第8話:待ち合わせ
週末の昼下がり。俺は自宅の最寄り駅でソワソワしながら待ち人を待っていた。
その人物は、学校一の有名人にしてアイドルでもないのに熱狂的なファンクラブが存在する美女、四ノ宮リノア。
聖女、お姫様などと呼ばれており、毎日のように告白をされている彼女からどういうわけか〝恥ずかしい姿を写真に撮ってほしい〟と頼まれた。その真意は未だわからず、モヤモヤを抱えたまま打ち合わせの日を迎えた。
「いったい何を考えているんだよ、四ノ宮さんは……」
隣の席に座っているだけのクラスメイトの男の家で打ち合わせをしだいなんて信じられない。しかも時間が余ればそのまま撮影会もしたいとは。いくら機材が揃っているとはいえ、無防備すぎやしないだろうか。
「あっ! 庵野く――――ん!」
そんなことをぼんやりと考えていると、噂の四ノ宮さんがエスカレーターから手を振りながら降りてきた。さながら殺風景な景色に咲いた一凛の花のよう。彼女がいるだけで周囲が一気に華やかになる。
「お待たせしてごめんなさい。これでも早く来たんですけどね」
改札を出てきた四ノ宮さんは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
現在の時刻は13時半を過ぎたところ。対して待ち合わせの時間は14時。ちなみに俺が駅に着いたのは13時頃である。早すぎたかと思ったが四ノ宮さんを待たせなくて済んだので結果オーライだった。
「大丈夫、俺もちょうど来たばかりだから。それより……どうして制服なのか聞いてもいいかな?」
今日は休日。学校に行くわけではないので制服である必要はないし、何なら四ノ宮さんの私服姿を少し楽しみにしていた自分もいた。
「まず写真を撮ってもらうなら制服がいいかなと思いまして……もしかして庵野君、私の私服姿が見たかったんですか? 期待させちゃいましたか?」
何が面白いのか、グイグイと身体を密着させて来る四ノ宮さん。くすぐったいから肘で脇を小突くのはやめてほしい。
「制服でがっかりしちゃいましたか? しちゃいましたか?」
めんどくさい。これでは聖女というよりメスガキのムーブだ。こめかみを抑えながら適当にいなすことにした。
「はいはい。四ノ宮さんの私服姿を期待していましたよ。制服でがっかりしましたよ。これで満足ですか?」
「ウフフッ。もし庵野君がどうしても見たいと頭を下げるなら見せてあげないこともありませんよ?」
さらに一歩。四ノ宮さんはずいっと距離を詰めて来て耳元で意地悪な小悪魔的な声で囁いた。もしこれが二人きりの空間だったら心臓がドクンと跳ねあがって赤面していただろう。ただこの状況ではそうも言っていられない。
「……そうだな。お願いするのはやぶさかではないけど、まずは離れてくれませんかね?」
「ほへ?」
俺のお願いにキョトンとする四ノ宮さん。まさか今自分が何をしているかわかっていないのだろうか。俺はそっと彼女の肩に置いて優しく諭すように状況を説明した。
「くっつかれるのは嫌じゃないけど、ここはまだ駅で周りにはたくさんの人がいるからな? TPOは大事だからな?」
「は、はぅ!?」
素っ頓狂な声を上げながら四ノ宮さんは慌てて俺から飛び退いた。その反応はちょっと傷つくが、何はともあれこれで前に進める。
「ハァ……そろそろ行こうか。いつまでもここにいても悪目立ちするだけだからな」
「時間は有限ですからね。それでは庵野君、案内よろしくお願いします!」
「ねぇ、四ノ宮さん。本当に家で打ち合わせと撮影をやるのか??」
「ここまで来て何をいまさら。撮影機材もあるからちょうどいいかって同意したのを忘れたんですか?」
我が家で打ち合わせがしたいと言われた時、当然のことながら俺は反対した。その最たる理由として俺の両親はこの一年ほど海外で仕事をしていてほとんど家を留守にしているからだ。
おかげで俺は悠々自適なソロライフを過ごせているわけだが、かといって女の子を招いたことは一度もない。それをしたら俺を信頼してくれている両親を裏切ることになる。故に一番親しいユズハですら呼んだことはない。このことを懇切丁寧に伝えてもなお、四ノ宮さんは首を横に振った。
「そもそも私は普段庵野君が撮影されているコスプレイヤーさんと違って素人のただの学生です。そんな人間を撮影するのにスタジオは勿体ないです」
「その代替案に親のいない俺の家はどうかと思うけどな」
かといって四ノ宮さんの家に招待されても困るのだが。もしそんなことになったら口から心臓が飛び出る自信がある。撮影どころではない。
「それでは庵野君はご両親が不在の自宅で私と二人きりになったら理性が暴走して獣になってしまうような方なんですか?」
違いますよね、と確信した顔で口にする四ノ宮さん。どうしてそこまで信頼してくれているのか甚だ疑問ではあるが、答えはもちろんイエスだ。
「そんなことをしたらそれこそ身の破滅だろうが。信頼を裏切るような真似はしないさ。絶対にな」
依頼人には手を出さない。適切な距離を取る。それが良好な関係を保つ秘訣であると父さんから耳にタコができるくらい言われた言葉だ。まぁ母さんとの馴れ初めを聞くとどの口が言っているのかとツッコミたくはなるのだが。
「フフッ。誠実なんですね、庵野君は。やっぱりお願いして正解でした」
「……俺に限った話じゃないと思うけどな」
「そんなことありませんよ? 少なくとも私が知る限り庵野君は希少種……絶滅危惧種に指定されてもおかしくありません」
「それじゃ四ノ宮さんは保護者ってことになるけどいいのかな?」
ただ俺は彼女に弱みを握られて半ば言いなりになっているので、保護者というよりは飼い主の方が近いが。
「保護するには庵野君はちょっと大きすぎますね。薬で小学一年生くらいまで小さくなっていただけますか? それなら考えてあげます」
「見た目は子供、頭脳は大人ってか? 勘弁してくれ」
それはそれで一緒にお風呂に入ったり添い寝したりできるので悪くないが、それこそ理性がどうにかなる自信がある。なるなら一日限定だな。
なんて他愛のない会話をしながら俺は四ノ宮さんと並んで歩いて自宅へと向かうのだった。
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