第11話:レンズ越しの四ノ宮さん

「ハァ……ハァ、ハァ……」


 自然と四ノ宮さんの吐息に熱が帯びる。頬は真っ赤になっていて徐々に表情も艶美に蕩けていく。

 これがいつも教室で友人達に囲まれて笑顔を振りまいている隣の席のクラスメイトと同一人物とは思えない。そんな人気者が俺の部屋でファインダー越しに淫らな姿をさらしていると思うと気が狂いそうになる。

 狭く静かな空間に響き渡る呼吸とシャッターの音。


「あ、庵野君……」


 艶のある声で俺の名前を呼びながら、四ノ宮さんはブラウスを大きくはだけさせ、顔を逸らしながら穢れのない肌と年不相応に大人びた下着───情熱の赤の生地に薔薇のアップリとレースがあしらわれており、派手やかな金のラメ糸が煌めいている───に包まれた魅惑の果実を白日の下に晒す。


「…………」


 その姿があまりにも妖艶で。俺は無意識のうちに生唾を飲み込んでいた。それと同時に四ノ宮リノアが羞恥に顔を染めている様を見ているのは、この世界で自分だけという優越感に襲われて言葉が出ない。


「すごく綺麗だよ、四ノ宮さん。それじゃ次は───」

「……はい。わかっています」


 俺が指示するより早く、意図を汲み取った四ノ宮さんがレンズを覗き込むように四つん這いの姿勢を取る。


 ───勉強を教えてもらうというのは口実で、女の子は初めからこうするのが目的だった。対する男の子は突然の事態に慌てふためき、どうしたらいいかわからない。そんな煮え切らない態度に業を煮やして強引に迫る───


 いつの間にかそういう役になり切っているのか四ノ宮さんの表情から自然と羞恥は消えており、代わりに〝好きにしていいんだよ?〟と訴えるような耽美な顔になっている。


「うん、いい表情だよ」


 最初の緊張はすでになく、俺の声も届いていないのか四ノ宮さんの演技はさらに加速する。舌なめずりをしながら獲物を追い詰めた雌豹のようにゆっくりと接近してくる。その動きに併せて俺は後退しつつ画角を上下に変え、時には右に左に身体をずらして撮影を続ける。


「……どうして逃げるんですか?」


 近づいても逃げる男の子に怒りではなく不安を覚えたかのように、四ノ宮さんが瞳を潤ませながら甘い声を出す。思いが伝わらずに焦り、切なそうにする姿も演技とは思えないくらいリアルだ。


「私のこと……見て? もっと、たくさん……」


 言いながら四ノ宮さんは俺から距離を取るとそのままベッドの方へと移動する。何をするつもりなのか、その一挙手一投足を見逃さないように全神経を集中させる。


「上ばかりじゃなくてこっちも……」


 片足を立たせてベッドサイドに腰掛けた四ノ宮さんはスカートの裾を掴むと静かにたくし上げた。捲りあげるまでのわずか数秒。俺の目に映る世界がスローとなり、一部始終をカメラに収めることに成功した。

 一部にほんのり透け感のある深紅のショーツを惜しむことなく見せつけてくる姿は男を色欲の世界に取り込む夢魔のよう。


「ど、どうですか? 今日のために買ったのですが……似合っていますか?」

「もちろん。すごく似合ってると思うよ」


 普段はお淑やかな女の子が服の下に身に着けているのは大胆なデザインの下着というギャップが嫌いな男はいない。


「それなら……庵野君の好きにしてくれていいんですよ?」


 脱ぎ掛けだったブラウスのボタンを全て外すと、ゆっくりとしかしためらうことなく肩からずらして脱いでいく。さながら蛹から羽化する蝶だ。そしてそのまま身体をベッドに倒すと手を伸ばす。


『……こっちに来てください。私と気持ちいいことしましょう?』

『 一緒に堕ちるところまで堕ちましょう』


 そんな極上かつ甘美な声が聞こえてきそうなくらい蠱惑的な表情をする四ノ宮さん。

 あぁ、なんて美しいんだろうか。俺がカメラを握ったのはこの人のこの瞬間を撮るためだったんじゃないか。そんなありえない錯覚を覚えながら彼女の下へ近づきながらシャッターを押す。


「来てください……」


 四ノ宮さんの囁きはギシッ、とベッドが軋む音にかき消される。このまま理性を捨てて押し倒すことが出来たらどれだけ幸せなことか。だがそこは一度嵌ったが最後、一生抜け出すことのできない底なし沼でもある。


「私に触れてください……」


 熱を帯びた声で言いながら四ノ宮さんは背中に手を回すと、カチャッという小さな金属音が鳴った。その音の正体がなんであるかわかる前にはらりと下着が床に舞い落ちる。


「…………」


 ごくりと生唾を飲み込む。ブラウスこそまだ羽織っているが魅惑の果実を覆っていた最後の砦がなくなり、生肌が露わになる。これを好きにできたなら未練なく天に昇れるだろう。


「ほら、庵野君の好きにしていいんですよ?」


 寝転がり、誘うように両手を広げる四ノ宮さん。その姿はまさしく堕落の道へと人を誘う堕天使のそれ。純白の羽は黒に染まり、可憐な笑みには淫欲の色が混じる。

 俺は天を仰ぎながら熱く煮え滾ったものを根こそぎ吐き出してから、四ノ宮さんの手を取って起き上がらせると、自分の上着を脱いで半裸の四ノ宮さんの肩に着せてあげた。


「お疲れ様、四ノ宮さん。撮影は終わったよ」

「……ほへ?」


 我に返ったのか、呆けた声を出す四ノ宮さん。一瞬前まで精魂吸い尽くそうとして誘惑していた人と同一人物とは思えない。


「すごくいい写真がたくさん撮れたよ。編集してから送るからちょっと時間暮れると助かる」

「は、はい……」

「詳しい話は服を着てからにしようか。俺はリビングで待っているから着替え終わったら来てね」


 それじゃ、と早口で捲くし立てて俺は脱兎のごとく部屋から抜け出す。背後から『ちょ、庵野君!?』と四ノ宮さんが慌てて声をかけてくるが心の中で謝罪しながら無視をする。


「危なかった……危うく逮捕案件になるところだった」


 バタンッと閉めた扉によりかかり、俺は撮影したばかりの画を見ながら独り言ちる。極度の緊張から解放されたためか足に力が入らず、その場でへたり込んで頭を抱える。

 何が『一々ドキドキしていたら仕事にならない』だ。四ノ宮さんの肢体と同い年とは思えない色香に完全に惑わされてしまった。我ながら情けない。


「四ノ宮さんが戻ってくるまで頭を冷やしておくか……」


 重たいため息を吐きながら俺はのそのそと立ち上がってリビングに向かう。まずは本能に理性が負けなかったことを褒めよう。反省はその後からでも遅くはないだろう。

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