さみしがりやの僕に、妖狐の友達ができました。 〜悪夢を視せる鬼は外! 頼れる妖狐と祓屋は内!〜
色葉みと
第1話 この子、人間よな?
一歩先も見えないような闇の中、二つの足音が響く。
気づいたら走っていて、気づいたら追いかけられていて。あれに捕まってはいけない、それが唯一分かっていること。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ——」
息が苦しい。足が重い。止まるな、止まったらダメだ。あれに捕まったら、戻れなくなる。
『
『こっちにおいで、葉鳥』
突如後ろから聞こえた声に、どくんと心臓が跳ねた。
どうして、この声が……。どうして、父さんと母さんの声が。
『ああ、やっと止まってくれたね』
僕は足を止め、振り返ってしまった。——もういないはずの、大切な人の声が聞こえたから。
だが、そこにいたのは黒い何か。父さんでも母さんでもない、黒い何か。
それは僕の足首を掴み、じわりじわりと近づいてくる。
『ねぇにげなイデ。ワタしタちのかわイいコ』
『葉鳥、はトリ。あいしテいルヨ』
やめて、離して……。その声で愛してるなんて言わないで。僕にそんなことを言われる資格なんてないんだから。
耳を塞いで縮こまってもその声は止まらない。
『——そうダ。オマえのセイだ。おマエのセいでぼクタチは』
『おまエノせイデワタしたチハしンダ』
『オマエガコロシタンダ』
分かってる。だから僕は幸せになってはいけない。それに僕は独りだから、もう誰にも助けなんて求めないから……。だから、だから——。
「——たちばなさん!
虫食いのような模様がある白い天井、薄いオレンジ色のカーテン、僕を呼んでいる白衣を着た女性。
ここは、大学の保健室?
「よかった……! 目が覚めたんですね! 講義中に倒れて運ばれてきたんですよ。かなりうなされていましたが、大丈夫ですか?」
倒れて運ばれて……、うなされて……、黒い、夢。そうだ、僕は独りでいないと。そうしないとこの人も僕のせいで——。
顔から血の気が引いていくのを感じる。
「……橘さん?」
「す、すみません。もう行かないと」
ベッドのそばに置いてあった鞄と上着を持ち、靴を履き、立ち上がる。倒れそうになるのを堪えながら、保健室から出ていった。
後ろから保健室の先生の慌てる声が聞こえたが、僕は無視をして駆けた。
『あの人間、どうして血相変えて走ってるんだろうな?』
『さあね、ぼくらには分からないことだよ』
『それもそうだな』
横を通った木の上からそんな会話が聞こえた。
あれは妖怪と呼ばれるもの、多くの人には視えないそれが、どうしてか僕には視える。
妖怪の中には有害なものと無害なものがおり、今のは無害なもののようだ。
だがそんな無害なものにも油断は禁物。目があったり会話したりすると、襲ってくるものもいるから。
さて、今からどうしようか。講義も途中で抜けてしまったし、次の講義に参加できそうな体力も残っていない。正直、立っているだけでも精一杯だ。
「……はぁ」
「そないなところで立ち止まってため息なんてついて、どないしたんや?」
だ、誰!?
思いきり振り返ると、肩にぎりぎりつかない明るめの茶髪に金色の瞳をした男性がいた。着崩した赤茶色の着物とクリーム色の羽織がよく似合っており、チャラそうな印象を受ける。
あ、やば。目の前が暗く——。
「おっと、大丈夫ですか?」
倒れかけた僕を支えてくれたのは、センターで分けた藤色の髪に……見えてるのかな、この人? そう思ってしまうくらい糸目な男性だ。チャラそうな男性と違って、落ち着いた雰囲気を漂わせている。
「あ、ありがとうございま——っ!?」
落ち着いてみえる男性の頭上に、手のひらサイズのフクロウが。フクロウってこんな紫色のやついたっけ? もしかしてこれ、妖怪、とか? いやさすがにそんなわけない、よね?
当の男性は、何か不思議なことでも、と言わんばかりに首を傾げている。というか、そのフクロウ落ちないんだ……。
「……もしかして君も視えるん?」
チャラそうな男性は紫色のフクロウを取って、上下左右に動かす。そして空に向かって投げた。落ちるのかと思いきや、くるくると飛んでいるフクロウを自然と目で追ってしまうのは仕方のないことだろう。
何だあれ。十中八九妖怪だよ。……思わずセルフツッコミしてしまった。
「……めっちゃ視えとるやないか」
「みたいですね」
「ところで
「おそらく……?」
ちょっとそこの方々、どういう話ですかそれ。「この子」ってどう考えても僕のことだよね。……え、僕って人間じゃなかったの?
そんなことを考えながらも僕の視線はフクロウに釘付けだ。
「試しに
「イセ、あなた何を考えているんですか?」
「大丈夫大丈夫。妖怪やったら消えるだけ、人間やったらちょっと気絶するだけやから」
き、気絶? 何それこわっ。ちょっ、チャラそうな人、呪文みたいなの唱えないで……!?
危機感を覚え、フクロウから目を離して男性たちの方を向く。
チャラそうな男性はおふだのようなものをこちらへ向けていた。ばちばちと電気をまとったそのおふだ。どう考えてもやばそう。
ど、どうしようか。……どうもできなくない? わ、こっちに投げてこないで!? 思わず目を瞑ると、ドーン! と何かがぶつかるような音がした。
あれ、痛くない……? おそるおそる目を開けてみると、銀髪に同じ色の狐耳、狐の尻尾を持つ人の後ろ姿が見えた。
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