第35話

「ふぅ...... もう夜か」


 満月が空にある。 疲れて縁側に座る。 私は仮に建てた小さな屋敷にいた。 私が無茶をしたことで、流雅から将たるもののなんたるかを切々と聞かされた。


「ずいぶん長いお説教ね」


 そう横に現れた蒼姫は同情するようにいった。


「ああ、今までかかった...... 正座には慣れていた私でも、さすがにしびれた」


「あの子を怒らせるなんて、馬鹿だわよ」 


 そういって縁側の私のとなりに座る。


「蒼姫でも、流雅に説教されたのか?」


「ええ、この間新しい坐君の契約をこっそりしたら、すぐにばれたの」


「そんなことをしたのか...... 危険な。 ただ無事でよかった。 しかし蒼姫なら反論しそうだがな」


「普通ならね。 あのこは感情的にもならず、微笑みながら正論をずっといい続けるから、感情的に反論しようもないわ。 さながら棺の中よ」


 そう苦笑する。


(棺の中か...... いい得て妙だな。 確かに言い訳も逃げられもしない)


「蒼姫はこのまま私の国興しについてくるのか」


「......ええ」


「どうしてだ? 興味本意というわけではあるまい」


「そうね...... 元々美染の国の姫としてなにかしないと思っていた。 その地位に甘んじてるだけだから...... でも国には紅姫ねえさまがいる。 あの人は何だって一人でできてしまう......」


(それで事件を一人でおっていたのか)


「あの国はねえさまがいればいい。 私にはやるべきことがない......

何かを自らでなせる人になりたいの、ねえさまみたいに...... この国ならそれができるかもしれない」


「そうか、でも蒼姫は姫の名に負けぬぐらい研鑽しているだろう」


「一応、幼い頃からやれることはやったわ。 でも......」


「坐君の契約は命がけだ。 それほどの覚悟、容易くはあるまい。 人にはたつべき場や時があると思うのだ」


「それが今じゃないというの」


「ああ、そなたはまだその力を十全に発揮できてはいまい。 そなたは自らに枷をはめてるように見える」


「枷を......」


「まあ、私としては国を興すのに蒼姫がいてくれるのはありがたい。 感謝する」


「そうね。 私が手伝ってあげるだから精一杯感謝なさい!」


 そう笑いながら蒼姫は立ち上がった。


(そうだな。 蒼姫だけではなく、この国はみんなの導になる国にしたい)


 空の月をみながらそう誓いを新たにする。



「天沼に戦の兆候......」


「はい、どうやら荒河の国が動き出したようです」


 そう墨也が厳しい顔で報告をあげた。


「ずいぶん強引ですね。 あの命空を軍で抜けるつもりですか」


 流雅がいぶかしげに言う。


「兵力を盾にごり押しするのは荒河の国の戦闘方法だ。 あの血炎の地を抜けられると面倒だぞ」


「ええ、蓮のいうとおり、いま天沼の国は、軍事より内政に力をいれています。 せっかく経済が安定し始めたのに......」


 風貴がそう拳をにぎる。


「一応美染にも文をおくるわよ。 天沼のあとはおそらく美染に攻めてくるから」


「ああ、頼む。 最悪援軍が必要かもしれん」


「それでどうする? 俺たちも戦列に加わるか」


 暁真はきいた。


「まだ戦と決まったわけではない。 話し合いですませるならそれがいい。 天房さまからも文がきている。 一度天沼へ行き状況を聞こう」


(荒河は再びあの惨禍を起こすつもりなのか......)


 私たちは天房さまからの要請で、天沼の国へと向かった。



「それで天房さま、いまどのような状況でしょう」


 私は天房さまにきく。 私と流雅は主殿へときていた。


「......ふむ、荒河の国が降伏をすすめにきたのだ。 かなり一方的にな」


「しかし、いきなり降伏とは...... 兵力もそれほどの差はないと言うのに」


「ああ、すぐに決断できぬゆえ、と使者をかえした」


「天房さまは、どうされるおつもりか」


「......うむ、兵力は向こうがおよそ二倍といったところだ...... 戦えばおそらくは撃退はできよう」


「ええ、この国が負けるほどとは思えませぬ」


「しかし......」


 天房さまは口を閉じ考えている。


「被害ですか」


「......ふむ、こちらもあちらもかなりの被害が出る。 私が内政を重視した結果、軍事がおろそかになった。 もう少し軍備を増強しておくべきだったか......」


 悔やむように天房さまがつぶやく。


「いえ、これだけ短期間に国が安定したのは、天房さまの優れた采配のおかげ、民も満足していました」


「しかし、それで攻められ滅ぼされては、それも泡ときえる......」


「それで私をお呼びになられたのですか」


「知恵を借りたい...... そなたと流雅どのに」


「わかりました。 流雅」


「はい」


「それでどうみる」

 

「ほぼ互角といったところでしょうか。 この国には天意六将がいますが、彼らには【荒我八将】がいます。 どれも蛮勇とは申せその武力だけみれば一騎当千の猛者です」


「やはりな...... なれば被害を抑えるため、降伏という選択なればどうか」

 

「おそらくお望みの結果にはなりません。 荒河の主座、猛水は、慈悲や情などとは無縁の無頼の者。 降伏しても、尖兵として使われこの地は、臣下の分割となりましょう」


「......しかし民への被害を減らせるならは、それもやむ無し、それほど我が民は私の不徳で疲弊している...... これ以上苦難を与えるのは本意ではない」


 天房さまは苦渋の表情をした。


「しかし、かの国の民は将兵の奴隷のような扱いだと聞いています。 重税と苦役をかけられ、逃げ出すもの多数...... しかし逃げ出せば死罪ゆえ戦いの方がまだ助かるのだとか......」


「なんと、そこまで苛烈か...... なれば戦うしかあるまいか」


「はい、しかしまずは話を。 その意図を聞くしかないかと」


「なれば、私も外交の場に」


「わかった。 すぐに場をもうけるようつたえよう」 


 そして数日後、会談が開かれるため、私たちは荒河の国へと向かうこととなった。

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