13.母

13回目の接種が終了した。人によりけりだが、気分が高揚する状態は1日続いた。幸いにも、俺とララはまだ1度もクリーチャーになっておらず、どちらかがどちらかを傷つけるような事態は起こっていない。30代を過ぎたと思われる希望者はほとんどクリーチャーになったと言ってもいいだろう。


「お疲れ様。疲弊してそうだね。」


「誰かさんのおかげでな。」


「僕のせいにしないでほしいなあ。受け入れたのは君じゃないか。」


その通りだ。ララはまだガルネンに対して警戒を解いておらず、柄にもなくあまり口を割らない。


「今日はシャルル君とララ君にお知らせがあって来たんだ。以前、僕がこの薬についての情報を知らないことを教えたね。」


「不甲斐ない男だなあと思うけど、覚えているよ。」


「2人とも酷いっ。あくまで提供者ってだけなんだよ。でも、僕はこの薬を作った人間と連絡を取ることができたんだ。非通知で僕の方に連絡が来て、自ら名乗り上げたんだ。」


意外なことだ。連絡を寄越して来たということは、ノアの作成者はまずいものを作ってしまったという自覚がない証拠である。もしくは、自身のしたことに誇りを持っているか、何か切羽詰まった状態で俺たちにコンタクトを取ったのか...。切羽詰まった状態とひとことで言うにしても、シチュエーションは様々ある。作成者の身に何か危機が迫っている場合や、あるいは他の誰かが何かの危機に晒されているか...


作成者に関しては、俺はてっきり、そのまま雲隠れしてガルネンのような協力者との関係と絶っているものだとばかり思っていた。だからこそ、唐突で意外に満ちている。


「製作者ついては、きっとシャルル君もよく知っている人だよ。」


「なんだと。」


俺がよく知っている人と言えば、クワッド79の仲間くらいだ。生憎だが日本に来てからあまり友人は居ない。子どもの頃の同胞くらい旧い仲であれば...いや、可能性は無いに等しい。俺と同じような医学・薬学の道に進みたいという言葉は、俺の同胞から聞いたことは無い。


「俺に知り合いはあまり居ないはずだが。俺の知人がノアを製作したというのか。」


「まさしく。」


「え、シャルル、ノアの製作者が誰かを知っているの。」


「そうかもしれない。厳密にはノアの製作者は知らない。ノアの製作者のことは知っているようだが。」


「同時に、僕の知り合いでもある。」


「俺と貴様で共通の知り合いが居たってことなのか。しかもそれはノアの製作者。奇跡に近いな。」


「彼はシャルル君がノアの計画に参画していると知って、大層喜んでいたよ。医療に精通している人材面ももちろんそうだけど、協力者が知り合いに居るというのは精神面でも心強いからね。」


「その人物は誰だ。すぐに教えろ。」


俺は製作者が知り合いだと知って、むしろ怒っている。ガルネンに詰め寄り答えを急く。だんだん怒り込み上げてきていた。さっきまで雲隠れしていたのに、出てきて名乗ったと思ったら俺の知り合いだと。ふざけるなよ。


「まあまあ。落ち着きなよ。急いては事を仕損じるって言うでしょ。感情的になっちゃダメだ。僕だってあんまり良い心持ちじゃないんだから。」


そうだ。ガルネン自身も俺とほとんど同じ境遇だ。今の行動は理に適っていなかったな。


もし、ノアの製作者が俺たちが全く知らない別人だったら。俺たちはこんなに感情をむき出しにすることもなかった。きっと、ノアに対して少しの憎悪を持つだけで済んだだろう。しかし、知人であったとなると話が変わる。こんな薬の製作を止めさせなければならない。そうじゃなければ人間ではない。


「でも、貴様は製作者を知っているんだろう。」


「でも、今の君は冷静じゃないから、明日、伝えるよ。大丈夫必ず教えるさ。彼自身も今はバラしてほしくないそうなんだ。」


確かに冷静ではない。納得して詰め寄るのをやめた。ララに関してはずっと黙っているが、慌てる素振りも見せず、あくまで警戒を解かない立ち方のままだ。


これまでの話を鑑みるに、製作者がガルネンに名乗り上げたの理由は主に2つだろう。製作者自身に何か危険が迫っていて、俺たち全員と連絡を取る余裕が無いこと。つまり彼からのSOSということ。そして製作者はノアに、もしくはノアを作った自分自身の誇りを持っているということ。ガルネンの言い方からこの2つは情報汲み取ることが出来た。彼の情報については、あともう少しの辛抱だ。






約束の翌日となった。昼にガルネンとレストランで会う約束をしたため、俺たち2人は赴いている道中である。


「知り合いって誰なんだろね。」


「分からない。検討もつかないな。」


「その感じだと、私をからかってるわけでも無さそうだもんね。はあ、なんか置いていかれてる気分よ。」


「おかしいかもしれないが俺も感じている。...製作者が俺の知り合いであるとなると、俺はララに謝らなければならない。俺と俺の連れが迷惑をかけてすまない。」


「どういうつもりで謝っているの。理由によっては怒るよ、私。」


気迫に押されながらも言葉を出す。俺が思っている申し訳なさを全て吐きだす。


「まず、俺がララをノアの計画に参画させて俺の共犯者にしたこと。そしてノアが俺の連れの手によって作られたということ。特にここに多大な迷惑をかけた。今はもう治ったが、左手の骨も折ってしまった。」


「私はね、私が選んだから、貴方に着いて行ってるの。シャルル。貴方に謝られる筋合いは無い。こっちおいで。」


言われるがまま、ララに近づく。彼女の反応から考えて、俺は平手打ちのひとつでも覚悟していたのだが、現実は違うものだった。


「こうしていると落ち着くんじゃない。今のシャルルにぴったりだよ。」


俺は胸に顔を埋めて、抱きしめられていた。今までこんなことをされた試しがないが、別の意味であまり落ち着かない。しかし、今まで考えていた良からぬネガティブな不安が、温もりを感じた氷のように溶けてゆく。


俺は彼女の精神的成長を見くびっていたようだ。ものすごいスピードで彼女は成長している。俺を追い越すかもしれないほどに。いや、もしかしたら彼女はすでに俺を通り越していたのかもしれない。幼かったのは俺の方だったのかもしれないな。


あふぃがふぉ。ありがとうもういい、もういい。」


「本当は平手打ちしてやろうかとも思ったけど、追い詰められているみたいだったから。私も殺す前は母によくこうしてもらっていたの。私の才能を知る前まではね。今度は私がやる番。一緒に生物の果てに行きましょう。」


はふぁひてふれ。離してくれ。ギブ、ギブ。」


俺は彼女の背中を3回叩いて、ギブアップの意を示す。しかし、抱き締め返したと思った彼女はまだ続ける。もう落ち着いたから、いい加減やめてほしいものだ。


数分経ったかと思われた末、やっと新鮮な空気を吸えた。


「ぶはあ。なんか変な気分だ。俺は母の愛を受けたことが無いのに、ララは一瞬重なって見えたくらいだ。気持ち悪いかもしれないが。」


「まあねえ。」


誇らしげだ。俺も覚悟は出来た。今こそノアについての全て知る時だ。


「ゲフン。遅いから心配になって来てみれば、こんなところでイチャイチャしているとはね。」


「「あ...。」」

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