第29話『模擬試合』


 僕の周りには……

 

 ──アキレウスが

「ハルト! 頑張るっすよ!」


 ──プロメテウスが

「全力で応援してるからねー!」


 ──アルテミスさんが

「余に力を魅せてみよ、ハルト」


 ──ヘファイストスさんが

「お主が勝てたら飯を奢ってやるぞー!」


 ──他の騎士団員が

『祭りだあああああ!!うおおおおおおおお!!!』


 祭り気分で騒いで居た。

 

 他の騎士団員は、緑と白がベースの格好の良い制服を身に付けており。

 制服には紫で、剣と盾の刺繍が入っている。


(制服カッコイイなぁ……って! それどころじゃないよ!!)

 

 そうだ、それどころじゃないのだ。

 何故なら僕の目の前には今、木剣を装備し意気揚々と準備体操をしている、エマが居るのだから……。

 

 エマは身体を後ろに反らすとグッと元に戻し、キリッとした表情で僕のことを見る。


「んっ……よい、しょっと! ハルト、手合わせの準備は出来たか?」

 

「えぇ……本当に、やるんですか? エマさん、今ワンピースですよ?」


「なに、大丈夫だ。気にすることは無いさ、ちょっとした実力試しだ。ハルトは木剣と、その神器を使って良いぞ」


 僕の右手には木剣が握られている。

 それはエマのと同じ物で、重みがある。


「分かりました……」


「よしっ! アキレウス、掛け声を頼む!」


 丁度後ろの方に居る、副団長・アキレウス。

 エマはアキレウスのことを見て言うと、任されたアキレウスは頷き、掛け声を上げる。


「了解っす! これより我等が最強の団長と、我等が女神ヘラ様の使徒による、模擬試合を開始するっす!」


 響き渡るは、半径二十メートル弱の人の輪模擬決闘場

 やがて、アキレウスが掛け声を上げると、周りを囲んで居る野次馬が、カウントダウンを開始する。


『スリーッ!』


「すぅ……はぁ……」


 深呼吸をした。

 エマは木剣を八相に構え、ワンピースを揺らす。


『ツーッ!』


「神器解放」


 指輪に魔力を流し、木剣をギュッと握る。


『ワンッ!』


魔術の指輪ヘカテイア


 神器を解放し、グッと足を前に出す。


『スタアアアアアアアット!!!』


「うごk……っ!?」


 スタートの合図が終わった、刹那の一瞬。

 僕とエマの距離は縮み、肉薄して来たエマが、その木剣を振り下ろす。

 

 ──速い。

 

 速過ぎてもはや、スローに見える程だ。

 これがいわゆる、走馬灯と言うやつなのか?

 ・・・いいや、違う。

 例えそうだとしても、僕は勝たなくちゃいけない。

 何故なら僕が、──エマを護るのだから!!


「絶対にっ、勝つ!」

 

 僕は身体を右回転させ木剣を避け、エマの首を目掛けて木剣を横に薙ぎ払う。

 しかし、流石はエマだ。

 エマは間合いを見切り、一歩のバックステップで、剣先一寸のところで攻撃を避けた。

 避けたエマは、勢い任せに振った木剣が、自分の首を過ぎるのを確認すると、土を踏み締めて肉薄して来る。


 肉薄して来たエマは素早く剣を縦に振るが、先程の容量で横に避けつつ、今度は腹目掛けての一撃を……。


「なっ!?」


 僕が回避した途端、エマは刃先を横に変え、逆に僕の腹目掛けて薙ぎ払いをしたのだ。

 それを目で確認し身体で理解した僕は、何とか大きく退くことで、攻撃を回避した。


 回避した僕は、木剣を中段に構える。

 エマは地を踏み締め、八相で肉薄して来る。


 縦から横の連続攻撃を、バックステップで避け。

 反撃として、逆袈裟斬りからの回し蹴り。

 しかしエマは、避ける、避ける。

 そしてエマは大きく後ろに退き、地を踏み込んで勢いを付けた飛び込みのまま、木剣を振るう。


「はあああああああああ!!!」

 

 木剣が顔の真横を過ぎったが、何とか避けた。

 畳み掛けて来るエマの袈裟斬りに対し僕は、しゃがみつつ左回転して右側に回避。

 回転の遠心力に身を任せ、腹に一文字斬りする。

 しかしこれもまた、エマに避けられてしまった。

 

 ──だが、これだけでは終わらない。

 

 何故なら僕は、この攻撃がエマに避けられるのを、本能的に理解して居たからだ。

 だからこそ僕はバックステップしたエマ目掛け、更に半回転加えた突きで、畳み掛けることが出来た。

 

 だがその剣先は、──エマに届かない。

 何故ならエマが、剣を叩き落とすことで、僕の突きに対処したからだ。


「ふっ……やるな」

 

 キリッとした目で、ニヤリと笑ったエマ。

 そんな何処か楽しげなエマは、下の方にある木剣を縦に切り上げ。此方の方へと、一歩踏み込んだ。


「くっ……」


 僕は木剣が離れない様にギュッと握り締めると、地面に勢いよく転がり込み、距離を取ることで回避する。

 間断なく肉薄して来るエマを目視し、剣を握っていない左手で体制を取りつつ、すぐさま両手持ちに変更。

 跪く形にはなっているが、頭に当たるスレスレで、エマの攻撃を防御することが出来た。


「ぐぬぬ……」


 重い、凄く重い……。

 振動が剣を伝って、体の髄まで響く様だ……。

 だけど……これはチャンスだ。

 

 何故なら攻撃が重いと言うことは、それだけエマがこの攻撃に対して、体重を乗せている証拠だからだ。

 で、あるからこそ僕は、鍔迫り合いをする為に剣へと込めていた力を、わざと弱める選択を取ったのだ。


「・・・えっ?」

 

 拮抗していた筈の、力のぶつかり合い。

 そこには一種の、バランスの様なものがあった。

 しかしバランスとは、力が拮抗しているからこそ取れるものなのである。

 だがその拮抗は、僕が力を弱めたことで崩壊した。

 そのため、より強い力を込めていたエマは、それに反発するバランスを失い、──体制を崩したのだ。


 しかし、それでは終われない。

 僕は体制を崩したエマの懐に潜り、何とか踏ん張ろうとしているその足を、回転を入れた脚で薙ぎ払う。

 薙ぎ払った僕は急ぎ早に立ち上がると、受け身を取っているエマの隙を見て、右手の人差し指を向ける。


「動くな」


 これは、魔術の指輪ヘカテイアによって成すことが出来る呪言であり、そして、その力は直接的に働くのだ。

 よって、と呪いを掛けられたエマは動けなくなり、それと同時に、この勝敗が決した。


「僕の勝ちです」


『………………』


 動けない様子のエマにそう言ったとき。


『うおおおおおおおおおお!!!!!』

 

 溢れんばかりの歓声が、湧き上がったのだった。

 

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