4.ファン

訓練は連日続いた。我々は船舶に関する最低限の知識だけでなく、専門的な知識まで身につけるに至った。そして、遂に任務は始まった。朝一番、我々は1番初めに乗船し、気ままなVIPたちがマイペースに乗船するのを見ていた。彼らを護衛する期間はおよそ3ヶ月である。


我々はVIPの前であるという理由から、機関が製作していた動きやすくかつフォーマルなスーツを着用していた。男性は髪をジェルで固め、女性は一つ結びを命じられた。これだけ派手な服装がいる中で、普通のスーツはかえって目立つ。また胸の襟先に付いている公安のバッヂも我々は仕事で来ているということを雄弁に語る。


VIPも一般市民と同じで様々な人たちがいた。まず、半分ほどの乗客は我々に一瞥もしない。しかし、軽く会釈をしたり手を振ったりする乗客も居た。


この中で私が印象的だった人物は、私と同じ金髪の外国人らしき若い男であった。あとで知ったが、名前をユング・ガルネンという。


「ミスターボディガード、3ヶ月の間、よろしくね。」


「お任せを。」


美青年という感じであった。軽薄とも言える笑みを顔に塗り固め、底の知れない心を持っているように思える。なぜか油断ならない人であった。


この船が向かう先は日本からインド洋とスエズ運河を通り、モナコに到着する。その間を3ヶ月で行くというのだからストレスが溜まるだろう。俺だけの話だが。


ボディガードは総勢12人で行う。1日9人が動員し、それが2交替制で動く。つまり、我々はクワッド丸々で休みを大体4日に1度貰えるわけである。これだけ聞けばホワイトに聞こえるだろう。しかし、この場はほぼランダムで当番が決まる。当日の夜、朝、夜の3連勤の可能性も無い訳ではない。...あまりに偏っている場合は修正されているはずだ。


非番も完全な非番とはもちろん言い難い。インカムの常時着用は義務付けられており、有事で応援が呼ばれた際には、例え非番であろうと行かなくてはいけない。早速、クワッド79は夜からの出動となった。


我々はVIPを迎え終わったあと、昼は非番であるため、俺とララはレストランへ向かっていた。


「あのユング・ガルネンに話しかけられていたよね。はあ、いいなあ。テレビで見るよりカッコよかったなあ。 」


「なんだ。ララ。ファンだったのか。」


「ファンてわけではないのだけど、カッコいいなあって思ってたよ。」


「ほう、想う。」


「思う。の方。」


「言葉尻捕まえないでよ。面倒くさいシャルル。」


口のものを飲み込んでから、ララは再度口を開いた。


「あの王子様みたいな振る舞いと爽やかスマイル。はあ、婚期逃した年下好きには絶対刺さるよ。」


「ララは見る目が無いな。あれほど隙のない男は俺もあまり見たことがない。しかし、まあ、なんだ。ララはメルヒェンなところがあるからな。ああいう自分をダメにさせてくれそうな男が好きそ...おい、フォークを俺に向けるな。俺は味方だ。 」


俺は両手を挙げて降伏の意を表する。


「ところで、タイガはどうしたんだ。彼が好きそうなタンパクの多い料理なのに。 」


「まだクルーズ船の揺れに慣れてないみたい。」


クワッド79の雲行きは怪しい。




我々公安機関のボディガードも、クルーズ船施設はほとんど全て使えるようになっている。食事も寝床も一緒にしてしまった方が準備が少なくて済むという考えもあるし、我々に対する報酬の一部という意味もあるようだ。言わばこれは手当である。だからこそ、乗客と同じレストランで同じ食事を取ることもできる。公私が使い分けできていないとも思われそうであるが。


サーフィンの施設があり、波を再現できるプールがあるとのことだそう。ララにそこに行こうと誘われた。食後の運動も兼ねて良い体験になりそうだ。


水着に着替えて、2人で集合した。俺はラッシュガードと海パンを着ていたが、ララは真っ赤なビキニを着ていた。気合いの入り様がまるで違う。


「気合いを入れるのは結構だが、日焼けするぞ。」


「大丈夫。1回だけだし。ていうか、感想無いの。」


「赤いな。」


「ふふん、シャルルも男だね。」


「スーツでサーフィンもシュールで面白そうだったが。」


うまく波に乗れるならば、どこかの国のサンタクロース顔負けのシュールさだ。


「シャルルはサーフィンは初めてやるの。」


「そうだ。テレビで何度か見たことはある。どういうものかは分かっている。」


「なるほどお。じゃあ、私から乗ってあげましょう。お手本よ。」


ララがプールに入り、板の上で腹這いになり待機する。


「まずはこの姿勢。で、波が来たら手で漕いで板を加速させる。」


それにしても、あのガルネンという男が頭から離れない。なにか大切なことを伝えた気な表情でこちらを見ていた。


「ある程度速くなったら板がひっくり返らないように立つ。どう。どうよ。」


しかも、同じクワッドのララや隊員には話かけていないようだ。もしや、何か俺に関することでもあるのだろうか。生き別れ兄弟か。いやいや、俺は生涯孤独だ。そんなバカなことはない。


「慣れたらこうやって左右に振ったり、体重移動でジャンプッもできる。って、こっちを見ろおおおお。」


ララは調子に乗ったのかバランス崩して板から落ちてしまった。

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