14.キモ
「さあ、席につきたまえ。今日はフランスのフォアグラさ。」
茶色に照るその料理は大変美味であった。なによりもパンが進む。
今日は月曜だ。世間一般では最も人が忙しくしている時間だが、ここに居る人々は今はあまり働かない。そういえば、俺が教会にいた頃も月曜はあまり人が来ず閑散としていた。日曜日が最も忙しかったな。ミサや聖典の唱和などのせいでよく信仰者が出入りしていたのを覚えている。
俺たちが料理をひとしきり堪能した後、俺たちは居直し、話を始めることにした。
「さて、まずはノアのことについて話そうか。」
「まずは製作者についてじゃないのか。」
突っ込んでみるが、ガルネンは受け流して話を続けた。
「
話を戻そうか。ノアの正体だが、彼が言うに、あの薬はただのワクチンだそうだ。」
「おいおい、嘘をつくもんじゃない。俺はこの目でクリーチャーになるのを見たぞ。シャブではないことは認めるが、治療薬だと。ただの不思議な薬ではなく、ただの予防薬だと。」
「僕も最初はからかわれたと思ったよ。でも、本当だそうだ。君たちはペストを知っているかい。」
「ああ。」
「うん。世界史で習ったよ。欧州の人口の半分を殺したウイルスだよね。」
「その通り。厳密にはウイルスじゃなくて細菌だけどね。それが進化した状態で発見された。僕とシャルルの出身地の近くでね。」
「そういえば、2人は同じ出身だったね。アノルドミンスト教会。」
「そうだよ。ということは、ああ、シャルル君は自身の過去を教えたんだね。全て。」
「そういうことになる。」
「素直じゃないねえ。」
「素直じゃないよねえ。」
そこで意気投合するな。
「ゲフン。話を戻すね。ある日埋蔵した死体が、クリーチャーになってアノルドミンスト教会を襲ったそうだ。」
「なんだと。無事だったのか。」
「あそこは殺しを教える孤児院だよ。クリーチャーが無事なわけがない。半殺しにし、研究材料として捕まえ、利用したようだよ。」
「杞憂だったか。」
親にちょっとした恨みがあっても、育った故郷に恨みはない。ほっと胸をなでおろす。
「その特効薬として出来たのがノアなんだよ。つまり、これは予防薬で、いままでの効果は全て副作用だったというわけさ。」
「だとしたら、どうしてペストの進化系と同じ症状が出るんだ。それがおかしい。」
「いい質問だ。さすがは医療に精通しているだけのことはある。ノアはいわゆる細菌用のワクチンと考えてもらってもいいかな。だからペストの進化系と同じような症状が軽度に出るんだよ。そして、その副作用を乗り越えた人のみが、ペスト進化系...フルードに対して抗体を持つことができる。不老不死となってね。」
「フルード...洪水という意味か。」
名付け親は随分とセンスがあるようだ。いや、全くないかもしれない。冗談だとしたら笑えない。
しかし、ガルネンの言葉によって、いままででのノアについての全ての疑問という点が答えによって線で繋がれた。
「さて、君の仮説との答え合わせをしようか。君は以前、肌が綺麗であればあるほど不老不死に近づける人材だと言っていたね。」
「ざっとまとめるとその通りだ。」
俺が以前話した仮説。ノアの効果は俺とララで時間に差があり、肌年齢が高い老人からクリーチャーになっていくことを決定づけるための仮説。俺が俺自身を納得させるための劣等。
「ボッカチオのデカメロンを参照にして答え合わせすると、ペストは肌にデキモノができる。これが出来た人間は全て死ぬ。となれば、ノアによる肌は不老を決めるもっとも重要なソースであることがわかる。限りなく答えに近い。点数で言えば50点ってところかな。」
「残りの取れなかった50点は何が間違っているんだ。」
「我々人類が年齢を測るとき、肌で見ると君は言ったよね。気分の高揚などの効果時間は確かに肌に依存する。けど、不死に成れるかどうかはその限りでは無いそうだ。答えはここだよ。」
胸に手を当てる。考えてみるが、あまり良い答えが出てこない。
「心臓か。」
「いや、内臓の諸機能だ。」
「内臓だと。」
「うん。もっと詳しく言えば、肝臓の機能だね。」
「肝臓の機能...ざっと300くらい機能があるが、どのことを言っている。」
「肝臓は万能な臓器だ。7割くらいを切除しても必ず再生することを知っているよね。それは機能の1つだ。」
「まさか、その機能を増長させて身体の全体へ置き換えているのか。」
「うん。まさにその通り。再生機能がバカみたいに強くなり、バカみたいに広くなって、それに適応出来なければクリーチャーになるということだよ。」
考えもしなかった答えだ。つまり、肝臓の体力に依存し、その再生機能を身体に適応させているというわけだ。不老と不死は別物故に、依存する先も変わるというわけか。
「頭がパンクしそう...。どういうことなの。」
「つまり、俺たちは不老不死、不老不死と重ね重ねまとめて言っているが、不老と不死は全くの別物ということだ。不老は肌に、不死は肝臓に依存しているということになる。」
「え、てことは、希望者の中で一番年齢が若い肌の私が不老に近くて...」
「希望者の中で一番若い健康な内臓の俺が不死に近いということだ。」
「なにそれ。創作みたい。」
「創作だからな。」
「それ故に50点。君の仮説をノアの父である彼に話すと、誇らしげにしていたよ。さすがシャルル。とね。少ない情報でよくぞこの答えまで辿り着いた。とも言っていたかな。」
「誇らしく思ってもらって何よりだ。ところで、ノアの父にはいつ顔合わせできるんだ。時差があるということは、離れたところに居るんだろう。」
「ああ、そろそろ時間だね。じゃあ、顔も見てもらいたいし、カメラも起動するよ。」
そう言って、コールをする。ついにノアの製作者の顔が拝めるというのか。
数回のコールの末、相手が応じるそこにある顔に、生まれてから一番と言っても過言ではないほどの驚きを覚える。
『ああ、シャルル...大きくなりましたね。お久しぶりです。調子はいかがでしょう。』
母国の言葉で話しかけられる。その画面に写っていたのは、俺の育ての親であり、アノルドミンスト教会の顔。
『神父...』
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