第23話『呪い』


 部屋でハルトと別れた私は、騎士団のみんなの所へ戻ろうとしていた。


「私……どうしてしまったのだろうか。何故かハルトと一緒に居ると、胸がきゅーっと苦しくなる……」


 私は胸を抑えた。

 しかし胸を抑えてみても、その鼓動は治まらない。

 こんな気持ちは、生まれて初めてだ。

 凄くドキドキしている……。


「あのときのハルトは、王子様みたいだったなぁ……」


 ハルトが私を、ヒュドラから護ってくれたシーン。

 あのときの私は疲弊しており、何も考えられなかった。

 しかし今になって思い返してみれば、私がピンチのときに颯爽として現れ、その脅威を払うハルトの姿。

 それは、小さい頃の私が、お母様によく読んで貰っていた絵本に出てくる、王子様そのものだったのだ。


 小さい頃から強かった私ではあるが、女の子として男の子に格好良く助けて貰いたいなと、そう思っていたのだ。

 そしてその願いは、齢十八の今日になって、遂に叶うことが出来た。

 そう思うと何処か、心がポワポワとしてくる。


「これではまるで、私がハルトに対して、初恋をしているみたいでは無いか……うぅ」


 そう言った私が、熱病に火照るその顔を、両手で塞ぎ込んだときだった。

 悲痛を訴えてくる様な……そんな、身の毛も弥立つハルトの叫喚が、後ろの方から聞こえてきたのだ。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"~─ーー~~──っっ!!」


「っっっ!!??」


 私は走った。走って戻った。

 この城の壁は別に薄く無いのだ。

 それなのに此処まで聞こえて来るのは、それだけの苦しみに喘いでいることになる。

 そして、私がハルトの方へ近づいて行くに連れ、その声量も大きくなり、何かにぶつかる音も聞こえてきた。


「~~ーー───~─ーー~~ーーーっ!!!!」

 

「何だっ、一体何が起きていると言うのだ!」


 ハルトの部屋へと着いた私は、

 奥から叫喚が聞こえて来るその扉を開けた。

 

「…………………………えっ」


 扉の先は凄惨的だった。

 部屋中がハルトの鮮血で塗れ、鉄の臭いが鼻腔の奥を掠っては離れてくれないし。

 自分で壁に頭を打ち付けるハルトは、今までの様な優しかった人相とは違い、血走った目をしているのだ。

 

 私の王子様が苦しんでる……。

 私が……私が、王子様を助けなきゃ……。

 

 そう思ったときだ。

 激しい既視感に襲われた。


(こんなことが前にも…………)


 知ってるであろう記憶。

 それを思い出そうとした、そのとき。

 ──バタッ!

 狂乱状態のハルトが床に倒れたのだ。


「ハルトッ!?」


 ハルトが倒れた音を聞き、意識が戻った。

 

(駄目だ、今はそんなことを考えてる暇は無い!)


 私は考えるよりも早く、ハルトの元へと向かった。

 

「大丈夫かハルト!!」


 ハルトの頭を腕に抱く。

 あぁ……こんなにも体温が……。

 でも、大丈夫……大丈夫……。

 

 何がどうなって、何が大丈夫なのか分からない。

 しかしこの様なときは、魔法を使えば良いのだ。

 ならばこそ、魔法で楽にしてあげなければ……。

 

「もう大丈夫だっ! 私が今、楽にして…………」


 ──あげる。そう言い掛けたときだ。

 私の手に、柔らかな感触が伝わった。

 それは、ハルトの手で。疲弊しているからか、その力は微小なのだけれど、何処か力強かった。

 私の手をぎゅっと握ったハルトは、手の力と同じくらいに微小な声で、しかし、私に伝わる様に言う。


「エマ…………ずっと、一緒に居て………………」


 そう言ったハルトは、

 安らかな眠りにへとついていた。


◆◆◆


 ハルトは身体の傷を、眠りながら自己治癒した。

 魔法も無しで、しかも寝た状態で傷を癒すとは……。

 凄いことではあるのだが、その経緯が経緯なため、手放しで驚け無かった。

 どちらかと言えば、困惑の方が大きいだろう。


「何がどうなっているのだ……」


 ハルトの手は、私の手を今もなお握っている。

 まるで、小さな子どもみたいだ……。

 私の腕の中で寝息を立てているハルトを見て、そんな感想を抱きつつ、どうしたものかと頭を悩ませた。


「取り敢えず、ここの部屋から出よう」


 そう呟いた私の行動は早かった。

 ハルトを抱き抱え。メイドを呼んで、血塗れの部屋を片付けて貰いつつ。隣の部屋に、ハルトを寝かせた。

 ハルトを寝かせるときに気づいたことだが、どうやらハルトの衣服は、汚れが自動で綺麗になるらしい。


(ハルトは自動尽くめだな……)

 

 と、そんなことを考えて居ると、他の騎士団のメンバーが急いでやって来た。

 血相を変えながらやって来た四人は、安らかに眠っているハルトを見て安心したのか、脱力して座り出した。

 そんな四人に私は、事の経緯を話した。

 その話を聞いたプロメテウスは、「呪いっぽいよね」と言いつつも。「よく分からない」と、そう言った。

 

 やがて、四人が部屋から出たのを見送った私は、ハルトのあの言葉を思い出し……。

 心とも無い私はハルトと、──添い寝をしたのだった。

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