第62話 ドスケベ料理長の邂逅


 料理担当に入り、料理長を務めることとなった俺は、翌日の放課後から早速メニューを決めたり料理を作って見せることに。


 まだ教室ではガスコンロや仮設厨房の準備が整っていないので、今回は家庭科室に乃絵留や優等生グループの面々を連れてきた。


「まず前程として、予算の限られる文化祭の喫茶店において、一番コストカットに使われるのは俺たちの料理だと思う」

「はあ? ちょっと遥希……わたしたちはお客さまに料理を提供するのよ? メインなのよ? なぜ一番コストカットする必要があるのかしら」

「いや、そもそも文化祭の喫茶店にメシ目当ての客なんていないし、うちの場合はよりによってコスプレ喫茶だ。来るのは女子のコスプレが目当てのキモ男子か、文化祭で疲れて一休みしたい親御さんくらいだろう」

「その弱腰はなんですか梶本くん! それならお料理は適当でもいいってことですか!」

「そうは言ってないって。もう乃絵留と湯ノ原は黙っててくれないか」

「「はあ!?」」


 姑みたいにガミガミうるさい二人を無視して、俺は本題に入る。


「つまり俺が言いたいのは、メニューの方向性についてなんだ。文化祭の喫茶店なんてメインはドリンクメニュー、そしてフードはほぼ卵料理でいい。肉料理なんて論外なんだよ」

「なっ!」


 乃絵留を完全否定するようなことを言ってしまうが、事実、そうだ。

 俺のクラスは仕事をグループごとに分担していたこともあり、それぞれグループが各々の仕事を張り切っていたので、料理担当になった優等生グループも、ちょっとカッコつけて肉料理とか作りたくなる気持ち分かるが……そもそも、文化祭の料理なんて周りから期待されていない。


 特に、優等生の集合体ともいえる優等生グループともなれば、湯ノ原を中心に素晴らしい料理を提供するのが当たり前という空気になるものだろう。


 そこにつけ込んで、無理難題の肉丼を提案した(ある意味卑怯者の)乃絵留だったわけで。


「とにかく、俺が料理長になった以上は、みんなにコスパを意識して欲しい。卵料理をメインにする理由は、10個で200円というコスパだ。例えばオムレツなら、原材料費が数十円で一皿提供できる。それに卵料理は焼き加減が上手くなれば、そこそこ美味いと思えるし、最悪ケチャップで誤魔化せる」

「な、なるほど……そう考えると、雪川さんの肉料理ばかりの提案がみたいに思えてきましたね」

「ちょっ! あなた、なにを急に裏切っているのかしら! 遥希の意見を鵜呑みにしてはダメよみんな! 作るべきは肉よ!」

「いや、お前はただ自分が肉料理食いたいだけだろ……」


 こうしてほぼ全会一致で、乃絵留のメニューは完全に消去されることが決まり、メニューはドリンクメニューと卵料理、そして申し訳程度のスイーツとなった。


「梶本くんに料理長頼んで良かったねー」

「私らだけだったら雪川さんに同意することしかできなかったもん」

「だよねー」


 優等生グループはやはり、好戦的な湯ノ原以外は控えめな女子が多いようだ。

 まあどちらかというと、沙優もそっち系だもんな。


「梶本くんってこの前の小テストも雪川さんに続く2位の高得点だったし、今もめっちゃみんなを上手くまとめてるし、前の高校では学級委員長とかやってたの?」

「そうそう、それ気になったー! 前の高校は東京だったんでしょ? もしかして有名なとことか?」


 優等生グループの女子たちが口を揃えて、前の高校でのことを問い詰めてくる。

 前の高校……か。


「え、えっと、そんな大したことはないよ。前の高校も普通の高校だったし……俺も、今と変わらず陰キャだったというか」

「えー、ほんとにー?」

「ねえねえなんて名前の高校? もしかして名門大学の附属とか?」

「絶対偏差値高いよねー」


 本人たちに悪気がないのは重々承知しているものの、前の高校のことは、あんまり聞かないで欲しいというのが素直な気持ちだ。

 だって……前の高校で……俺は。


「——ちょっとあなたたち」


 俺が下を向いた瞬間、乃絵留が席から立ち上がると話を遮った。


「ここは文化祭の話をする場よ。遥希への質問はわたしを通してからしてもらえるかしら」

「そうです! みんな、梶本くんのプライベートより、お料理の話をしましょう!」


 乃絵留と湯ノ原に言われて、その場はなんとか前の話題に戻ることができた。

 完全に乃絵留に助けられた……な。


 乃絵留は俺が不登校になっていた過去を、唯一こっちの人間で知っている人物だ。


 でも乃絵留は自分の意見を否定された後なのに、俺のこと助けてくれたのか。

 なんというか、こういう時だけは大人というか。

 とにかく後で、お礼を言わないとな。


 ☆☆


 家庭科室での話し合いと調理の練習が終わり、優等生グループの面々が帰っていく中、俺と乃絵留は家庭科室の鍵を返すために職員室に向かっていた。


「さっきはありがとな乃絵留。おかげで嫌な思いをしなくて済んだよ」

「いいえ、こちらこそごめんなさい遥希。すぐに助けてあげられなくて。彼女たちもきっと、あなたを褒める意味で聞いていただけ。きっとあなたが謙遜してると思ったからしつこく聞いていたの。だから悪く思わないで」

「わ、分かってるよ。悪気はないってことくらい」


 でも……やはりみんなには俺が転校してきた理由が察してもらえてないとも思えた。


 大学受験の準備が本格的に始まるこの時期に、転校してきて、しかも家族の転勤とかでもない一人暮らし……少し頭を使えば何かしら事情があることくらい分かりそうなものだ。


「あのさ、乃絵留……」

「なにかしら?」

「なんで助けてくれたんだ? 俺はその直前にお前の意見を否定したばかりなのに」

「……そんなの。あなたは、わたしの」

「え?」


「わたしだけの、コックなのだから……既にわたしのものなの。あなたが困るのはわたしが困るのと同じ。もう一連托生なのだから」


 乃絵留は窓の外に目を逸らしながら、そう呟いた。

 一連……托生……って、こいつ意味分かって使ってんのか?


「前にも言ったけれど、あなたの過去についてこれ以上聞くつもりはない。知らない方がいいこともあるし、知っておく必要はないわ。でも」

「……でも?」

「わたしは……前と違ってあなたについて知っておきたいと思うようになっている。だから、少しでいいから話してもらえないかしら」


 よく分からないが、乃絵留はそう言うと恥ずかしげに頰を掻いた。


 さっき俺は乃絵留に助けられた。

 そしてこれからも、今日みたいなことがあるかもしれないし、乃絵留にはそろそろ話しておく必要があるだろう。


「少しじゃなくて、もう全部話すよ。俺のこと」

「全部……?」


「ああ。実は俺……東京のにいたんだ」


「え……星界って……」


 窓から夕焼けが差し込む廊下で、胸襟を開いた会話が始まった。

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