第48話 アンジュン辺境伯(3)

 現状で信長達の使える最大攻撃魔法はフェーリーメドウズだ。この魔法は信長達一行全員とエーリカが使うことができる。その中で、最も強力なのがエーリカだった。


「よしエーリカ!東側の城壁をぶっ飛ばせ!」


「はい!信長様!」


 既視感のある会話をした後、エーリカは最大出力でフェーリーメドウズを城壁にたたき込んだ。


 青白く輝く光球の直撃を受けた城壁は、すさまじい爆発と共に吹き飛ぶ。一部の石は溶岩のように溶けて、防御を固めようとしていた兵士達の頭上に降り注いだ。


 ――――


「うおぉっ!」


「なんて爆発だ!オーガ族があんな魔法を使えるなんて聞いたことがないぞ!」


 魔物の森に住む少数部族であるオーガ族は、時々人族の村で略奪を働いたりするため衝突があった。一人一人の攻撃力は強いが、魔法も使えず数が少ないこともあり、ほとんどの場合人族の軍隊によって撃退されていた。しかし、今回のオーガ族は明らかに違う。強力な魔法を使える魔法使いを従えて来ることなど初めてだった。


「まさか、エルフか魔族と手を組んだのか?」


 先日、エルフ族が殺される事件が発生し、その責任を取らされてヨーファ王子が処刑されたと聞いた。もしかすると、その報復でエルフ族がオーガ族を従えて攻めてきたのだろうか。


「敵は東の城壁に集中している!第二第三部隊も東に急げ!」


 ――――


「よおーし!城壁に穴が開いたぞ!全員紡錘陣形で突撃だ!」


 オーガ族の中でも体が大きく屈強な戦士を先頭にして突撃を開始した。信長達も、その陣形の中心で一緒に突撃をする。


 ガラシャは城兵の頭の上に水を降らせて凍らせた。即死するような温度では無いが、体にまとわりつく水が一瞬にして凍り付いた兵達は動きを止めてしまった。


 信長達も、魔法による“空気砲”で城兵を吹き飛ばしていく。圧縮された空気の塊を正面からぶつけられた城兵達は、何が起こったかわからず数メートルも飛ばされた。


 ――――


「白兵戦ではだめだ!弓兵!オーガ達に射撃開始だ!」


 城兵達も体制を立て直すため兵をいったん引いて、弓兵による攻撃に切り替える。しかし、ドワーフ族から購入した盾と身体強化魔法によってほとんど効果を上げることが出来ない。盾の隙間を抜けてきた矢も、オーガの体に刺さりはするがかすり傷ほどしか与えることが出来なかった。


「なんて強さだ!今までのオーガとは違うぞ!」


 オーガ族との過去の小競り合いでは、オーガ達は連携の取れた戦い方などしていなかった。その為、一人一人を5人以上で囲んで切り伏せれば、オーガ達は傷を負って撤退していたのだ。しかし、今回のオーガ達は二人一組になって攻撃を仕掛けてくる。そして、ただ暴力的に剣や斧を振り下ろすだけでは無く、構えから攻撃に入る剣裁きも出来るようになっている。


 人族よりも屈強な体を持っていて、さらに剣術や戦い方を人族以上に習得しているのであればもう勝ち目は無い。


 信長達は城兵を蹴散らし、領主城の一番大きな館に突入した。


「武器を持っていないヤツは殺すな!領主も必ず生け捕りにしろ!」


 信長が蘭丸やシュテン達に命令を徹底する。虐殺や略奪が目的では無い。そこの所を今一度念押しした。


「侵略者のくせに、騎士道を心得ているのか?」


 館に入ったところの大広間に、涼やかな青年の声がこだました。壁や天井で声が反射しているせいか、すぐにその声のする方向がわからなかった。


「上か!?」


「我が剣、受けて見ろ!神殺剣 烈!!」


 黒い長髪をなびかせた青年が、広間の天井を蹴って信長に向かってきた。


「速い!」


 人族とは思えない身体能力だ。この間合いでは躱せない。


「もらったぁ!!」


 ガキンッ!


 影のように信長に従っている蘭丸が、いつものごとくその剣を受け止めた。


 必殺の間合いを受け止められた長髪の青年は、5メートルほど跳んで下がった。そして、剣を青眼に構える。蘭丸もまた、呼応するように青眼に構えた。


「お前は人間か?何故オーガを従えて襲ってくる?」


「ふっ、知れたこと。それは、信長様が望まれているからだ!」


 蘭丸は右足で地面を蹴って斬りかかる。


「くっ、これほどの手練れがいるとは。我が名はユウシュン!アンジュン辺境伯の一の騎士!お前の首を刎ねる男の名前だ!」


 ユウシュンと名乗った男の剣筋は鋭かった。以前対峙したエルフの騎士に匹敵するほどの実力がある。年齢は20歳くらいで東洋系の顔立ちをしている。


 二人の戦いは一見互角のように思えた。しかし、徐々に蘭丸の打ち込みが増えてきて、ユウシュンは受けが多くなってきた。


「おい蘭丸!早く片を付けろ!」


 蘭丸は明らかにユウシュンとの打ち合いを楽しんでいる。信長から見れば一目瞭然だった。


「ユウシュンとやら。もう少し楽しみたかったのだがな。もう終わりだ」


「ほざけぇ!」


 ユウシュンは蘭丸の喉をめがけて突きを繰り出した。蘭丸が声を発した瞬間、ほんの少しのスキが出来たのだ。ユウシュンはそれを見逃さない。


 しかし、蘭丸は剣を中段から小さい動作で振り下ろし、突きの剣を交わした勢いのまま、ユウシュンの左肩から切り裂いた。


「うぐ・・そんな・・・」


 左肩から切られ、左腕も切り落とされたユウシュンは前のめりに倒れた。しかし、それでももう一度立ち上がろうとする。その両目には、まだ闘志を失ってはいない。


「ユウシュン様が殺された!」

「撤退だ!最奥の間まで撤退だ!アンジュン様をお守りするぞ」


 大広間にいた他の兵士達は、一の騎士ユウシュンが破れたことによって戦意を失い撤退していった。


「おい、ガラシャ、治療をしてやれ。殺すには惜しい」


 オーガ達の後ろに居たガラシャに信長が声をかける。ガラシャの位置からでは戦っていることはわかったが、相手もよく見えなかったしどれくらいの怪我をしているかもわからない。


「ほんと人使いが荒いわね」


「ガラシャ、こいつだ。まだ息はあるからなんとかなるだろ」


 ユウシュンの所にガラシャが到着し、その体を仰向けにする。既に意識は無かった。


「えっ?」


「ん?どうした?ガラシャ」


「え、いえ、何でもないわ。治療をすればいいのね」


 まずは胸の傷の出血を止める。切れている血管をつなぎ合わせ、細胞の再生を促した。そして切り落とされた左腕もつなぎ合わせる。かなり出血をしているようだが、骨髄に魔力を送って強制的に造血を促せば大丈夫だろう。


 魔法による治療を施しながらも、ガラシャは治療とは関係の無いことを考えていた。


『あら、やだ。すごいイケメンじゃない。胸の筋肉も素晴らしいわ!信長くんとかの脳筋じゃなくて、きっと理知的な人よね。あ、私ってこの人の命の恩人になるの?意識が戻ったらどうしよう。なんて言おうかしら?』


 ガラシャ17歳。異世界に来て初めてのときめきであった。


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