3.眼中にない
「うう...飲みすぎら。 」
「じゃあ、タイガのことは頼むぞ。 」
「まさか、見た目に反してこんなに弱いとは思わなかった...」
親睦会もひとしおに。2人から距離を感じるという理由で、俺の苗字呼びは取り払われた。酒が進み、進み、進み。タイガはついに泥酔した。もう1人で歩くことも危なかっしいため、ララに任せることにした。会計に関しては、ちゃっかり俺がタイガのカードで払っておいた。それを見たララから出た言葉は私はあなたとはあまり飲まないようにする。だった。全く失礼な女である。
また、ララに介抱を任せたのには理由がある。俺よりも戦闘が得意なため、有事にはよく動けるからだ。加えて、2人が同衾する可能性も考慮してある。2人がもっと親密になれば、俺も嬉しい。
「タイガのことは好きにしてくれて構わない。飲み直しても良いし帰してもいい。しかし、翌日の訓練には必ず時間通り来るように。」
「しないよ。この男はビジネスパートナーよ。」
それは残念だ。きっとお互いにとって一生の思い出になると思うが。
「なんでシャルルが悔しがってるのよ。とにかく、おやすみなさい。」
結局、後日彼女から聞いた情報では、寮番号を答えてくれなかったため、同じ部屋で寝たそうだ。それを聞いてから、2人はあまり運がないタイプの人間のように思える。不幸体質というか、巻き込まれ体質というか、ハプニングに対し被害者になる場合が多い。もしかしたら、優しい彼らの人柄も影響しているのかもしれないが。
またその翌日には訓練があった。訓練ばかりの日々は大学校の頃にも味わった。初めはハードに感じていたが感覚を麻痺させ、これが当たり前と脳に錯覚させるようになっていった。正常な感覚を持ったままの人はついてゆけないと大学校を退学させられ、バグった脳の持ち主はこの訓練を続けてゆく。そうして公安機関隊員を作り上げていくのだ。
本日の訓練も例に漏れず礼に始まる。点呼を繰り返す。訓練内容は大型船の下見とデモンストレーションとのことであったため、2時間半ほどのトラックでの移動があった。
「気持ちわりい...酒が残ってるせいだ。」
ササキ隊員は先ほどより乗り物酔いと二日酔いのWパンチでノックアウトしている。船でも、このような乗り物酔いとは隣り合わせであるため、注意してもらいたいものだ。
「私とタイガ隊員はほとんど実力が拮抗しているのだけど、この乗り物酔いせいで彼は実践で私より低いテスト点数だったのよ。これがなかったら多分私は負けていた。」
なるほどそのせいで成績1位と2位が確定したのか。人間は見てくれだけではやはり分からないものだ。これだけ屈強そうに見える男も平衡感覚と酒は弱いし、細身の美人でも格闘術はめっぽう強い。そして本来の実力を知らないが、この女にはかなりの努力と経験を感じる。特に女性であるという身体のハンデがある分、技術は秀でていそうだ。こういうタイプを相手にするのは敵にとってやりづらいだろう。
今回の訓練は、訓練というよりもは座学に近かった。我々が任務を遂行するにあたり、やってはいけないことを学んだ。主に下方向へ発砲しない、銃火器の使用は禁止、直ちに発砲が必要な場面では
消音器の使用できる場面は限定的である。全ての音が完全に消えるわけではない。消音器にかけられた特有の音は、耳に入れば素人でも1発でわかる。加えて、射出された弾丸の威力も弱まる。弾速が遅くなるのだ。さらに、取り付けられる銃の種類は限られる。拳銃にしか使えない。だからこそ、基本は消音器などは使わないのだが。こういうことを覚える必要も無いくらい何事も無く終わる方がもちろん良い。しかし、 そんなうまい話があるわけがない。なぜなら、これは公安に持ちかけられた任務であり、我々は最悪を想定して動かなければいけないからだ。
その後、デモンストレーションを繰り返し、朝まで様々な状況に応じた動き方を繰り返した。時間、場所、 場合をフルに活用した最も実践的な訓練だったと思う。訓練後に考えた感想は、何度も言う通り、やはり荒事は2人に任せることになりそうだ。俺はサポートに徹しよう。
翌日は訓練も座学も無いオフだったため、俺はササキの部屋で復習と雑談がてらタイガの部屋にお邪魔して呑むことにした。
「俺はシャルルが運動が苦手とは思えないな。おまえは無駄な動きが少ねえんだ。場所や時間が揃えば俺にだって勝てそうだ。なぜテストは真面目にやらなかったんだ。」
そんなことを言われても、俺は実戦のテストも真面目に取り組んだつもりだが。
「審査員の見る目が無かったんじゃないか。」
「おまえはそうやってはぐらかすんだな。俺たちは真面目に答えたのに。大体、おまえの入隊動機だって本当なのか怪しい。俺たちをからかって遊んでいるんじゃないのか。 」
「人の過去に土足で踏み入れるのはタブーだ。少なくともこの公安機関においては。タイガのそういう性格が悪いとは言わないが、もう少し先を観て発言した方が身のためじゃないのか。」
誰がどう見ても一触即発だったかもしれない。しかし、なぜか俺たちにはそうは思えなかった。何秒何分たったか睨み合いの末、どちらともなく笑った。
「「ふふっ」」
俺の父にも見せてやりたいものだ。俺の気難しさは俺の弱点だと思っていた。だが、こんなに短い時間でこのような会話ができる俺は成長をしている。克服を報告したい。
「そういえば、ララとはどうなんだ。」
「別にどうもねえぞ。記憶は無いが、あのあと起きたらララの部屋のベットだっただけだ。」
「それは...どうもあるだろ。」
ビジネスパートナーよという言葉は嘘なのかもしれない。バカ正直に信じてしまった。
「というか、シャルルはなぜ俺たちをくっ付けたがる。何か企んでいるのか。」
このタイガという男は野性的な勘が鋭い。戦いにおいてもこの勘がよく働き、センスを確立しているのだろう。
「ああ企んでいるとも。お前らはどう見たってライバルだろ。もっと親密な仲になれば2人で切磋琢磨できると思ったんだ。 」
「なんだそれ。」
俺は至って真剣だ。
「ていうか、シャルルはどの格闘術も心得てないようだな。今日の訓練の動きを見て思ったが。」
俺個人の持論だが、格闘術は他人に魅せるためのただの芸術だと思ってる。俺には無用の長物だ。
「どれ。俺に真似てみて1つ覚えてみないか。構えはこうだ。そしてパンチや蹴りを繰り出すんだ。状況が良くなれば寝技なども出来るぞ。」
真似てみる。なるほど身体は動かしやすい。格闘術に対する考えを改めるべきかもしれないな。
「でも、これだけ派手に動けば目立つだろ。」
「そうだろうな。だが、敵は制圧しやすい。いうなれば短期決戦型だ。テストでは目立つかどうかなどは問われない。だからシャルルの格闘の点数は低いんじゃないのか。」
なるほど。芸術的な点数を計られていたのか。であれば、俺の実戦の成績が良くなかったのにも納得がいく。
そうして、俺とタイガの2人は休憩もひとしおに、それぞれのベッドに戻った。
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