8.忍者

幸いにも、ララからは俺にとっていい返事がもらえた。


「決まりだな。このことは他言無用。もちろん、タイガや他の隊員にもだ。」


「じゃあ、私からもいい情報を話さなくっちゃね。もしかしたらシャルルにとって有益かも。」


固唾を呑んで見守る。彼女は座り直して、体育座りに切り替える。その所作を見るにきっと長い話になる。


「私はね、忍者の末裔。」


「どおりで、立ち振る舞いに経験を感じたわけか。」


驚きはしたが、声が出ないほどではなかった。他の隊員と比べて戦闘の経験という面では1歩や2歩も秀でている。


「それは私も、シャルルにめちゃくちゃに感じていたよ。」


「私は女だから、家業は継げないの。でも才能はあった。幼いころから鬼才とか呼ばれたりして、私も有頂天だったよ。でも、兄が居て、両親は兄に家業を継がせたかったの。そうなると私は邪魔者になることは明白。」


俺には親の寵愛を受けたことがないため、常識外れで分からないことが多い。しかし、言いたいことは分かる。ララは家長になるのに適しているが、ふさわしくない。


「だから、両親は私を殺そうとしたの。そんなのもう母じゃないよね。」


親の寵愛を一時でも受けた彼女にとって、親からの復讐は何よりも衝撃を受けただろう。


「私の命が危なかったから、殺したの。もう2度と抵抗できないよう四肢を切り落としてからね。」


顔を伏せながら言葉を続ける。


「でもね、父はそんな私を裏切り者扱いして、私を里から追い出したの。私の弁明も聞かずに。多分、そういう親殺しをする子が家に居ることが家のメンツを保てなくなるから、自己保身のために追い出したでしょうね。で、私は強くなることを決意したの。誰も文句が言えないほど強くなって、戻ることが出来たら、いつか私との縁を父が戻してくれるかもしれない。」


「親との決別...きっと年齢を重ねるほどに辛いでしょう。その悲しみは、私が察するに余りあるでしょう。」


俺は公安式の敬礼を行う。


「ララ隊員に敬意を評す。」


伏せた顔を上げて泣き腫らして笑う。


「そういう仕事のときはラストネームで呼ぶのが礼儀でしょ。」


俺は敬礼と体の緊張を解く。その顔を見て、心なしか安心した。


「残念ですが、私は貴殿のラストネームを知りません。」


「イガジマよ。ララ・イガジマ。勘当されて使えないけどね。」


イガという名は聞いたことがある。ジャパンの地名の一つだ。なるほど、あそこに忍者の里があったのだな。


ララはノアの計画に参画した。その事実に少なからず俺は喜んだ。俺も、ララの過去を教えてくれたお返しに俺の過去を教えた。彼女は情に厚いらしく、激しい同情してくれた。それを求めて教えたわけではないのだが。




「言われた通り、希望者を募ったよ。」


ガルネンとの3度目の邂逅で、ララと俺にそう言われた。仕事を繰り返し、10日近く経ったある日のバーだ。彼からの呼び出しに従い、バーに向かったのだ。


「本格的な計画の開始は翌日の夜。10時を回ったころ甲板で行うんだ。君には、この間述べた通り、注射と経過観察を行って欲しい。薬は希望者と同様に君自身に打ってもらっても構わない。元々それが目的なんだろう。」


「経過観察には記録が必要か。」


「必要だね。但し、個人情報は載せないこと。名前はイニシャルにするんだ。」


小さくうなずき、話を待つ。希望者の中にはララもいる。俺もいる。不老不死を手に入れるとしたら、この2人のどちらかだと俺の直感が告げている。


「希望者は総勢で20人集まった。大変だろうけど、頑張って 。」


俺はさっきから変な気分だ。ただのボディガードの1人なのに、乗客全員の命を握っている。英雄にでもなった気分だ。


「じゃあ明日、甲板で会おうね。」


その言葉を皮切りに、俺たち2人は仕事の持ち場に戻る。


歩く度に自分にとって大切にしていた何かが落ちていく感じがする。羽を落としていく鳥のようだ。しかし、もうそれを取り返すことは出来ないだろう。なぜかタイガには今顔を合わせたくない。タイガ、君は誉の道を歩くんだ。






当日は、甲板にはぞろぞろと人が集まっていた。少なからず不死身になりたいと考えている人は居るようだ。俺は名簿を見ながらアルファベット順にイニシャルで並んでもらうよう指示する。並んだら、ついに注射が開始される。


「A.A氏、こちらに来ていただけますか。」


「はい。」


最初だからか、緊張した様子だった。優しい声色で諭しながら注射を入れてみる。


「ぐっ。ふう...。」


やはり、少々身悶えるようだ。俺もこれを打った際、えも言われない衝動に駆られた。きっとこの衝動はどんどん強く長くなり、一時的でも人間を襲うようになるのかもしれない。


「お身体に異常ないでしょうか。」


「ああ、変な感じなのは一瞬だけだな。どうもありがとう。」


その言葉を聞いて、名簿に正の1画目を入れる。


本日の接種はこの繰り返しで特に異常はなかった。案外すんなりと終わったようで俺は安心した。最後に、ララと俺に打ち込む。


「じゃあ、最後に俺たちの番だ。」


他の人と同じように打てばいいだけのはずだが、ララに打つことを考えると少々手元が 覚束無い。


「ううっ。」


ララも他の人同様の反応を示す。俺にも打ってみる。俺の場合は、やはり2回目だからなのか、ほんの少し浮ついた気分が続く。


「なんなのこれ。なんか感じたことない気分になる瞬間があるね。でも、覚せい剤とかと違って、倦怠感が無い。 」


「まあ、特に身体に異常がないようなら良かった。」


俺はまだ気分が良いままだ。もとからこの薬を接種したときに試したかったことがある。それをやってみよう。今この瞬間体に傷が入るとどうなるのだろうか。ナイフで自分の手首を切ってみる。


「え、大丈夫なの。」


ララは心配している風だが、ぱっくり割れた傷は出血をしばらくしてからすぐに元通りに戻る。痛みも一瞬であった。どうやら、薬の効果が続いている間は仮ではあるが不死身になっているようだ。


「おお...なんの躊躇もなくいった。流石に引くよ。」


俺も心底ゾッとした。まさに自身の体が一時的でも不老不死になったことが。疑っていなかったが、この薬はニセモノではない。ニセモノではないことを実際に自身の目で確認してみると、背筋が凍る。同時に、俺は本当に夢を叶えられるみたいで少しワクワクした。

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