第3歩 月曜日の夫人たち
日曜日の「お勤め」が終わると、牧師たちは世俗の中に戻る。ただの社会人なら、ただの憂鬱な曜日だが、教会の牧師たちにとっては、気分転換である。毎週1時間の説教文を作る労力は生半可なものではない。
逆に説教を5分までに縮めなければならない神父達にとっては、突然の葬式の電話に怯えながらの、ネタ集め期間だ。
と、いうわけではないのだが。
その日、ローマンはとあるアパートを訪れた。
「はーい! …まぁ、お義兄さん!」
「よぉ、話すなら今しかないと思ってな。」
「まぁ、今日は誰と話すつもりで?」
「それはまぁ、いつもの通りということで。」
そう言って、勝手知ったる弟の家に、ローマンは上がり込んだ。今の日本の弟嫁は、もう慣れきっているが、結婚したばかりの頃は、義兄の常識離れした『カンの良さ』に戦いていたものだった。
「よーっす、オバハンども、元気にしてたか?」
「あ! やっぱり来た!」
弟嫁の連れ子達も、小さい時から『そういうもの』と理解している。オバハン、と、呼ばれた若い娘たちは、ローマンを歓迎し、こっちこっち、と、隣の部屋に連れていった。
産まれたばかりの子供が、ベビーベッドに寝かされている。
ローマンは、そのベッドに近寄っていき、赤ん坊―――を、見ている小さな子供を抱き上げた。幼稚園くらいの、人形遊びをしていた子供は驚いたようだったが、自分がベビーベッドの隙間に下ろされると、途端に顔が期待に溢れた。
「はい、おちゃんこ。」
ローマンに促され、子供はぺたんと座り、手元の人形を横におく。ローマンがそっと、子供の上半身ほどもある赤ん坊を抱き上げて渡すと、子供は満足そうに笑った。
「『俺』が持たせるなら、お前らも怖くないだろ?」
「ああ、そういえば私も、妹が生まれた時、抱っこさせて貰えなくてスネたわ。…今は、先にお母さんになられてスネてるけどね!」
そう言って、嬉しそうに姉は、母になったばかりの妹の頭を撫でた。妹はまだ年若い。
「ねーねー、おじたん。」
「どうした?」
ローマンは、外見だけなら20代後半くらいであるが、実際のところ、それは相手がそうだと思った年齢に見えているだけなので、特に気にしない。
「あーね、あーね、ボクたちも、あかたんほしー。ちょーだい。」
そう言って子供は、がちがち、と、プラスチックのおもちゃを鳴らした。片手で持ち上げたので、ころりと転がった赤ん坊をキャッチし、ローマンは真剣な顔で言う。
「赤ちゃん欲しいの?」
「うん! うゆとやまんと、ごぢら、ボクだいすき! あ、あとね、あっぱんぱんと、ぷいきゅあもすきでね、それからね、わんわんと! しんばと…。」
「うんうん、大事な
「うん!」
「大好きな
「うん! ボクもおせわする! ちゃんとおさんぽつれてくし、ごはんもあげる! だから、ボクの赤ちゃんほしいー!」
子供あるあるである。子供が興奮して両腕を離し、回し始めたので、さりげなく赤ん坊を母親のところへ手渡した。子供は、実は入りたかったベビーベッドの中で、手元のおもちゃ達を並べながら、いつも遊んでいる2つが、どれほど本当は仲がいいのか、と、話し始めた。
ローマンは脇目も振らずにその話を聞き、時々その2つのおもちゃがどんな風に遊んだのかと質問しながら、子供の『赤ちゃんほしい』に、応えて言った。
「今日の夜、お前のお友達の中から、一緒に赤ちゃんを育てたいお友達を1人だけ、選んで、一緒に寝てごらん。明日の朝、お前の赤ちゃんがやってくるよ。」
「ほんと?」
「そうだよ。神様にできないことは、何もないからね。」
ほんとにほんと? と、繰り返す子供に、ほんとほんと、と、繰り返し、そのままローマンは子供を抱き上げ
、腕の中で異種怪獣バトルに付き合った。
そのまま子供が腕の中でうとうとし始めると、昼寝の添い寝までこなし、漸くアパート管理人の部屋は静かになった。
…代わりに、赤ん坊は火がついたように泣いているが。
その場にいた4人、もとい、三世代の母親たちは、恥ずかしいやら有難いやら、ホッとした顔をしている。
「もう、ほんとうにどうしたらいいか分からないもので…。」
「いーのいーの! 1000年以上前から、兄姉にかる子供のことは変わっちゃいねーから。ほら、もうすぐ七五三だろ? そのお祝い、どうせ用意してあるんだから、明日の朝、渡してやるといい。」
「今でもなんでもお見通しなんですね!?」
「いや、あのおもちゃの量見たら、誰だってわかると思うぞ。」
子供の小さな腕いっぱいに、大小さまざまな人形を抱え、その無垢な瞳の中には、夢のビッグコラボ番組が視えている。
何もそれは、親の愛情不足でもなんでもない。この子は、自分だけのテレビ番組を作る子なのだ。だから、今まで当たり前のように見てくれていた視聴者がいなくなり、いじけていたのである。
そう、この時ローマンは、理解していなかった。
俗の幻想に塗れすぎたこの数年間。
まさに、ほんとうに、「そう」であることを、忘れていたのである。
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