようだ。僕としては契約したのだから、そこまで気を回してもらわなくても大丈夫なのだが、ギースにもギルドマスターとしての矜持というか、譲れないものがあるのだろう。


「この依頼を受けてもらえるかね?」


「受けるも何も僕に拒否権なんてないですよね? もとよりそういう契約ですし、それよりも今回の魔物についてそろそろ教えてもらえませんか?」


「やはりメグル君にはこんな回りくどい方法よりも、直接言った方が良かったか。次回からはそうするとしよう。今回メグル君に討伐してもらいたい魔物はワイバーンだ――」


 ワイバーンって、あのプテラノドン的な空飛ぶ竜だっけ? ゴールドランク昇格するのにもう竜退治とかしないといけないのか。

 火を吹かないから安心だからとか、我がギルドマスターは笑顔で僕に語っているけど、大きかろうが小さかろうが竜種ドラゴン。この人は本当にそのことを理解しているのだろうか、竜退治ドラゴンスレイヤーっていったら、英雄の異名とかになるやつでは……。


 まあいざとなればガレスが助けてくれるとは思うけど、正直超不安なことには変わりない。


 それよりもゴールドランクの人たちって、みんなワイバーンと同ランクの討伐依頼を達成しているってことだよな、僕の鬼火がすごいってガレスは言っていたけど、それは本当か……シルバーランクのグールだって火が弱点だったから倒せたけど、もし火が弱点じゃなかったら僕は倒せていたのだろうか。


 いま気にしたところで仕方ないか、僕には鬼火しかないんだから、あとはこれでどうやって倒すかだけを考えればいい。火属性の魔法を得意とするゴールドランク冒険者たちも、きっと僕と同じように知恵を絞って昇格依頼を攻略してきたはずだ。


「――で、ワイバーンの生態についての説明は終わりだ。なにか質問はあるかね、メグル君?」


「一つだけ質問いいですか? 火の魔法でワイバーンを倒した冒険者がいたら僕に紹介してほしい。攻略の参考にしたい」


「ふむ、確かメグル君も火を扱うんだったね。そういうことなら、ガレスにあとで訊いてみるといい。彼女も火属性の魔法の使い手だよ」


「ガレスがですか……?」


「君の言いたいことも分からなくもないが、まあ詳しくは彼女から教えてもらうといい。私からの話は以上だ。ここで勉強会をしても良いし、君たちの好きなタイミングで出て行って良いぞ」


 僕は疑心に満ちた瞳で彼女の顔を見ている間に、ギースはソファーから書斎机に移動して書類を読み始めていた。


 ガレスは自信満々な表情を浮かべ、僕に向かってサムズアップしてみせた。受付嬢の時の彼女であれば、何も疑うことなく心から信頼できるのだが、この冒険者の時の彼女はなぜか拒絶反応が起こる。同じ人物あるはずなのに信頼できない。

 その結果、僕は無意識に同じ質問を今度は本人に向かって口にしていた。


「ガレスがですか……?」


「私にどんと任せなさい。時間も勿体ないし、歩きながら教えてあげるわ。さ、リンも寝てないで行くわよ!」


「我は寝てはおらぬのじゃ。だから、撫でるでない、メグルからも止めるように言うのじゃ」


「僕も撫でていい?」


「あなた本当にいい毛並みね、ずっと撫でていたいぐらいよ!」


「いい加減にするのじゃ、そちたち!」


 パシィーンという音が二重に聞こえたと思った時には、僕たちの手は弾かれてソファーに叩きつけられていた。

 リンによる両前足による音速猫パンチが炸裂したのだ。


 凄まじい衝撃が手に伝わったのに、痛みをまったく感じなかった。それどころか心地よいとすら感じている。どうやらそれは僕だけではないようで、ガレスもまた同じ感情を抱いていたはずだ。彼女もまた叩かれた手を愛おしそうに見つめていたからだ。

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