第2話:隣の席のお姫様

 彼女はそのまま満開の桜のような可憐な笑みを浮かべながら俺の隣にごく自然に腰掛ける。座席を間違えているわけではない。俺と四ノ宮さんは隣同士なのだ。

 これは余談になるが。この座席は二年生に進級して担任を含めたクラスメイト達との初顔合わせの日にくじ引きをして決まったのだが、その時向けられた───主に男子生徒から───嫉妬と怨念のこもった視線は忘れられない。


「メイドさんのお洋服ですか? 随分ミニスカートなんですね。あっ、胸元に猫ちゃんの顔があるの可愛いです!」

「そ、そうだね……」


 俺はスマホの画面をそっと閉じながら言葉を絞り出した。よりにもよって四ノ宮さんに見られたのは最悪だ。聖女でお姫様な彼女にミニスカでさらに胸の中心が猫の顔でくりぬかれて谷間がチラッと見えるデザインのメイド服は教育上よろしくない。


「たくみぃーーー!? お前、なんてものを四ノ宮さんに!?!?」

「ダダダ、ダメですよ!! 姫がメイド服なんて着たら! ましてやミニスカートなんて履いたら死人が出ます!」

「庵野ぉ!! リノア様を穢すんじゃねぇ!!」


 席に戻ったはずの新や先程まで四ノ宮さんの周りにいた取り巻き達が抗議の声を上げながら俺の席に押し寄せくる。全面的に俺が悪いとはいえクラスメイトに殺意の波動を放つのはどうかと思う。


「みなさん、落ち着いてください。庵野君は何も悪くはありませんから───」

「いいえ! リノアさんに似合わない服はないと思いますが肌の露出が激しいメイド服はダメです! もっと清楚なデザインの方がいいです!」

「ましてや学校でそんな不埒なものを見るなんて論外です! 庵野、お前は最低の奴だよ!」


 犯罪をしたわけでもないのにこの言われように俺の心は大洪水。反論したいのは山々だが、隣に四ノ宮さんがいる状況で躊躇われる。

 その理由は新を含めて彼らが【四ノ宮リノアファンクラブ】の会員だからである。入会は自由。クラブ内においては先輩も後輩も関係ない。ただ一点、〝四ノ宮さんの笑顔を守る 〟という強い意志を持っていることが求められる。


「巧よ……まさかと思うがお前は四ノ宮さんのことをエッチな目でいるんじゃないだろうな?」

「そんなわけあるか」


 静かな怒気をはらんだ声で尋ねてきた親友に俺は即答する。むしろお前達の方が四ノ宮さんのことをそういう目で見ているだろうがと言いかけるが寸でのところで堪える。

 その理由はファンクラブでは月に一回、四ノ宮さんの学校生活での姿を隠し撮り写真がごく一部の選ばれた会員達に共有されている。その存在を俺に教えてくれたのは他でもない新である。

 隠し撮りの時点でだいぶ、いやかなり危ない上にそれをひそかに共有するという倫理的にアウトだと思うが、そもそも論でいうならアイドルでもないただの一生徒にすぎないのにファンクラブが作られている時点でどうかしている 。


「皆さん、庵野君は悪くありません。私だって女の子なんですよ? 可愛い服には可愛いと言うのは普通なことではないですか?」


 一触即発な空気の中、四ノ宮さんがどこか拗ねた様子で───自分の意志を無視しないでほしいと言わんばかりに───言った。


「わ、私もメイド服が好きです! 最近は可愛いのがたくさんあっていいですよね!」

「姫は普段どんな服を着ているんですか?」

「これは学園祭の出し物はメイド喫茶で決まりだな……!」


 鶴の一声ならぬ姫の一声で状況は一変。流れは俺に対する非難から四ノ宮さんの衣服事情にファンクラブ会員の興味が移った。助かった、俺は心の中で一息吐く。


「そろそろ朝礼が始まります。皆さん、席に戻った方がいいですよ?」


 そして空気が変わる前に四ノ宮さんが追撃の一言を笑顔で言い放ち、集まっていたクラスメイト達は三々五々と自分の席へと散って行った。


「はぁ……ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした、庵野君。大丈夫ですか?」

「いや、こちらこそなんかごめん。それとありがとう、おかげで助かったよ」


 ため息を吐いて申し訳なさそうにする四ノ宮さんに俺は苦笑いしながら言葉を返す。実際彼女が謝ることは何もない。頭を下げるとするなら新達だ。


「ところで話を戻しますが、庵野君はメイドさんが好きなのですか?」

「……はい?」

「それとも好きなのはメイド服ではなくミニスカートですか? それともまさか胸の隙間に興味がおありで?」

「はいぃぃっ!?」


 四ノ宮さんの口から谷間という単語が出て来て思わず変な声が出る。下ネタというほどのことではないにしてもつい先程までお淑やかにしていた人とは同一人物とは思えない。こんなグイグイ話しかけてくるようなことは隣の席になってから初めてだ。


「なるほど。つまり庵野君はむっつりスケベということですね?」

「よし、わかった。今すぐその口を閉じようか!?」

「フフッ。いいですね。打てば響く太鼓といいますか、ここまで綺麗に拾ってくれるのは庵野君が初めてです」

「お褒めに預かり光栄です、お嬢様」


 そう言って嬉しそうに微笑む四ノ宮さんに俺は肩を竦めながら適当に言葉を返す。まるで珍しいおもちゃを見つけた子供だ。クラスメイトに囲まれて話している時とは全くの別人と言っても過言ではない。

 ちなみにお嬢様というのは比喩ではない。四ノ宮さんのご両親はお父さんが開業医でお母さんがアパラレルブランドの社長なのだ。家も都心の一等地に建てられた大層立派なものだという。


「……私はお嬢様ではありませんよ」


 俺の何気ない言葉に反応した四ノ宮さんは一転してどこか拗ねたような、寂しそうな声で呟いた。

「そ、そうなのか?」


 何となく気まずい空気になったのでどう言葉を返そうか悩んでいると朝礼の告げるチャイムが鳴り、同時にガラガラッと勢いよく扉が開いた。

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