第2話

「風貴、みんなは無事だったか」


「ええ、襲われたのは私たちだけのようです。 この屋敷のものはなにも知りませんでした。 そのむね天宸宮の番兵に伝えました」


 あれから屋敷に帰り、しばらく警戒していた風貴が、そばに座り落ちつくとそういった。


「......まあ私をねらったものだろう。 仕方ない」


 先程のものたちは服毒していたようで、すぐに息たえた。 相応の覚悟があったのだろう。


「そんな襲われたというのに悠長なことを......」


 あきれたように風貴はいった。


「あれらは坐君を用いていた、普通の刺客とはちがうな」


 坐君、根源たる世界に座す存在。 特別な儀式によって契約し、使役することのできる。 生き物や文物など様々な異形と異能をもつ。 その契約には、命の危険を伴うため常人がもつことは少ない。 


「やはり天房さまですか...... ですが、いくら民たちの不満があろうと、あなたを排しても不満がなくなるわけではありますまい」


「......なれど私を排しようとしてるものがいるのは間違いない」


「まあ、実際襲われたわけですからね」


「いや、かなり前から狙われてはいた」


「えっ?」


 驚くように風貴は目をみはりこちらをみた。


「汚れているからと井戸の水を使わせなかっただろう。 あれには毒を入れられていたからだ」


「そんな...... いつからでしょうか?」


「わからないな...... ただ、ここ最近、井戸で虫が複数死んでるのを屋敷のものたちが見た。 一応のために花を植えたが枯れただろう。 少しずつ弱っていくように仕掛けられていたんだ」


「なぜ、早くおっしゃらなかったんです!」


 風貴はそう気色ばんだ。


「風貴が知ってたら、襲われる前に出入りの商人に詰め寄ったりするだろう」


「そ、それは......」


「そうすれば、こちらが気づいているのを相手に感づかれ、すぐ実力行使されかねない。 風貴がいるから私は無事でも、屋敷のものに被害がでかねん。 だから、ちゃんとそう屋敷のものには伝えてある」


「そうでしたか、確かに...... それで井戸を使わせぬようにして、調べるために花をうえていたのですね」


「ああ、だが、なかなか死なないから業を煮やしたようだ。 毒も少量のようだから、主座を諦めさせるため、弱らせるだけだと期待もしたんだが、相手にはどうやらよほどの殺意があるようだ」


「それでやり過ごそうと...... 私に隠していたのですか。 しかも刺客は服毒していた」


「ああ、確実に殺すつもりだろう。 だが襲ってきた刺客を排したんだ。 もはや隠しもせず命を狙ってくるということだ」


「それでこれからどうなされますか......」


 風貴は真剣な顔でこちらをみている。


「戦っても無駄なこと、争いは最悪この国を割ろう...... なれば私たちは国をでるしかあるまい。 屋敷のものたちには暇をだそう」


「......わかりました。 すぐに出立の用意をします」


 そう風貴は俊巡するも準備に席を立つ。


(運命にからめとられてしまったようだ。 避けられるならばなんとか避けたかった...... まだ今ならば可能だろうか)


 おそらくないであろう泡い期待をもって、私たちは国をでることにした。


  

 まだ日も上がらぬ朝早く、私と風貴は屋敷の裏手からでた。


「みなには」


「夜があけたら、すぐでるように伝え。 給金も言われたとおり、かなり多く渡しておきました」


「ああ、ありがとう。 もしかしたらもう会えないかもしれないから感謝を伝えておきたかったが、時間もない」


「みな、天陽さまには常から感謝していますよ。 仕事にあぶれたものたちを雇っていましたからね」


「それならいいのだけれど......」


「それより、急ぎましょう。 刺客の一人が逃げました。 追撃があるかもしれません」


「そうだな」


 足早にあるく、風貴に歩をあわせ、天宸宮の門を吼爪でとびこえ、裏手の山道を登り始めた。


「ふぅ、ふぅ」


 足場の悪い山道を、しばらくのぼると息がきれ、足が重くなる。


「大丈夫ですか天陽さま? おぶりましょうか?」


「だ、大丈夫......」


(私も屋敷で鍛練はしていたのに、実際はこうだ)


「やんごとなき方を野山で走りまわらせるわけにはいきません」


(そういって、かなり風貴に過保護に育てられたからな。 こういうところにその反動がくる。 風貴ときたら、剣をもつこともいやがるものな......)


 風貴の目の届かないところで、剣をふったりしたが、走り回ったりできないので、あまり体力はなかった。


「こんなひ弱な体では、襲われたらひとたまりもないな」


「私がお守りしますよ」


「風貴がいないと、いきられないでは困る。 やはり坐君の契約をしないと......」


「なりません」


 ピシャリと風貴がいった。


「でも、風貴も契約したのだろう」


「ええ、ですが契約は対価を払います、 彼らは異界の住人、とても危険です」


「知っている。 風貴が吼爪と契約するのに、数日生死をさまよったときいた」 


「......ええ、坐君には魂の一部を与えます。 しかし、その対価が大きなものならば、肉体の一部や魂全てを奪われ、そのまま死ぬこともあり得ますから...... 絶対に許可はできません」


(それは知っている、坐君がこの世界にいるためには、魂が必要。 ゆえに契約の対価として魂を欲すると......)


「ただ......」


「天陽さま、失礼を」


「わっ!」


 私を風貴がせおう。


「あなたさまは私が命をとしてお守りしますゆえ、さあいきましょう」


「は、はやい。 ゆれる!」


 風貴は山道を駆け出した。 そのとき日が山の向こうからではじめた。



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