第14話:スク水でもよかったけど…
「写真を見ただけで誰が撮ったかわかるなんてことがあるんですか?」
恐る恐る四ノ宮さんが恐る恐る素朴な疑問を口にする。そんな彼女に対して店長はにこりと笑みを浮かべて、
「もちろん、見る人が見ればわかるものよ。撮り方。構図。編集や加工のやり方にその人特有の癖みたいなものが出るの。たっくんを専属カメラマンにしているユズハちゃんならなおさらね」
「まぁ四ノ宮さんの写真を投稿する予定はないので店長さえ口を割らなければ問題ないと思います」
「あら、そうなの? せっかく撮ったのに勿体ないことをするのね」
「そういえば私も詳しい理由を聞いていなかったです。どうして投稿したらダメなんですか?」
店長と四ノ宮さんが声を揃えて尋ねてくる。至極尤もな質問だし、俺が無関係な第三者なら同じことを聞いたと思う。
「そりゃ俺だって投稿しようかなって考えたさ。ただ公には絶対に出来ない致命的な理由があるんだよ」
言いながら、俺はスマホに移しておいたこの間の写真を店長に見せる。それを見た瞬間、店長は理由を察したのか「あぁ……」と声を上げる。
「なるほど、これは投稿したくても出来ないわね。というよりたっくんにしては迂闊だったんじゃない?」
「迂闊と言えばそうですが、そもそも最初から公開するつもりで撮影していないですからね」
「それならしょうがないわねぇ。次に制服で撮影する時はせめて既製品を使うようにするようにね」
写真を公開できない理由。それは兎にも角にも銀花学園の制服で撮影してしまったからだ。わかる人にはブラウスやスカートを見ればどこの高校かわかるだろうし、顔を隠しても身体つきから被写体がだれか特定されるかもしれない。
要するに身バレを避けるためだ。そのことを説明したら四ノ宮さんも合点がいったようで、
「なるほど、そういうことだったんですね。まぁ私としても個人用なので別に構わないんですけど」
「本当に勿体ないわねぇ。たっくんとのコンビならユズハちゃんに匹敵するくらいの大手になれるんじゃないかしら?」
「いいんですよ。別にそういう目的で撮っているわけじゃないですから」
ファンサイトを作るとか写真集を作って販売するわけじゃない。これは四ノ宮さん自身が知らない自分を探すための活動だ。
「そういう割には随分と扇情的な写真じゃない? あっ! さてはたっくん……クラスメイトの女の子のエロい姿を独り占めしたいってことかしら!?」
「ええっ!? そうなんですか、庵野君!?」
「どうしてそうなる……」
二人の女子(?)の物言いに俺は呆れて肩を竦める。とはいえ店長の言葉の全て否定できるかと言われたら嘘になるのだが。
「さて。たっくんをからかうのはこの辺にしておいて。そろそろお仕事の話をしましょうか?」
キラッと星が飛び出そうな可憐なウィンクを飛ばしてくる上江洲店長。仕草は可愛いのに外見のインパクトが強いので反応に困るが、とりあえず俺はコクリと頷く。
「欲しいのは競泳水着よね? 二回目の撮影で選ぶには随分と大胆な衣装のチョイスね。その攻めた感じ、嫌いじゃないわ!」
店長の言う通り、制服の次に撮影する衣装が競泳水着なのは俺としても思うところがないわけではない。ただこれは他でもない、四ノ宮さんたっての要望なのだ。
「私としては中学生の頃に使っていたスクール水着でもよかったんですが、庵野君に止められてしまいました」
「アッハッハッハ! リノアちゃん、衣装にスクール水着を提案したの!? もしかして胸のあたりに大きく名前が書いていたりする?」
「はい! ばっちり大きく〝四ノ宮〟って書いてあります!」
何故かえっへんと胸を張って得意げに話す四ノ宮さんに俺は頭を抱え、店長は手を叩きながら呵々大笑する。
「素晴らしいわ!! しかも中学生の頃の物ってことはあれよね、当然サイズもあっていないんじゃなくて?」
