第4話

「はぁ、はぁ......」


「ここがいい、少し休み食事をとりましょう」


 風貴がだした竹の水筒と握り飯をうけとった。


 周囲は遠くに岩場があるだけの場所だ。 地面は砂のように乾燥して風が吹くと飛んでいる。 見張らしもよく襲われても対処できるように風貴が選んだようだ。


「あと、少し歩けば白銀の国につくか」


「天陽さま......」


 風貴に言われて空を見上げると何かが動いている。 よくみると、空中を目のない大きな長い魚が何匹かいた。


「【飢君】《きくん》か。 しかもあれは......」


 飢君、坐君が契約以外でこの世界に現れたもの。 死んだ動物や人の体に残る一部の魂を得て顕現するが、ただ存在するための本能として、理性もなく暴れ人や動物、生きとし生けるものを貪りくらう。


(ここで多くの人や動物が死んだのか、そういえば野盗などもでるといっていた、襲われたものの死体でもあったからか......)


「......息を潜めるんだ」


 私は風貴に言った。


(あれは確か、息咬そくこう。 目が見えず、音で探知する。 息を殺して待てばいなくなるはず......)


 しばらく回遊していた魚たちは、ゆっくり遠くに泳いでいった。


「ふぅ、なんとか去った......」


「ええ...... 助かりました。 あの大きさでは戦うのも難しい」


 息咬は音に反応するため、しばらく休憩することにした。


「......風貴」


 私の声で風貴は後を向かず、腰に携えた刀をつよくにぎる。


「いますか...... 視認できませんが」


「地面の砂だ......」


 静かに伝えて沈黙すると、ザザザと何もいないところから砂の音がする。


 風貴は後ろを振り向くと水筒の竹を投げつける。


 バシャッ、何もないところに水しぶきがかかる。


「くっ!」 


「いななけ! 吼爪!」


「ぐわっ!!」


 影から吼爪があらわれ鳴くと、何もないところから悲鳴がし、地面に何かが落ちる音がした。 肩から血を流している男と消えようとしている大きな爬虫類のようなその姿が見えてきた。


「姿を隠している! あれはきっと拒色きょしきだ!」


 私が地面の砂をつかむとそれを空に投げ、後に離れる。


 ガキッ


 金属音が響く。 風貴のもった刀が空中で震えている。


「なぜ! 場所が! ぐはっ!」


 そう驚く声の場所に風貴がけりをいれた。 地面に落ちる音がすると黒装束の男が姿を現した。


(まだいる...... もしかしたら後にもいるかも、いくら風貴でも...... しかたない!)


「風貴、吼爪で逃げるぞ!」


「はっ! 吼爪!」


 私と風貴は吼爪の爪で体を持ち上げられ、空へと翔ぶ。 


「おえ! 逃がすな」


 下からドタドタと音がして、土煙がついてくるように上がるのがみえた。


「流石に二人だと長距離は飛べません! 上から吼爪が攻撃しつつ、どこかに降りて戦いましょう!」


「いや......」


 私は腰の刀を抜き鞘口を叩き大声でさけんだ。

 

「なにを!?」


「風貴も!」 


 風貴も同じ様にたたく。


「来た! 吼爪に反転させてくれ!」


「わかりました! 少々手荒くなりますよ!」


 気づいた風貴は吼爪を反転させ、土煙をこえて地面に滑るようにおちた。 吼爪はそのまま消えた。


「大丈夫ですか!」


「ああ、風貴がかばってくれたから」


 前に砂がかかり、その姿がみえる。 大きなとかげにのる集団だった。


「諦めたか......」


 そう土煙の中、槍をもっている姿がうつる。


「風貴!」


「はい!」


 私たちは後ろにはしる。


「逃げられると思っているのか!」


「ぎえっ!!」


「ひぇ!!」


「うわぁ!!」


 集団の中から悲鳴が上がる。


「なんだ!! 一体!?」


 先頭の刺客が叫ぶ。 その後で土煙のなか、複数の息咬が刺客達に襲いかかっていた。


「......風貴」


「......はい、ゆっくり離れます」


 私たちは息を止め、ゆっくり這うように身を屈めて離れる。

 

 後ろで騒ぐ声がしていたが、じきに声が止んだ。



「はぁ、はぁ...... なんとか離れられた」


「ええ、まさかあの飢君をよぶとは......」


「姿も見えず数も正確にはわからないから、戦うのは危険だ」


「確かに六人はいましたね...... かけた水に砂がついて、なんとか三人はわかりましたが、残りはわかりませんでした。 それにしてもあの坐君の習性などよくご存じですね」


 そう肩で息をしながら、風貴はすわる。


「むかし、宮中の書庫で文献を漁った。 全部と言わずともかなりの種類や生態がわかる」


「あの途方もない数の本からですか......」


 そう風貴は言葉を失っているようだ。


「昔はあの宮から外にでられなかったから、風貴と勉学か、外を眺めるしかなかったしな」


「私は訓練もありましたからね...... そばにいられなくてすみません」


 そう風貴はあやまる。


 それから、私たちはほうほうの体で次の町までたどり着いた。

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