第12話:もうお嫁に行けません!
撮りたてホヤホヤの写真たちを確認しながら待つこと十分ほど。身だしなみを整えた四ノ宮さんが申し訳なさそうな顔でリビングに戻って来た。
「お、お待たせしました……」
「お疲れ様。どうだった、初めての撮影会は?」
努めて冷静に。何事もなかった風を装って話しかける。肩を落としたまま四ノ宮さんはちょこんと椅子に腰かける。
「───ったです」
俯きながらボソッと呟く四ノ宮さん。
「ん? なんだって?」
「とても楽しかったです。庵野君にカメラを向けられている間はなんと言いますか……自分が自分じゃないみたいな感覚になっていました」
こんなことは初めてです、と顔を上げて口にする四ノ宮さんはどこか恍惚で、恐ろしく耽美的な笑みを浮かべていた。
「自分でもびっくりしているんです。無意識のうちにブラウスを脱いでいてスカートに手をかけるなんて……」
「俺も驚いたよ。でもあの時の四ノ宮さんは間違いなく誰も知らない四ノ宮さんだったと思う。これがその証拠だよ」
カメラを操作して無数に撮った中で俺が最高の一枚───ベッドに横になって誘っている姿───と思うものを四ノ宮さんに見せる。
「これが……私? 本当に……?」
「うん。紛れもなくここに映っているのは四ノ宮リノア、キミだよ」
信じられない、と言いながら四ノ宮さんは楽しそうに画面をスクロールさせて別の写真も見ていく。
「どうかな? そこに自分の知らない自分は映ってる?」
「えぇ……どの写真も私じゃないみたいです。ただまさかこんなに肌を露出させとは思いませんでした。下着も庵野君に見せつけるみたいで……とても恥ずかしいです」
「そういえば今日のために買ったとかなんとか言っていたけど───」
「私、そんなことまで言っていたんですか!? 庵野君、撮影中の私の発言は忘れてください! 今すぐ! 可及的速やかに! ASAP!!」
つい出来心で真実を確かめようとしたら、バンッとテーブルを叩きながら四ノ宮さんが顔を真っ赤にして叫んだ。
「わ、わかった! 忘れるように善処するよ! 少なくとも今日のことは誰に言わないって約束するよ」
「あああ当たり前です! これは私と庵野君との秘密の契約なんですからね! 誰にも言ってはダメですからね!」
他言無用です、と念押しされて俺は壊れたゼンマイ人形のようにコクコクと頷いた。自宅に四ノ宮さんを招いて、部屋で制服を半脱ぎになった姿を何枚も写真に収めたとファンクラブの連中に知られたら翌日の朝日は拝めないだろう。
「ふぅ……それはさておいてですね。庵野君、次の撮影会はいつにしましょうか?」
「……はい? 撮影は今日で終わりじゃないのか?」
四ノ宮さんが求めていた〝恥ずかしい姿の写真〟と〝自分の知らない自分〟は今回ので満たされたはず。それなのにまだ続けるというのか。
「もちろんです。たった一回で今まで知らなかった自分を知ることなんて出来るわけないじゃないですか」
「それはまぁ……確かにそうだな」
「ですから撮影は今後も継続ということ! 断じて今日一日楽しかったからとか写真が良かったから一回でやめるのは勿体ないなんて考えていませんからね!」
「……そう言ってもらえると撮影した身としては嬉しいよ」
本音と建前が逆になっているけど指摘するのは無粋というやつだろう。それに俺自身、また四ノ宮さんを撮れるということに静かに興奮していた。
「ではでは、早速ですが次の撮影の打ち合わせをしましょう! どういうシチュエーションがいいと思いますか!? 私としては水着がいいかなって思うんです! それもただの水着ではなくて───」
「うん、わかった。でもまずはいったん落ち着こうか? 次の撮影の前にしないといけないことがある」
鼻息荒くプランを捲くし立てる四ノ宮さんを俺は苦笑いを零しながら宥める。気持ちはわかるし、何なら俺もすぐにでも日程を決めて彼女のことを撮りたい。だがそのためには避けては通れない道がある。それは───
「まずは今日の反省会をしようね?」
「は、反省会ですか? そんなの必要ないのでは? だって……」
「どの写真も素晴らしいから、か? すごく嬉しいけどそれとこれとは話が別だからね? そもそもな話をすると───」
そこから小一時間ほどかけて。俺は今日の撮影中に感じたことを四ノ宮さんに出来るだけ優しく伝えた。その結果四ノ宮さんがどうなったかというと、顔から耳どころか首まで湯気が出そうなほど真っ赤になって悶えていました。
「うぅ……これではお嫁にいけません。庵野君、責任を取ってください」
「どうしてそうなる……まぁ四ノ宮さんがお嫁さんになってくれるならもろ手を挙げて大歓迎だけど」
「ももももう! 冗談を真に受けないでください! 庵野君の馬鹿!!」
「理不尽が過ぎる!」
なんてくだらない雑談をしていたらいつの間にか日が暮れてしまい、駅まで送ってくれとせがまれた。ホント、わがままなお姫様である。
ただ、こんな風に家で誰かと長い時間過ごすのは久しぶりだったので、四ノ宮さんが帰宅した後の我が家は酷く色褪せて見えた。
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