「試しに家で着てみたんですが概ね問題ありませんでしたよ? ただ胸がちょっと、少し……いえ、かなりきつかったですけど」
そう言って四ノ宮さんはえへへと恥ずかしそうに笑った。たった数年できつくなるってどれだけ成長したんだ、と考えたところで俺は思考を閉ざした。今の話は聞かなかったことにしよう。というか初対面の店長相手に赤裸々に話すことじゃない。
「あなたのおっぱいは立派だから無理もないわね。ただサイズの合わない水着を着て、おっぱいがみ出しそうになっているのも最高なのよねぇ……たっくんもそう思うんじゃない?」
「俺に話を振らないでもらえますかね!?」
「なにカマトトぶってるのよ! 男の子にとって女の子の〝おっぱいが水着から零れちゃうぅ!〟はロマンでしょうが!」
俺の肩をガシッと掴みながら叫ぶ。無駄に大きな声量に鼓膜と一緒に脳が揺れて痛みを覚えるが俺も全力で言い返す。
「やかましいわ! あんたはエロ同人の読みすぎなんだよ! というかそういうことを初めて来た客の女の子の前で言うんじゃねぇよ!?」
「私は昔からずっとこんな感じですぅ! 経営も順調ですぅ! 残念でしたぁ!」
ベロベロベーとふざけた顔で子供のように煽ってくる店長。その顔面に右ストレートを叩きこんでやりたい衝動に駆られるが、それは苦笑いを零しながら四ノ宮さんによって止められた。
「まったく。この件についてはゆっくり話し合いたいところだけど……今日のところは大目に見てあげるわ。リノアちゃん、ちょっとこっちに来てくれるかしら?」
「おいこら、ちょっと待て変態店長。四ノ宮さんにナニをするつもりだ?」
この話の流れでよく誘えたものだ。俺はとっさに四ノ宮さんを背中で庇うように立つのだが、店長はやれやれと呆れた様子でため息を吐きながら、
「怖い顔するんじゃないわよ。用意した競泳水着をリノアちゃんに選んでもらうだけなんだから」
「……あっ、そういうこと?」
「試着もしてもらうけどそこは別の子に任せるから安心してちょうだい。そういうことだからリノアちゃん、怖がらないでこっちに来なさいな」
逆に不安しかないんだが、と俺は心の中でツッコミを入れるがどうやら四ノ宮さんは店長の言葉に安心したようで、
「わかりました。それでは庵野君、ちょっと行って来ますね」
「……気をつけてな。何かあったら大きな声で叫ぶんだぞ?」
「あとで本格的に話し合いをしましょうね、たっくん」
そう笑顔で言い残して店長は四ノ宮さんを連れて店の奥へと消えていった。やっと静かになったと一息吐くのだが、
『どれもすごく可愛いですね! でもちょっと大胆すぎじゃないですか!?』
『何言っているのよ、リノアちゃん! それが競泳水着の良いところじゃないの! さぁ、つべこべ言わずに全部着てみなさい! 私のオススメはねぇ───』
といった二人のやり取りが聞こえてきて本格的に頭痛と眩暈を覚える。店の外に避難したいところではあるが、そんなことをしたらそれこそ店長の雷が炸裂するだろう。大人しく我慢するしかない。
「ダメじゃない、たっくん。ため息ばかり吐いていると幸せが逃げちゃうわよ?」
「あれ、もう戻って来たんですか?」
思っていたよりもはるかに早く、というよりカップラーメンの待ち時間すら経っていないのではないだろうか。
「そんなの決まっているじゃなぁい! たっくんを一人きりにしたら可哀想だと思って急いで戻って来たのよ!」
「……本当のところは?」
「リノアちゃんが私のオススメを聞く前に試着を始めちゃったから手持ち無沙汰になっちゃったのよ」
こんなことは初めてよ、と店長は苦笑いを零しながら言った。ブレーキが壊れたテンションの持ち主を戸惑わせるとはさすが四ノ宮さんである。
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