第7話:お願いという名の脅迫

 突拍子のない四ノ宮さんのお願いに思わず俺は真顔で聞き返してしまった。いくら何でも質の悪い冗談か、もしくは俺をからかって楽しんでいるのだろうと思って四ノ宮さんの顔を見る。だが悲しいかな、彼女は至って真面目なようで、


「聞こえなかったんですか? ならもう一度言いますね。私の恥ずかしい写真を撮って欲しいんですけど───!」

「ストォォォォオオップ!! ちゃんと聞こえているから大丈夫だから! わざわざ繰り返さなくていいから!」


 ダメだ。わずか十六年の短い人生の中で今日ほど頭の中がチンプンカンプンになった日はない。ユズハさんに専属カメラマンになると首を縦に振るまで家に帰してくれなかった時より困惑している。


「そうですか。ならよかったです。では、庵野君の回答を聞かせていただけますか? まさか断る、なんて言いませんよね?」


 可愛い声と可憐な笑顔とは裏腹に絶対に逃さないという圧を感じる。まるでのど元に刀の切っ先を突き付けられているような最悪の気分だ。


「さぁ、どうなんですか? 〝はい〟ですか? 〝イエス〟ですか? それとも〝うん〟ですか?」

「どれを選んでも答えは一緒だよなぁ!?」


 あまりの理不尽な質問に俺は反射的にツッコミを入れる。最初から拒否権がないにしても選択肢には〝いいえ〟の一つくらいあってもいいのではないだろうか。


「もしかして不満でもあるんですか? 私の身体では庵野君のお眼鏡に叶わないと? つまりそういうことですか?」

「誰も不満なんて言ってないんだけどな!? あと言い方に気を付けような! 俺は別に身体目当てで写真撮っているわけじゃないからな!?」

「あら、そうなんですね」


 そう言ってキョトンと小首を傾げる四ノ宮さん。可愛らしい仕草に絆されそうになるが俺は心を鬼にして必死に耐える。


「まぁ庵野君の性へ……趣味について尋ねるのはまた今度にして。そろそろ答えを聞かせていただけますか? まさか断るなんて言いませんよね?」


 興味がないかと言われれば嘘になる。だが弱みを握られているとはいえ、どう考えてもこの申し出は受けるべきではない。クラスメイトのそれも隣に座っている女の子恥ずかしい姿を写真に収めたら、次の日からどんな顔で登校したらいいかわからなくなる。

 ただ頭では理解していてもカメラマンとしての本能は頷けと、この申し出を引き受けろとしきりに囁いてくる。

 その理由は他でもない。誰も見たことがないであろう四ノ宮リノアの一面を垣間見てしまったからだ。誰もいない教室で制服をはだけさせ、恥じらいながらも淫らな表情を浮かべているあの姿をもう一度───


「その前に教えてほしい。どうしてそんなことを望むんだ?」

「理由ですか。そうですね……強いて言うなら〝自分の知らない自分を見てみたいから〟でしょうか?」


 天使のような悪魔の微笑。可憐さと艶美さを内包したこの魅惑的な表情を今すぐ写真に撮りたい。


「今はこれ以上お教えできませんが……どうでしょうか? 納得していただけましたか?」


 答えは決まった。父さんからの受け売りだが、〝一瞬の美しさを永遠に記録する〟ことがモットーの俺にとって四ノ宮さんはこれ以上ない被写体だ。コスプレとは違う等身大の女の子の、ましてや自分の知らない自分を撮って欲しいなんて言われたら引き下がれるはずがない。


「わかった。その依頼……引き受けるよ」

「ありがとうございます! 庵野君ならそう言ってくれと思っていました!」


 俺がそう口にすると、四ノ宮さんは嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。

 子供っぽい可愛らしい喜び方なのにたゆんたゆんと子供らしからぬ二つの凶器が揺れているそのギャップに理性がおかしくなる。俺は誤魔化すようにゴホンと咳払いをしてから肝心のことを尋ねた。


「写真を撮るのはいいとして。恥ずかしい姿っていうのは具体的にはどういうものをイメージしているの?」

「何となくはあります。ただそのあたりのことはその道のプロである庵野君に相談したいと思っているんですが……ダメでしょうか?」

「ダ、ダメじゃないけど……というか俺がカメラをやっていることを知っているのか?」

「はい、庵野君の仲がいい方に色々教えていただきました。人気コスプレイヤーさんの専属カメラマンなんてすごいですね」


 そう言って微笑む四ノ宮さん。情報源はファンクラブ会員、というよりユズハさんのことまで知っているなら新しか考えられない。俺が彼女の専属カメラマンをやっていることを知っているのは学校の中ではあいつだけだ。


「ハァ……わかった。そういうことならまずはイメージの共有からだな。どこかで時間を見つけて打ち合わせをしようか」


 俺は大きくため息を吐きながら了承した。そもそも四ノ宮さんのような美女に上目遣いでお願いされてNOと言える男がいるだろうか。もしいるなら連れてきてほしい。俺には無理だ。


「はい! それでは早速ですが今週末はいかがでしょう!? 軽い打ち合わせをしたら撮影もしてみたいです!」

「それは別に構わないけど……」


 慌てることはないんじゃないか、と言おうと思ったが今にも小躍りしそうなほど嬉しそうにしている四ノ宮さんを見たら言えなくなった。


「決まりですね! あぁ……今から楽しみです!」


 言いながら恍惚な笑みを浮かべる四ノ宮さんに気付かれないよう俺は静かに苦笑いを零す。

 まさか誰もが憧れるクラスメイト女の子と誰にも言えない秘密の関係になるなんて思ってもみなかった。人生何が起きるかわからないな。


「打ち合わせ兼プチ撮影会の場所は庵野君の自宅でいいですよね?」

「どうしてそうなる!?」


 放課後の静かな教室に、俺の悲鳴にも似た叫びが響き渡った。本能に負けて安請け合いするんじゃなかったと早くも後悔するのだった。

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