11.浮つ気

クルーズ船は出港してから既に一ヶ月が経過している。俺が当初思っていたよりも時間の経過は早く感じていて、それは慌ただしかったせいでもある。仲間裏切ったり、クリーチャーを制圧したりととにかく慌ただしい。その忙しさは今にも健在で、集団接種に時間がかかるようになってからは激しさを増している。それでもこうして時間を割いてガルネンに会うのには理由があった。


「完全に不死身クリーチャーになったかどうかはどう判断すれば良いのだ。」


「難しい質問をするね。最も簡単な方法は、時間の経過によって正気に戻るかどうかで判断するべきだよ。」


D.G.氏の辞退以降、俺は若干の神経質陥っていた。クリーチャーの状態から正気に戻るには痛みが必要だ。5回目接種ですぐに襲いかかってきた奴も、指の切断に伴い正気に戻った。しかし、やはり若干の時間が必要である。すぐに判断出来なくては、我々がやられてしまう。


「見た目では難しいか。」


「でもね、それは不可能じゃない。正気の片鱗を見せるときもある。確定づける証拠は無いけどね。」


話半分でその話題を終わらせる。


当たり前だが薬には人に合う合わないがある。最高クラスでノアに適合出来たもののみが不老不死を獲得できる。俺にはそうなる自信があまり無い。ノアに関してはとにかく記録が足りない。それこそ、俺の記しているカルテが頼りになるだろう。もうすぐ記念すべき第10回目の集団接種が始まろうとしている。本当に記念すべきかどうかは疑問が残るが。


「今からの集団接種はちょっとした節目だよ。希望者も少々気合いが入っていたり、浮き足立っていたりと三者三様だが気持ちに変化がある。心して取り掛かってね。」


気をつけろと言う。だが、俺が気をつけていない瞬間など無い。






やはり、俺に襲いかかってくる半人間はゼロではない。俺も無傷では済まず、引っ掻かれた傷や噛まれた跡などが所々で作られた。D.G.に初めて襲われた時比べれば、驚きや恐怖は少ないため、これでも冷静に対処ができた方だ。敵の制圧にはララも加わっている。半人間は力比べを強要して組みかかってくるため、女性のララには分が悪く、全て力押しされて負けていた。そうは言っても、ひとたび足を傷つけてしまえばしばらくは身動きが取れなくなるため、その隙突いて手を拘束しガルネンが檻にぶち込んでいく。その構図が完成した。


「傷、大丈夫。シャルル。 」


「まあ、本当に気持ち悪いと思うが、ノアさえ接種してしまえばこれらの傷は再生する。生きてさえいれば問題ない。」


「痛々しいよ。頬とか目元の赤い線が見ててしんどいくらいに。」


「そりゃこっちのセリフだ。掴み合いの時にララの指の骨が曲がったのを見たぞ。見せてくれ。」


左手の小指が妙な方向を向いている。


「触るぞ。」


「ぐっ、ちょっと...痛いからペタペタ触らないでよ変態。」


小言を言えるくらいには余裕があるようだ。アドレナリンのせいでもあるだろう。


「折れてる。まず君がノアを入れるんだ。 」


「こないだと違って同時に入れたりしないの。」


「同時に入れて同時にクリーチャーになったら、誰が俺たちを止めるんだ。」


「それもそうよね。」


レディファーストでララがノアを入れる。体を震わせているが、クリーチャーになる素振りはあまり無い。青あざや指の骨は元の正しい色と形に戻っていく。本当に何度見ても気持ち悪いものだ。俺もララの薬の効能が終わった様子を見て、腕に打ち込む。傷が治っていく感覚がある。鏡を見ずとも治っているのがわかる。


「ねえ。もし、連続でノアを打ったとしたらどうなるか考えみたことあるの。 」


「何度か考えた。だが、いい未来は無いな。」


医学的に考えなくても、どの薬でも乱用は体に良くない。思わぬ結果を引き起こすことが多いからだ。ガルネンは副作用は無いと言っていたが、全く無いなんてことはありえない。きっと何かしらの副作用は存在し、過剰な服用はその副作用を強める。本来の使い方とは違うのである。


「やっぱり、そうなんだ...。何回か同時に打てたら、こんなにチマチマ集団接種を行う必要は無いのになって思っただけ。」


「どうしてそう焦るんだ。」


今のララには平生の感じが無い。俺は改めて問い直す必要があると感じた。


「いや、なんだろ。今のシャルル、あんまり調子良い感じには見えないの。夜通し起きてるせいとか、あるんだろうけど。それとは別に薬のせいかもしれないし、あまり無理して欲しくないよ。ノアを打てる唯一の医者なのよ。」


「そういうことなら、俺の事は気にしなくていい。何故ならノアを打ってるからだ。」


ララは少し赤面している様子で、首を横に振ってどもりながらまた口を開く。


「違う。その、なに、うん、シャルルを心配してるんだよ。分からないかなあ。」


「ああ、体調の話か。いつも通りだ。」


不憫な話だが、非道な親殺しもこのように生娘みたいな反応することがある。その事実に俺は驚いた。


先程ララの口からも聞いたように、ララ自身の目的の達成の為には、俺の存在は今は不可欠である。対する俺もララというボディガードが必要だ。ここはその指摘をせずに黙って、思う存分利用し合おう。


「なぜそう湿っぽくなる。ララこそ、いつも通りの溌剌な感じとは程遠いようだ。体調に変わりは無いだろうな。」


「うん、うん。私は平気。なんか、変な感じ。勘違いさせてたらごめん。」


「平気なのか変なのかはっきりしろ...。皮肉な話だな。俺たちはノアのせいで疲弊しているというのに、ノアが無くては体調を回復できない。ノアに殺され、ノアに生かされている。まったく振り回されてばかりだ。」


「変な感じって言ったのは雰囲気のこと。」


「いつも通りでない人間しか居ないのだったら、雰囲気が変なことだっておかしくないだろう。」


ララは頭を掻きながら俺に近づいてくる。


「シャルル。私...。」


妙な感じだ。今日の彼女は特に変である。


「ララ、君は先程、命のやり取りをしたせいで、本能的になっているだけだ。頭を冷やせ。腕を出せ。もう1本打ってやろう。」


「あー、もう。そういうことじゃないのに。もういいや。シャルルがそういう態度を取るというのなら、知ーらない。」


「ああ、帰れ。」


我々に、・・・・・・ああいうことする権利などない。暇もない。気も起こらない。ましてや人殺しを選ぶなど、ララの選択は正しくない。我々はただの共犯者。


ララはその言葉通り、本当に帰った。夜であるにも関わらず、ドアを閉める力は強く、音が船中に鳴り響いたかと思うくらいだった。


「さて、カルテを読み直して、少しでもノアの前兆を汲み取らなくては。」


俺も浮ついた心を元に戻すため、必死で記録を読み漁った。


第1回、第2回の接種は俺はほとんど真面目に書いていなかったが第4回辺りから記入者が代わったかのように内容を事細かに記していた。

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