第32話 魔物の森

「信長様!右に回り込まれました!」


「坊丸!後ろのヤツを頼む!しかし、何なんだよ!この森は!?」


 アンジュン辺境伯領に向かった信長達であったが、街道を通らずに森に入ったところ、次から次へと魔獣に襲われていたのだ。


 以前捕獲した角の生えたウサギはもちろん、オオカミ型の魔獣やアナグマのような魔獣など、角を生やした未知の生物が襲ってくる。一匹一匹はそれほど強くは無いのだが、オオカミのように群れで襲ってくる場合も有り、なかなか進むことが出来ていなかった。


「信長くん!あそこ!洞窟があるわ!」


「よし!とりあえず洞窟に逃げるぞ!」


「し、しかしあれはダンジョンという可能性もあります!」


「ダンジョンだろうと前後を氷の壁でふさげば何とかなるだろ!とにかく態勢を立て直すぞ!」


 信長達は崖の下にあいている洞窟を目指して駆け出す。そして、オオカミ型魔獣の追跡をなんとか振り切り洞窟に駆け込んだ。そして、入ってきた入り口を分厚い氷の壁でふさぐことに成功した。


「ふう、なんとか逃げ込めたか。しかし、あの魔獣の数は尋常じゃ無かったな。坊丸、洞窟の奥には何かあるか?」


 洞窟の入り口は氷を通して薄い光が届いているが、洞窟の奥は明かりは無く真っ暗だった。風や水の音もしない。


「何の気配もありませんね。とりあえず明かりを点けます」


 坊丸は背負っているリュックサックから光り魔石を取り出して魔力を込めた。するとその魔石は赤色に輝き始める。


 この魔石は、ボードレー伯爵邸にあった物だ。書籍と一緒に魔石も持てるだけ持ってきていた。そして、ここまでの道中でいろいろと魔力を流してみたところ、光る魔石や熱くなる魔石、破裂する魔石などがあったのだ。


「かなり奥まで続いていますが、生き物や魔獣の気配はありません」


 100メートルくらい奥まで探索した坊丸と力丸が戻ってきた。高さ4m、幅3mくらいの一本道の洞窟が続いているようだ。自然の岩肌がほとんどだが、所々人為的に削られているようで、洞窟の高さと幅を確保しているように思えた。


「そうか。じゃあ、ここで少し休憩するか。さすがに100匹以上の魔獣に襲われて疲れたな」


 洞窟の奥から魔物が出てきても面倒なので、30メートルほど洞窟の奥を氷の壁で塞いだ。これでしばらくは安全を確保できるだろう。


「魔獣の多い場所と少ない場所があるのかもしれないですね。最初の森では、ホーンラビットが一匹だけでしたし」


「ああ、しかし魔獣くらい何百匹来ても大丈夫だと思っていたが、さすがにしんどかったな。やはり、戦は数をそろえた方が勝つと言うことか」


 信長は改めて自分の国と軍隊を持つことの必要性を感じた。また、個人の攻撃力強化のために、魔法の研究にも力を入れなければならない。


「とりあえず体力の回復に、それと、武器を作っておくか」


「信長様、武器ですか?しかし、どんな武器を作るので?」


 いぶかしむ蘭丸達を見て信長は嫌らしい笑みを浮かべる。


「それはな、これを使うんだ」


 そう言って、リュックサックの中から小麦粉をとりだした。


 ――――


 しばらく休憩した後に、氷の壁を溶かして信長達は洞窟の奥に進んで行った。外に出ても魔獣に囲まれてしまうので、別の出口が無いか確認するためだ。


「歩きやすいように道が削られているな」


 洞窟は石灰岩で出来ているようで、所々に鍾乳石が見える。そして、人が歩けるように人為的に削られていた。


「道が作られているが観光地というわけではないだろう。するとどこかへ続く道路なのか、もしくは宗教施設のような物なのか・・・まあ、進めば何かあるだろう」


「信長様、向こうに明かりが見えます。それと、呪文を唱えるような声ですね。女の声のようです」


 先頭を歩いていた力丸が立ち止まって振り返る。呪文と言うことは知的生命体が存在すると言うことだろう。こんな洞窟の奥で呪文を唱えているなど、悪い予感しかしないのだが、確認しないわけにもいかないのでゆっくりと近づいてみた。


 そこはかなり開けた空間になっており、その中央の祭壇に白い衣装を着た少女が座っていて呪文かお経のようなものを唱えていた。


「こんな所に女の子が一人で・・・なにをしているのかしら?」


 ガラシャが心配そうに少女を見ている。人族の子供が狩りの獲物にされるような世界だ。あの少女も悪魔的な儀式の犠牲にされるのでは無いかという不安に襲われたのだ。


「何をしているかって、そりゃ、聞いてみるしかないだろ?」


「えっ?でも、罠とかあるかも・・・・」


 ガラシャの心配をよそに信長は十歩ほど前に歩み出る。そして大声で叫んだ。


「すみませーん!ちょっといいですかー?」


 相変わらずの大胆な行動に、ガラシャは人差し指で自分の額を押さえつけながら眉根を寄せて目をつむる。


「あ、あの考え無し・・・・」


 すると、少女が唱えていた呪文が止まった。そして、その少女はゆっくりと首を回して信長の方を見る。


「お・・・まえは・・・誰・・・・」


 少し離れているので細かくはわからないが、年頃は12歳か13歳くらいだろうか。緑色の髪をショートボブで切りそろえたかわいらしい少女だ。着ている服は白い浴衣のようで、まるで生け贄をイメージさせる。ずっと呪文を唱えていたせいか、声は少しかすれているようだ。そして、そのショートヘアから長い耳は出ていない。どうやらエルフ族では無いようだが、額のあたりから2本の小さな角のような物が見える。


「俺たちは通りすがりの正義の味方だ。お前みたいな幼い女の子が一人で洞窟に閉じ込められているって聞いてな、助けに来たんだよ。もう大丈夫だ。安心しな」


 “ええーーーー?”


 蘭丸達は信長の言葉に驚く。洞窟に入るまで、そんな話は一言もしていなかった。ただ偶然この洞窟に入っただけなのに、この少女を助けに来たという。よくもまあ、息をするように嘘を吐けると感心した。



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