第6話:四ノ宮さんのお願い
迎えた放課後。一つ一つの授業が気の遠くなるような長さに感じ、新からは〝顔色悪いけど大丈夫か? 早退した方がいいんじゃないか?〟と心配されたりしたがなんとか乗り越えた。
徹夜による眠気と疲労も、隣に座っている脅迫主が時折笑みを向けて見つめてくるという緊張感のせいでどこかに吹き飛んだ。おかげで目は冴えているのに頭が重くて辛い一日だった。ただ本当の悪夢はこれからだ。
「……天国と地獄とはまさにこのことだな」
学校どころか日本中を見渡しても頂点に立てるほどの美貌とスタイルを誇る四ノ宮さんの淫らな姿を覗き見てしまった空き教室。その扉の前に立った俺は周囲に誰もいないことを念入りに確認する。
鬼が出るか蛇が出るか。大きく深呼吸をして覚悟を決めて扉に手をかける。まぁどんなに理不尽なことを言われても甘んじて受け入れるしかないのだが。
「ちゃんと来てくれて安心しましたよ、庵野君。あっ、盗撮魔さんと言った方がよかったですか?」
音を立てないように静かに扉を開けて教室の中に入ると、机の上に座って優雅に足を組んでいる四ノ宮さんがすでに待ち構えていた。
昨日違ってちゃんと制服を着ていることに安堵しつつ、しかしながらスカートを短くしているせいで下着が見えそうになっているので慌てて視線を上に固定する。
そんな俺の様子を見て四ノ宮さんはクスクスと笑う。それは普段教室でクラスメイト達に囲まれている時にするのと同じ聖女然としたもので安心するのだが、同時にこちらの考えていることが全て見透かされているようで不安になる。
「わざわざ言い換える必要はなかったと思うんだけどな。それともまさか俺のことを一生そう呼ぶつもりじゃないだろうな?」
「あら、庵野君は私のことをそんな酷い女だと思っているんですか? 悲しくて涙が出てスマホを誤操作してあの写真をばら撒いてしまいそうです」
顔を両手で覆いながらシクシクと泣き真似をする四ノ宮さん。それをするなら口元までしっかりと隠せと言いたい。笑っているのが丸見えだ。
「はいはい。もう好きに呼んでくれて構わないから……さっさと今朝の続きを聞かせてくれないか?」
何を言っても聖女の皮を被った小悪魔には無視されるだけ。俺はツッコミも抵抗することも放棄して早く本題に入るよう促す。
「せっかちさんは嫌われますよ? 時間はたっぷりあるんです。もう少し会話を楽しみまませんか?」
「兵は拙速を尊ぶとも言うだろう? 吞気にお喋りをしていて誰か来たらどうするんだ?」
「どうとは? 私と庵野君は放課後の旧校舎の空き教室で密会しているだけですよ? それのどこに問題が?」
絶対にわかって言っているだろうと俺はジト目を向ける。自分のことを日陰者とまでは言わないが、俺のような男が四ノ宮さんと二人きりで会っていることがファンクラブの連中に知られたら明日の朝日は拝めないだろう。
「問題しかないからな? それとも四ノ宮さんは俺のことを社会的に抹殺したいのか? 高校に通えなくしたいのか?」
美女の秘密を覗き見てして盗撮した男に対する処罰にしては妥当か。
「ですから私にそんなつもりはありませんって。そもそも庵野君は一つ大きな勘違いをしています」
「勘違い?」
「はい。それはもう盛大な勘違いです。私は隠し撮りされたことを恥ずかしいとも嫌だとも思っていません。むしろ感謝しているくらいです」
「……えっ?」
何を言い出すんだ、と言おうとしたら四ノ宮さんは足を組み替えながら話を続けた。なんて事のない動作なのに艶めかしく、さらにふわりとスカートが浮いてその奥の秘宝がチラリと見えそうになって思わず視線を逸らす。
「昨日庵野君が撮影した写真を見て私は感動したんです。そこに映っている私は初めて見る私で……まさにこういう写真が撮りたかったんです!」
拳を握って力説する四ノ宮さん。その瞳はキラキラと輝いていてさながら新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだ。納得いっていないとはいえ自分の撮った写真でこんな風に喜んでもらえるのは嬉しい。
「失礼。取り乱しました。どこまで話をしましたっけ?」
「……写真を見て感動した、ってところまでかな?」
「そうでした。今の話を踏まえて、庵野君に折り入ってお願いしたいことがあるんですがよろしいですか?」
「ちなみに……断るって言ったらどうなるんだ?」
答えはわかっているし、そもそも言われたとおりに教室に来た時点で俺も覚悟は決まっているが念のため尋ねてみる。そんな俺に対して四ノ宮さんはピョンと机から飛び降りる。
「さて、どうしましょうか? 庵野君はどうされたいですか?」
「どうされたいって言われても……生殺与奪の権利を握っているのは四ノ宮さんだろう?」
「いいんですか? 私の専属執事やペットになれって言うかもしれませんよ? そう言われたら庵野君は甘んじて受け入れるんですか?」
ゆっくりと近づいてきた四ノ宮さんは前屈みになり、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。至近距離で見つめられて不覚にも心臓が高鳴り、頬に熱が帯びる。
そんな俺の動揺を見抜いたのか、四ノ宮さんは艶美な笑みを浮かべて耳元に唇を近づけて甘い声で囁く。
「社会的に抹殺されるより……私に一生飼われる方がいいと思いませんか?」
これで何度目になるだろうか、彼女の声に背筋を震わせるのは。ゴクリと生唾を飲み込む音が静寂な教室に響く。
「……キミは本当に俺の隣の席に座っている四ノ宮リノアさんなのか? 実は双子の妹か姉じゃないよな?」
少なくとも俺の知っている四ノ宮リノアと今目の前にいる四ノ宮リノアはイコールで結びつかない。それを言ったら自撮りをしていた彼女も本物かどうか怪しくなるのだが。
教室で友人たちに囲まれている時のリノアは可愛くて嫋やかで、純真無垢な生粋の箱入り娘といった感じなのに、目の前にいる彼女はそれとは真逆。
男女関係なく骨の髄まで魅了し惑わし、心身ともに彼女の無しで生きられなくされそうな甘くて危険な色香を漂わせている魔性の存在。大袈裟かもしれないが、今の俺の目には今の四ノ宮リノ アはそう見えた。
「確かに私には姉がいますが双子というわけではありませんよ? ここにいる私は正真正銘四ノ宮リノア本人です」
「それは……まぁそうだよな」
我ながら間抜けな反応をする。狐に抓まれたような顔をしている俺を見て再び四ノ宮さんはクスクスと笑う。手のひらの上で転がされているというか手玉に取られているというか。
「庵野君をからかうのはこの辺にして。話を本題に戻しましょうか。覚悟はよろしいですか?」
「そうだな。早いとこ煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
観念して、俺は肩を竦めながら投げやり気味に言う。まさかこんな形で高校生活が終わるとは思わなかった。全ては盗撮をした俺が悪い。自業自得だなと心の中で自嘲していると、四ノ宮さんは予想外の爆弾を投げつけてきた。
「庵野君……私の恥ずかしい姿を写真に撮っていただけませんか?」
「……なんですって?」
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