第2話 村まであとどれくらい

 僕は数時間ほど身体を動かしたり妖術を扱い方を練習すると、凛太郎の提案により人里に向かうことにした。


 妖術よりも僕が一番嬉しかったことは、思うがままに身体を動かせたことだ。軽く走っただけで喘息を発症していた。それが今では数時間身体を動かし続けても息切れ一つ起こさない。

 ただこれに関しては、常人の域を超えている気がする。慣れない服で休憩なしで草原を駆け回ったはずなのに、全くもって身体が悲鳴を上げないのだ。


 歩けども歩けども、代わり映えのしない景色が続いている。

 右を見ても、左を見ても、後ろを見ても、前を見ても、草ばっかりだ。


 疲れ知らずの身体で闊歩するのも楽しいけど、さすがに緑の絨毯ばかり踏み歩くのにちょっと飽きてきた。本当にこっちで合ってるのかと疑いたくなることもあったが、先行する凛太郎を見ては心を落ち着かせた。

 僕と異なり凛太郎は自信満々に迷いなく真っすぐと草原を突き進んでいた。


「なあ凛太郎、村まであとどれくらい?」


「さて……な。我にもわからん、そもそもこっちに人里があるのかも定かではないしの」


 信じ難い言葉を耳にしたことで、僕はつい足を止めてしまった。


 僕の聞き間違いかな? なんか道知らない的なことをこのもふもふは言った気がするのだが……。


 恐ろしい言葉を口にした当の本人はというと、急に立ち止まった僕をいぶかしげに見ている。


「どうした廻?」


「どうしたもこうしたもないって……凛太郎さっき自分が言った言葉を思い出してほしい」


「我、何か言ったか?」


「こっちに人里があるか知らないとか言わなかったか?」


「あぁ~そのことか。日本ならまだしも、異世界の地理など我が知っているわけないじゃろ? まあ廻は我を信じてついてこれば良いのじゃ! 招き猫たる我を信じるのじゃ!」


 凛太郎は左手を上げながら自信満々にそう言い放つと、尻尾を振り振りしながら歩いて行った。


 猫又から招き猫にクラスチェンジしているけど、凛太郎はそれでいいのかと声に出しそうになったがぐっと抑えた。


 あと個人的なものとしては、ポーズが思いのほか様になっていた。正直なところ、すっごく可愛かった……看板猫として店頭に置けば、商売繫盛は間違い無しだろう。だが、これも言葉にはしなかった。凛太郎が図に乗るのが目に見えていたからだ。




 そこからさらに歩き続けること数時間が経過し、太陽は傾き夕暮れを迎えようとしていた。


「……あの凛太郎さん?」


「なんだ廻?」


「もうかれこれ六、七時間ほど歩いているのですが……あれ? 聞こえてるよね、凛太郎?」


 自分に都合の悪い言葉は聞こえないふりをする。これは僕も前世よくやっていた行動だ、ペットは飼い主に似るというけど、こんなところまで別に似なくてもいいのになと、そう思ったけどそもそも猫はこういう性格をした動物だ。


 つまり……僕の方が凛太郎に似ているのかもしれない。


 そんなことを考えていたら急に凛太郎が駆けだした。

 僕は置いていかれないようにと、足がもつれそうになりながらも必死に追いかけた。


 しばらくすると凛太郎は急停止をして「ほら、見てみろ廻! 我が正しかったじゃろ?」と尻尾をピンと立てて満足げに言ってきた。


 そこには丸太で作った柵で四方を囲んだ小さな村があった。とはいっても、まだここから一キロほど離れてはいた。その村も僕が見入ってしまったのはその手前の光景だった。草原の先にはわだち蹄跡ていてつ、人の足跡が刻まれた通り道があった。


 ちゃんと終わりがあったんだという安堵感で胸がいっぱいになった。

 その瞬間、僕はその場に勢いよく背中から倒れ込んだ。


 休憩がしたかったというよりも、この緑の迷宮にもちゃんと終わりがあったんだという安堵。

 そしてステージをクリアしたという達成感に浸りたかったのかもしれない。


「はぁ~長かった。そういや言語とかって大丈夫なのか? 僕こっちの言葉なんて知らないぞ?」


「そこらへんは問題ないのじゃ。転生時にもれなく習得しているはずじゃ」


「へぇ~便利なもんだな。問題は上手いこと会話できるかってとこぐらいか」


「……そうじゃったな。まあ安心するが良いぞ。いざとなれば我が代わりに村人と話してやるのじゃ。で、いつまでそうしておるのじゃ?」


 僕は両手を使って跳ね起きると、耳を立てる凛太郎に向かって「行こう」と声をかけ前方を指さした。


 異世界での初交流は思ったよりもスムーズに進んだ。あれほど言葉に詰まっていた僕とは思えないほど、流暢りゅうちょうに村人と会話をすることができた。異世界補正のおかげかもしれない。

 前世では幽閉に近いような環境だったこともあって、僕のコミュニケーションレベルは非常に低い。会話するといっても両親とたまに来る家庭教師ぐらいだし、成長をする機会がほぼ無かった。


 例え成長できる機会があったとしても、昔の僕はそれを掴もうとはしなかったかもしれない……。

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