第7話

(確か...... この御魂社の中で目をつぶり、根源たる世界と自らの魂、心を繋げる)


 私は精神を集中し、自らの心に向き合う。


(私には覚悟が必要だ。 ただ坐君の力を得るだけではなく。 自らの運命に立ち向かう力と覚悟が......) 


 そしてどのくらいの時間がたっただろうか、暗い目蓋の奥、仄かな灯りすら感じなくなり、黒い世界へと落ちていく気がした。


「......ここは」


 目をあけると、そこは先程の暗い部屋ではなかった。


 そこは生命の存在すら感じない空虚な世界だった。


「これが、私の魂、いや根源たる世界か...... だがなにもいない。 心を強くし、自らに呼応する坐君を呼ぶのだったな」


 私はこの世界に来た覚悟と意思を強く心に念じた。


「なんだ......」


 その時、何かの存在を感じる。 目を開けると、さきほどなにもなかった世界だったが、空は黒雲の中、雷が荒れ狂う広い草原に私はいた。


「ここが根源の世界、心のありかか」


 無数の蠢くものを感じる。 


「これが坐君か......」


 空にも地にも、様々な形の無数の坐君がいた。 あるものは魚のように空を飛び、あるものは丸い光、あるものは揺らめく炎、その光景にしばし言葉もなくみていた。


(文献でもみたことないものもいるな。 この者たちのなか、私と契約するものを得なければ......)


 その時、ほほのそばを何かが通る。 


「痛っ!」


 ほほをぬぐうが、血がでてはいなかった。 周囲を見てもなにもいない。


(なんだ!? いまの切られたような鋭い痛み、なにもなってない。 だが痛みはまだ続いている)


 ビュンッ


 風を切る音がし、とっさに身を屈める。 すると何かが通った方向をみる。


 そこには四枚のひれをもつ、細長い体をもつ青い光沢をもつ魚がいた。


「あれは廻鰭かいきか!」


 それはこちらに向かってひれを回転させながらとんでくる。 それはさながら槍や矛のようだった。


「くっ!」


 なんとかかわす。 


(痛みが消えない...... 魂に傷を負ったということか。 もしくは魂の一部を失ったのか) 


 何度も廻鰭は飛んでくる。 なんとかかわすが、しかしその動きは止まったり、動いたりなにかを意図するようだった。


(体勢を崩しても、攻撃してこない。 ならばこれは私を試しているのか。 坐君はその強い意思と魂を対価として欲するという...... なれば)


 私は廻鰭の前にたった。 廻鰭は空中に漂っていたが、そのひれが回転を始める。


「私はもう逃げるわけにはいかない!」


 風を切る音をしながら、回転して向かってきた。 恐れる心を抑え私はそれを受け止める。


「ぐっ!!」


 貫くような痛みが体中をはしる。


(これは体の痛みではない。 魂、心の痛みか...... 私の弱さが痛みとなっている。 覚悟したと言葉ではいくらいっていても、本当に決めきれていたわけではないというわけか......)


 自分でも知らない自らの心の迷いを見透かされたようで、歯がゆくおもった。  


(確かに、国を救いたいという強い思いは確実にある。 だがかつてのあの光景が頭から離れない......)


 そうあの時、幼き時、戦のあとを父と共にみた。 そこは老若男女、赤子の骸が山のようにつまれ、家々が焼かれていた。 それを夕焼けが燃え盛る炎のようにその場を朱に染めていたあの光景。   


(もし、主座になり私が国を救おうとするならば、あの光景が起きるかもしれない。 そうなるぐらいならば私が......)


 弱い心が持ち上がり、それと同時に痛みが増す。

 

(否! 宵夜はその野心でなにか惨禍を起こすにちがいない...... 私が死のうと民にその類が及ぶのだ!)


「私は逃げない!!」


 そう思い腹に当たった回転をつかもうとする。 激しい痛みに耐えていると、体の痛みが徐々に収まる。


「えっ?」


 見ると廻鰭は回転をとめ、私を見上げていた。


錬舞れんぶ......』


 そう聞こえると、その姿は消えた。


「錬舞...... あの廻鰭の名か」


 名をしりえることで坐君との契約は完了となる。 私は契約に成功したらしい。 


(からだの痛みもない。 かつて複数同時に契約したものもいるらしい。 ならば他のものとも契約を行おう)


 その時、空に稲光がとどろいた。 一気にその空間が圧縮されたような息苦しさが全身をつつむ。 


(なんだ...... この感覚は、怖い。 死の恐怖、いや畏怖か......)


『いまだ...... ならず』 


 そういう声が聞こえたような気がする。 すると目蓋が落ち暗闇におちていく。  


「あの声は...... そうだ、あの時、聞いた......」


 そして、そのままなにも感じなくなった。

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