どんな魔法をお望みですか?

ほんや

1章 依頼者の望む魔法

第1話




 プルルルル、プルルルル。

 明かりの無い暗い夜、古めかしいカウンターに似合わないひどく現代的な電話が鳴っている。未だ鳴り止むことのない電話を取る者はいない。そんな月明かりしかない暗闇の中、時刻は25時を回った頃。9回はコールが続いただろうか。誰もいなかった店内にどこからか女が現れた。女の白磁の手が受話器を取り、長い銀の髪が月の光に揺れた。


「……もしもし。」


 落ち着いた、透き通った声が静まり返った店内に響く。それは少し警戒したような雰囲気をまとっていた。


「夜分遅くに失礼。魔法店で合ってるか?」


 老人の声が受話器から漏れる。その声は老人とわかるもののハリのあるものだ。


「ええ、合っています。……失礼ですが当店をどこで知りましたか?」

「ああ、数ヶ月前にエイジが店のことを教えてきてなぁ。エイジは何回か魔法店を使ってるから知ってると思うがの。」

「なるほど、エイジ様の……。承知いたしました。失礼ですが偽名を伺っても?」


 女は納得の声を出すと警戒を解き、改まった様子で聞く。


「ああ、そうだな……オオトリとでも呼んでくれ。それにしてもエイジから聞いてはいたが全て偽名で依頼するなんて珍しい店だのぅ。」

「オオトリ様ですね。個人情報漏洩防止と名前を利用されることを防ぐためなのでお手数ですが、そうお願いしております。それで今回は何のご要件でしょうか。」

「1つ欲しいものがあってな。魔法店なら手に入るかと思って電話した次第よ。」


 老人は何かを思い出して、少し興奮した様子で告げた。老人の熱意が電話越しに伝わってくるようだ。


「わかりました。すぐに手紙を送りますので、詳細をそこにお書きいただいて送り返してください。その後は連絡をお待ち下さい。」

「あいわかった。それでは楽しみにしているぞ。」


 電話が置かれるとすぐにため息をつき、どこか諦めたような様子で嘆く。


「また忙しくなった。いつになったら休暇を……。」


 月明かりに照らされたその銀髪赤目低身長、片足が機械鎧のやや属性過多な女、天國ひなは遠い目をしながら呟いた。


「ほんとに、どうして……。……寝よう。」




――――――




 はぁ……。どうも……おはよう、天國ひなです。銀髪赤目片足機械鎧吸血鬼やってます。なんで自己紹介してるんだか。ははっ。今日も大変な一日が始まってしまった。書類の整理、依頼の処理に在庫管理……、あの物品を扱うのですら精神すり減らすのにそれが大量にあるもんなぁ。店長もなんでやってくれないんだ……。

 まあ良いや今日も頑張ろう。欠伸をしながら部屋から出る。階段を降りて、リビングに行くと良い香りが頬を撫でる。


「おや、ひなさんおはようございます。今日もは大丈夫ですか。」

「おはよう、店長。大丈夫。」


 リビングで私を迎えた店長は朝食の用意をしている。ここは店に隣接された店長の家で私はここに住まわせてもらっている。魔法店の店長の家だからと言って、別に怪しい感じのした木造の家というわけではない。むしろ見た目はすごく現代的で普通にどこにでもある一軒家だ。……中身は定かではないのだけれど。

 そうそう、店長は私の恩人だ。どうしようもなく途方に暮れていた私を拾い上げてくれてここで働かせてくれている。仕事内容がハードすぎるのには物申したいが。……まあ文句は言わないでおこう。

 だけど店長は店長でおかしな人だと思う。いつも同じ仮面を付けているし、その所作からは胡散臭さがにじみ出ているし。はじめの頃は大変だったなぁ。店長が拾ってくれたは良いけど信用できるかは全然わからなかったから、ずっと落ち着かなかったや。1年も経った今ならなんとなく店長のことがわかるようになってきたけどね。


「夜の間に依頼がきてた。手紙も送ったから、多分もう届いてると思うよ。」

「それはありがとうございます。後で確認しましょう。はい、朝ご飯ができましたよ。」


 朝食が並べられる。フレンチトーストにサラダと品数こそ少ないものの店が出せるレベルで美味しい。いつも思うけどこういうのどこで身につけてきたんだろう。店長って基本何でもできるからなぁ。くだらないとを考えながら朝食をもそもそ食べる。


「今はどれくらい依頼が溜まってる?」


「そうですねぇ。ちょっと少なくなって来ましたが1ヶ月以内に片付けないと行けないものが18件程ですね。あなたが夜の間に受けた依頼も含めると19件になります。」


 思わず顔をしかめる。積んでるゲームがまだいっぱいあるのに、いつになったら消化できるんだ。◯RMORED CORE Ⅵもゼ◯ダの伝説もまだ手をつけられてないのに……。またも昨日の夜のように遠い目をしてしまう。


「ひなさんは仕事が早いですからね。頑張ればすぐに終わりますよ。そうですね……もうちょっとしたら休暇を設けますか。」

「ほんと! よし、早く終わらそう。」

「まあ、まずは依頼の整理をしましょう。」


 朝食を食べ終え、諸々の用意を終えて、意気揚々と仕事に取り掛かる。気持ちを切り替えよう。


 まずは今日の予定は……ミグラント様の寿命超過施術でお代は支払済、カイン様の宝石の生成魔法取引の2件ですか。宝石取引が長引きそうですし寿命超過施術を先にこなしましょう。

 一ヶ月間の予定の確認もしましょうか。ええと、軍事関係が多いですね。戦争でもするんでしょうか。こちらはまとめて引き渡しが良さそうですね。ええと在庫は……ふむ、日鉄鋼とエリクサー、栗まんじゅうが足りませんね。はぁ、栗まんじゅうは取り扱いが難しいので集めるのが大変ですね……。早めに集めるようリストに書いておきましょう。

 他には、情報取引が4件ですか。こちらは店長に任せましょう。次は……。


「やはり、仕事モードになると雰囲気が一変しますね。」

「ひゃっ、……店長! 急に後ろから声掛けないで。それでどうしたの、まだスケジュールはできてないよ。」


 前も言われたけどそんなに変わってるのかなぁ。ただ真面目に早く終わらせようとしているだけなのに。それに店長が仕事中に話しかけてくるのは珍しい。本当になんだろうか。


「昨日の夜のオオトリさんの依頼を確認しましてね。これもスケジュールに加えてもらおうと思いまして。」


 そうして店長は手紙を差し出して来る。その時、仮面を付けているのに、顔なんて見えないはずなのに、何故か店長の胡散臭い笑みが見えたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る