第2話『高橋陽翔②』


 学校の制服に着替える。

 袖に手を通すときの感触が、何だか懐かしい。

 

「これに着替えるのも、久しぶりだなぁ……」


 つい半年前までは、毎日のように着ていたのだ。

 感傷に浸るのも無理はない。

 

 制服に身を包んだ僕は、何となくそのままにしていたカバンを持って、下の階へと降りた。

 成長したのか、制服が少し小さくてキツイ。

 右手に持ったカバンが階段を降りる度に、ガタガタと音を鳴らす。

 

 あぁ……この感触も久しぶりだなぁ…………。


 下の階に降りると、リビングに両親が居た。

 お母さんは朝ご飯を作っていて、お父さんはスーツ姿で新聞を読みながらコーヒーを啜っている。

 そんな、いつも通りの両親を見た僕は、ネクタイをギュッと締めて朝の挨拶をする。


「おはようございます。お母さん、お父さん……」


 覚悟を決めて挨拶をした気が、どこか照れくささを残してしまった。

 頬を赤くし、頭をポリポリとかく。


「おはよう、陽翔。……ズズズ」


 お父さんは、僕の方を見ないで挨拶を返した。

 今も、新聞を見ながらコーヒーを啜っている。

 いつも通りのお父さんって感じで、安心する。

 

「あら、おはよう」

 

 お母さんは、料理を作りながら挨拶を返した。

 上目遣いで、僕のことを視界に捉える。

 

 ガタッガタッ。

 お母さんは口をポカーンと開け、菜箸を落とす。

 

「…………って、その格好どうしたの?! 陽翔!?」

 

 制服に身を包んだ僕を見たお母さんは、絵に描いたような驚き方をした。

 まるで、信じられない光景を見ているかのように……。

 

 そんなお母さんは、僕の方にジリジリと近寄って来る。


「おいおいお母さん。そんなに慌ててどうした? そんなに変な格好をしているのか?」


 お母さんの声に驚いたお父さんが、お母さんの方を向いて宥めようとした。

 その表情は温かく、微笑んでいる。

 何が何か分からない様子のお父さんは、自分の後ろをお母さんが通ったのと同時に、僕の方を見て同意を求める。


「別にいつものオタTだよなぁ? はる、と……っ!?」


 ガコッ……。

 僕の制服姿を見たお父さんは、コーヒーの入っているカップをテーブルに置き、立ち上がる。


「おいおいおいおいおい!! どうしたんだその姿?!」


 何も言わず近づいて来るお母さんに加え、お父さんまでもが僕の方にジリジリと近寄って来る。

 二人の足取りが蹣跚よろけてて、ちょっとだけ怖い。


「ちょっとだけさ、勇気出してみようと思って……さ」


 両親から視線を外し、頬をポリポリとかく。

 なんかこーゆーの、こそばゆくて恥ずかしいなぁ……。


「…………えっ?」


 優しく、ぎゅっと抱かれた。

 お父さんは、頭をガシガシと撫でる。

 お母さんは、顔を自分の胸へと抱き寄せる。

 

 嗅ぎなれた匂いがして、穏やかな気持ちになる。

 心地良い温もりを全身に感じて、安心する。

 肩に冷たい雫が滴り落ちて、くすぐったい。

 

 僕は何も言わない。

 お母さんもお父さんも、何も言わない。

 何でも無い、ただの静寂が訪れた。


 コーヒーの匂いがする。

 作り途中の朝ご飯の匂いがする。

 両親の胸の鼓動が聞こえる。

 時計の針が動く音が聞こえる。


 ほんの十数秒間続いた静寂は、両親の言葉に解けゆく。


「そっか……そっかぁ……よく頑張ったなぁ…………よく立ち上がったなぁ…………」


 それは、お父さんの言葉だった。

 苦労して苦悩して、痛くて、辛くて。

 そんな、葛藤の末に起こした一歩目。


 そのたった一歩が、どれだけ心憂いた先に得た、前に進む為の機会か。

 立ち上がることすら出来なかった僕にとって、お父さんの言葉は心に響いた。

 やばい、泣きそうだ。

 でもここで泣いてしまったら、きっと、弱い自分に戻ってしまう気がする。

 だから、涙をぐっと堪えた。


「もし、また何かあったら、お母さん達に言うんだよ……陽翔は私達の、大事な宝物なんだからね…………」


 それは、お母さんの言葉だった。

 半年前に同じことを言われたの、今でも覚えてる。

 あのときのお母さんは今と真逆で、僕に対する後悔と懺悔の色が強かった。

 

 どうして私は、息子の辛さを分かってやれなかったのだろうか。

 どうして私は、息子の苦悩に気づいてやれなかったのだろうか。

 どうして私は……どうして私は……どうして私は、──この子の母親なのに。


 そんな風に、一晩中泣いていたのを知っている。

 僕の弱さがお母さんを苦しめ、泣かせたのだ。

 

 でも、今は違う。

 そうだ、違うのだ。

 だって今は、慶びの涙を流しているのだから。


 よかった、本当によかった。

 行動に移せる自分で、本当に、よかった。


「うん、ありがとう。僕、もう大丈夫だから。半年も待ってくれて、ありがとう…………」


 そう言った僕は、歯を磨いて、朝ご飯を食べて、両親と話して、お母さんに制服を直して貰って、家を出た。


「行ってきます!」


「「行ってらっしゃい!!」」


 僕は手を振って、歩を進めた。

 後ろから声が聞こえてくる。


「元気に帰って来いよ!!」


「嫌なことがあったら、帰って来て良いからね!!」


 やがて、両親の目の前から陽翔の姿が消えた。

 両親の表現は、嬉しさと、少しの心配を孕んでいる。

 両親はホッと一息をつくと、家の中へと入り、玄関の扉を閉める。


 このときの二人は、まだ知らない。

 最愛の息子の生きた姿を見るのが、──これで最期であることを。


―――


【世界観ちょい足しコーナー】


○主人公

 

名前:高橋・陽翔(タカハシ・ハルト)

年齢:18歳

性別:男

身長:178cm

体重:58kg

血液型:O型

誕生日:7月25日

▶︎主語は僕

▶︎最強にイケメン

▶︎サラサラ髪

▶︎黒髪黒目

▶︎まつ毛バシバシ

▶︎オタクTシャツ

▶︎ジャージパーカー

▶︎ジャージのズボン

▶︎優しくて温厚

▶︎アニオタのニート


『前の世界でのハルト』

マジで有り得んくらいのイケメン。だがニート。イケメンであるが故に、女子につけ狙われたり、女子が自分を巡って醜い争いをしまくった。それだけなら良かったのだが、陽斗は男にも性的に見られていたのだ。周りを腐女子が囲み、逃げ場が無くなった所を男にキスされそうに……。そのことから、自分の安寧を守れる空間は学校に無いと思い、引きこもることになった。そして完成したのが、「誰かの役に立ちたい」と「アニメの世界は良いなぁ」が口癖の、超絶イケメンのう〇こ製造機なのだ。

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