第13話:四ノ宮さんと買い物デート?

 四ノ宮さんと初めての撮影会から一週間が経った。

 写真の厳選と加工、編集が終わってもなお、あの出来事は夢だったのではないかと思うほどに非日常的な体験だった。

 それはおそらく相手が校内にファンクラブができるほどの人気を持つ隣の席に座っているクラスメイトの女の子だったからだと思う。ユズハさんと初めて個撮をした時も終始浮足立っていたけれど、それこそ初めてだったからだ。あれから経験を積んだので多少の緊張はしても我を忘れる一歩手前まで行くことはない。


「庵野君、今日はどこに行くんですか? 撮影はしないんですか?」

「今日は買い物だって言っただろう? 撮影は……まぁ時間が余ったらかな?」


 そして迎えた二度目の週末。家でダラダラと過ごす予定がどういうわけか四ノ宮さんと一緒にお出かけしていた。

 現在俺達がいる場所は秋葉原。正直四ノ宮さんには縁遠い街ではあるが、今度の撮影に使う品を買える店はここにしかないので背に腹は代えられない。

 ちなみに外出するということで今日の四ノ宮さんは私服だ。

 その装いはブラウンのチェック柄のフェミニンなワンピース。ハイウェストで腰にベルトがあしらわれているので四ノ宮さんのスタイルの良さが一層際立っている。精緻なビスクドールのようで一瞬見惚れたのは内緒の話だ。

 現に駅で合流した───今回も俺の方が早く着いて待機していた───時に周囲の人達が息を呑み、我を忘れたように四ノ宮さんに視線を向けていた。だから俺は何も悪くない。


「わざわざ本格的な物を用意する必要はないのでは? 量産品ではダメなんですか?」


 平日、週末と問わず大勢の人で賑わう中を歩いていると、四ノ宮さんが至極尤もなことを尋ねてきた。


「言いたいことはわかるよ。たった一回の撮影で使う物だからいいだろうってことだろう?」


 俺の問いにコクリと頷く四ノ宮さん。一度しか着ないのに高い物を買うのはお金が勿体ないという考えなのだろう。それを否定するつもりはないしむしろそっちの方が一般的な感覚だと思う。


「でも逆に言えば……一度しかやらないかもしれない撮影なんだから衣装もこだわりたいと思わないか?」

「それは確かにそうですけど……」

「まぁケースバイケースだけどな」


 ユズハさんも既製品で済ませることもあれば湯水のように予算を使ってオーダーメイドすることもある。時には手間暇かけて自作したりもする。


「大事なのは撮りたいイメージを形にするためには何が一番いいかってこと。そんで今回はせっかくだからこだわろうって話だ」

「話は理解しました。そうしてくださるのは嬉しいのですが、肝心のお金の方は大丈夫なんですか?」

「それに関しては心配しないでいいよ。今から行く店の店長とは仲がいいから融通は効かせてくれると思う」


 俺達が今向かっているのは元々ユズハさんが懇意にしている店だ。きっかけは案件撮影だったと聞いている。その時撮った写真をSNSに投稿したら大バズりして予想をはるかに超える売り上げを叩きだした。カリスマレイヤーの力は伊達ではない。


「庵野君ってもしかして私が思っている以上にこの業界では顔が広いんですか?」

「俺はまだまだ駆け出しの素人カメラマンだよ」


 何せ俺が撮影したのはユズハさんと四ノ宮さんしかいないからな。人気のカメラマンにもなれば引く手あまた。撮ってほしいと依頼が引っ切り無しにくるという。


「あぁ、それとあらかじめ言っておくと。店長は良い人だけど少し変わっているというか癖が強い人だから。戸惑うと思うけど頑張って適応してくれ」

「え? それってどういう意味ですか? おかしな人ではないですよね!?」


 不安になったのか慌てふためく四ノ宮さん。だが悲しいかな、俺が説明するよりも早く目的地に着いてしまった。そして答えることなく扉を開けて入店する。


「わぁ……すごいですね」


 店内に足を踏み入れた瞬間、四ノ宮さんが目をキラキラとさせながら感嘆の声を上げた。

 入ってすぐに目に飛び込んでくる大量の衣服。漫画やゲーム、アニメのキャラクターが着ている衣装を始め、メイド服や今日の目当ての競泳水着が展開されている。それだけではなく、ウィッグや一からオーダーメイドするための布なども売られているのでまさしく選り取り見取りである。さらに試着室に一個上のフロアには撮影コーナーもあるというコスプレイヤーにとっては天国のような場所である。


「いらっしゃーーーい! 待っていたわよ、たっくん!」


 カウンターから無駄にガタイのいい男性が手を振りながらこちらに向かってやって来た。


「こんにちは、上江洲さん。いい加減たっくん呼びはやめてもらえませんか?」

「私にとってたっくんはいつまで経って可愛いたっくんなのよ! 可愛い女の子が一緒だからって見栄を張らないの!」

「え、えっと……庵野君? もしかしてこちらの方が?」


 あまりのハイテンションぶりに驚いたのか。それとも目の前に現れた大柄の男性がばっちり化粧をしていることに困惑しているのか。四ノ宮さんは俺の背中に隠れながら尋ねてくる。


「紹介するね、四ノ宮さん。この人は上江洲猛うえずたけるさん。既製品からオーダーメイドの衣装まで、コスプレに必要なものは全部そろえることが出来るこの店の店長さんだ。見た目はあれで鬱陶しい時もよくあるけど基本的には無害だから安心して」

「ちょっとたっくん! その紹介の仕方はあんまりじゃないから!?」


 俺の言い方が気に食わなかったのか上江洲さんが野太い声で抗議してくる。四ノ宮さんは何が何だかわからないといった様子。その気持ちはよくわかる。俺もユズハさんに連れられてこの店───名前を『エモシオン』という───に来たとは大いに戸惑った。そして上江洲さんの存在感に圧倒されて散々からかわれたのはいい思い出だ。


「まぁたっくんお得意のツンデレってことで大目に見てあげるわ。そんなことより、一緒にいる子を紹介してくれないかしら?」


 俺はツンデレじゃないとツッコミを入れたいところではあるが、話を前に進めるためにグッと堪えて、


「こちらはクラスメイトの四ノ宮リノアさん。今日は彼女との撮影会用の衣装を買いに来ました」

「へぇ……あのたっくんがユズハちゃん以外の子と撮影会をするなんてねぇ……しかもこんなに可愛いクラスメイトとだなんて。ちゃんと許可は取った?」

「その点についてはノーコメントということで。ユズハさんにはくれぐれも内緒にしておいてください」

「それはもう答えを言っているようなものよ? まぁ私は黙っていてあげるけど、撮った写真を投稿したら一発でバレると思うわよ」


 SNSの巡回を欠かさないユズハさんのことだ。店長の言う通り投稿をしたらすぐに見つけて問い詰められるのは目に見えている。そしてバレたらどうなるか。うん、考えるのはやめよう。

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