思ったことが叶ってしまう顛末
小沖 いくや
第1話 辞めてくんねぇかな
今年で33歳。
それも実家暮らしで、正社員に就いてはいない。
今まで仕事は長く続かなかった。
人間関係の構築が苦手な上に、日々のマンネリした日常の連鎖が苦手だった。
辞めたいと思うと、もうその感情から脱け出せなくなる。
そう思ったが最後。
ホワイト企業でこの俺には勿体ない会社だったと思う。
それでも勢いで辞めてしまった。
そこから二年のニート生活を送った。
両親からは仕事をさっさと見つけて家から出ろと散々催促される。
そんなの自分が一番わかっている。
焦り。その上で他者からわかりきったことを言われると苛立ちが募る。
自業自得。ああ、そうだ。
でも、したくもない仕事をする毎日には耐えられない。
どうして世の中の多くは、嫌々働きながら何年も何十年も働き続けられるのだろうか。
俺がただ単に社会不適合者だからか?
どうにかして働かなくとも余生を暮らしている大金が転がってこないだろうか。
いっそのこと、俺の存在を消してはくれないだろうか。
結局いま、俺はニートを脱したいがために嫌々ながらフリーターとして居酒屋のキッチンで働いている。
同じアルバイトの多くは大学生であり、まだ未来に夢を見られる年齢である。
居心地の悪さは大いにある。
でも、ニート時代の自己嫌悪していた日々の辛さも知っている。
さっさと次の就職先を見つけて、こんな場所から去ろう。
――――――――――――――
河村哲人は疲弊した身体で帰路を辿っていた。
昔は華の金曜日と呼ばれていたが、今でも休日を前に呑みにやってくる客は多く、彼からすれば地獄の金曜日と化す。
「大体、居酒屋ひとつ潰れたところで、困る奴なんかごく僅かだろって話だ。結局のところ飲食業やサービス業で喜んで働く奴なんていうのは、み~んなドMなんだよ。な、そう思わねぇか? かわむら~」
駅の改札も見え始めたころ。
哲人に愚痴を零して共感を求めるのは、彼の上司にあたる吉川だった。
「それじゃどうして居酒屋に就職したんですか?」
一般社員の吉川はバツが悪そうな表情をする。
「世間の目を気にして。それ以外になにがあるってんだ。べつに俺だって安月給で、こんなキツイ仕事したいわけじゃねえの。だからよ、次の転職先を見つけたら、サッサとここともおさらばだ。俺はヤドカリになる。ヤドカリ人生だ」
「ヤドカリ人生……ですか」
「そうだ。よりよい住居を求めるヤドカリと一緒で、俺は最高の場所を見つけるまで転々とする覚悟さ」
いっても吉川ももう40手前。
最高の場所どころか、年々その住居探しは困難を極めるだろう。
哲人はその無謀な計画に関して、いちいちツッコむことはしなかった。
他人の人生、どうなろうが自分の知ったこっちゃない。
「あ。すみません。俺ちょっと寄らないといけないところがあるんでした」
「おいおい。こんな時間にどこに行くって言うんだよ」
「いやぁ、その……」
「あー! なるほどなるほど、お前も男だ。我慢できないときもあるってもんだ。よし、行ってこい! 日頃の鬱憤を女にぶちかけてやれ!」
なにか勘違いをしてくれたお陰で、哲人は吉川と離れることが叶った。
本当は用事なんてものはない。当然、性欲を解消するような店に赴くつもりもない。仕事終わりにまで、面倒臭い上司と同じ時間を過ごすことが耐えられなかっただけである。
郊外の居酒屋ということもあって営業時間は23時まで早めの終了である。
閉店作業を含めても、日にちが切り替わる前にはいつも帰宅できていた。
吉川が乗るであろう電車を見送り、次の電車を待とう。
哲人は次にやってくる電車の時間まで、適当に時間を潰すことにした。
「そういえば、駅の周辺をちゃんと探索したことがなかったな」
この日ばかりは気まぐれが勝つ。
重たい足であるが、興味が彼を突き動かした。
時間も時間だけに人の姿は粒程度にしかいない。
大通りの道は普段から行き慣れた場所だったため、あえて電灯の数が減っていく細道の路地を狙って歩みを進めた。
冬の寒空のせいか、余計に夜空の闇が深く感じられる。
べつに興味をそそるような隠れた店がある気配もない。
興味は段々と薄らぎ、さっさと駅のホームに向かおうかと踵を返そうとしたところ。
「ん? こんなところに神社なんかあったのか」
小さい。とても小さな神社。
鳥居があったので、そう自然と認識するほかなかった。
大の大人が二人ほど肩を並べてようやく通れるほどの細い細い道。
吸いつけられるように、哲人は中へと入っていく。
ガタガタボロボロの参道。
修繕どころか古くから放置されているのではないかと思うほど、あちこちに雑草が生え茂っている。
「肝試しには最高だな」
少し歩くと賽銭箱と対面し、 その先には本来鈴が一つ吊り下げられている。
折角だからとその鈴を鳴らそうと思ったのだが、鈴緒は取り外されて揺り動かせるものはなかった。
仕方がないので、哲人は適当に10円玉だけ賽銭箱に投げ入れるだけ入れて腰を下ろし、その場で無礼にもタバコを取り出して吸い始めるのだった。
「こんな汚いところに放置されるなんて、神ってのも辛い扱いを受けているんだな」
ふぅと吹かせたタバコの煙は、暗闇の中でもはっきりと見える。
その煙を追いかけながら、わずかに光り輝く星を見上げる哲人。
“あ~寒い。これもすべてアイツのせいだ。仕事終わりぐらい、一人で帰らせろってんだ。あ~あ。アイツ、今すぐにでも辞めてくんねぇかな”
夜空に向かい、哲人は心に思った。
そうして、タバコを吸い終わった彼は、そこは真面目に灰皿ポケットに吸殻を投げ入れて持ち帰るのであった。
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