第10話:撮影開始

「どちらに行かれるんですか?」

「撮影の準備だよ。家のどこで撮影するにしても四ノ宮さんが思い描いているイメージを聞いてからじゃないと始まらないからな」

「では撮影場所は……」

「クラスメイトの男の部屋で勉強をしていたんだろう? なら俺の部屋で撮影するしかない」


 甚だ不本意ではあるが、さすがに父さんの仕事部屋に通すわけにはいかないし二人の寝室は論外。消去法で俺の部屋しか残らない。

 幸いなことに部屋の中は綺麗にしてあるし見られて困るようなものは全てPCの中に入っているので問題ない。


「勉強しているってなると小さなテーブルがあるといいな。確か昔使っていたやつが押し入れに残っていたはず……引っ張り出すか」

「あ、あの……庵野君? 何もそこまでこだわらなくてもいいのでは?」

「自分の知らない自分、ありのままの自分が見たいんだろう? なら細部にまでこだわらないと」


 実際の撮影でもその場にある小道具をアドリブで使ったらクオリティが上がるなんてことはよくある話だ。

 今回の場合なら如何にして〝なんて事のないただの勉強会からの変化〟を演出するかが重要になる。それを想像しながらセッティングをするのが俺の仕事であり、腕の見せ所でもある。


「そういうわけだからちょっと待っていてくれると助かる。三十分くらいで仕上げるからそれまでテレビでも観ていてくれ」

「ちょ、庵野君!?」


 戸惑う四ノ宮さんの声を無視して俺はプランを考える。小道具以外にもライティング用のストロボの設置に設定などやることはたくさんある。いや、ここはあえて自然光だけで撮影するのもありだな。


「わ、私にも何か手伝えることは……!?」

「ん? 別に気にせずゆっくりしていてくれていいんだよ?」

「ですが私がお願いしたことなのに何もしないで待っているなんて…」


 それでもなお四ノ宮さんは申し訳なさそうな顔でしゅんと肩を落とす。これでは俺が悪いことをしているみたいな気持ちになってくる。


「ん……それじゃ雰囲気を掴むために一緒に部屋へ行こうか。そこでどんな感じて撮られたいか考えてみてよ」


 四ノ宮さんのここでの仕事は撮られること。ベストなパフォーマンスを出してもらうためにテンション上げてもらう必要がある。


「そういう雰囲気になったらどんな表情をするのか、準備が整う前でイメージを膨らませておいてくれると助かる」

「わかりました。では私は庵野君の部屋で色々考えてみますね」

「よろしく頼む。いい写真が撮れるよう頑張ろう」

「それはそうと。安易に私を部屋に入れていいんですか? 見られたくないものはちゃんと隠してありますか!?」


 言いながら身を乗り出し、何故か目をキラキラと輝かせる四ノ宮さん。探す気満々なご様子に軽いめまいを覚える。


「初めて男の子に家に行ってやることの定番はエッチな本を探すことだと聞きました! ですから……いいですよね!?」

「言い分けないだろうが! そもそもそんな定番はない! というか四ノ宮さんにそんなことを吹き込んだ奴は誰だよ!?」


 聖女だ、天使だと崇める女の子に余計なことを吹き込んじゃない。このまま放っておいたら同人誌でよく見る〝見た目は清楚だけど実は痴女〟なヒロイン路線まっしぐらである。


「大人しく座ってイメトレしていてくれたらいいから! くれぐれもパソコンには触らないように!」

「なるほど……大事なものはデジタル化してあるということですね」

「編集途中の大事なデータがあるんだよ!」


 俺の渾身の叫びがリビングに響き渡る。

 やっぱりこのお茶目というかいたずらっ子な一面こそが四ノ宮リノアの本性なのではないか。撮影会をする必要があるのか、そう改めて疑問を抱きながら俺は撮影の準備に取り掛かるのだった。



 *****



 何だかんだ騒いでいた四ノ宮さんだったが部屋に案内したら大人しくなり、次第に表情にも緊張の色が浮かぶようになった。


「よし、ひとまずこんな感じでいいかな? 勉強している雰囲気も出ているよな?」


 俺が子供の頃に使っていた小さなテーブルを押し入れの中から引っ張り出し、その上に教科書とノート、筆記用具を乗せた。さらに遊びに来ている感を出すためにコップを二つ用意した。あと雰囲気を重視するために自然光で撮影することにした。


「は、はい! ばばばっちりだと思います」


 上擦った声で答える四ノ宮さん。これからが本番なのに大丈夫だろうか。俺は一抹の不安を抱きながら愛用のカメラを手に持つ。


「それじゃ始めていこうか。四ノ宮さん、いけそう?」

「だ、大丈夫です。やってみます」


 そう言って深呼吸を繰り返す四ノ宮さん。空き教室の時と違い、初めてカメラを前にしたら緊張するのは当然だ。ただこういう姿もシチュエーションとしてはピッタリだ。俺は無言でシャッターを切る。


「えっ、もう撮るんですか!?」


 カシャ、カシャという音にビックリする四ノ宮さん。これは合図を出さずに撮影した俺が悪いのだが、あまりにもイメージ通りでつい指が動いてしまった。


「もちろん。いい感じにドキドキしているのが伝わってくるよ」

「あぅ……」


 恥ずかしそうに背を向ける四ノ宮さん。そのリアクションも可愛く、またシチュエーション通りで思わず笑みが零れる。


「四ノ宮さん。ちょっとずつ制服を脱いでいける?」

「も、もうそのターンに突入するんですか!?」

「ゆっくり、ボタンを一個ずつ外していこうか。あっ、その前に身体をこっちに向けてくれる?」


 そこまで広い部屋ではないので俺が移動できる範囲も限られている。正面に回り込もうとしても四ノ宮さんが身体を隠してしまうので堂々巡りだ。


「うぅ……どうして庵野君はそんなに冷静なんですか? 私一人でドキドキしていたらバカみたいじゃないですか」

「これは撮影だからな。一々ドキドキしていたら仕事にならないだろう?」


 とはいうものの全く緊張していないかと言えばもちろん否。撮影中は一瞬たりとも被写体から目を離すわけにはいかないので余裕がないというのが正解だ。


「わ、わかりました……」


 声を震わせながらも覚悟を決めた四ノ宮さんがゆっくりと身体をこちらに向けてくる。一度深呼吸をしてからリボンにシュルリと外し、そのまま第一、第二ボタンへと手を伸ばした。

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