第31話 人質(2)
エーフ帝国蛮族管理省
「この度は人族が引き起こした事件について、犠牲者の方には哀悼の意を捧げると共にご遺族の方には心よりお悔やみを申し上げます」
カーミラ・キップ二等書記官の前で五体投地をしているのは、まだ幼さの残るヨーファ王子だ。
「ふん、薄汚い蛮族め。お前らの同族がしでかした大罪、その責任をとる覚悟は出来ているのだろうな」
「はい、その為に私はここに来ました。いかような罰でも受ける覚悟があります」
「皇帝陛下は、お前一人の命で手打ちにしてくださるそうだ。私は軍を送って1000人ほどを見せしめに串刺しにすれば良いと思ったのだがな。皇帝陛下の慈悲に感謝しろ」
――――
エーフ帝国とイーシ王国の国境検問所
そこに、一人の少年が磔にされていた。
その胸には剣が突き刺さったままになっていて、すでに死んでいることが誰の目に見ても明らかだった。
磔にされているのはイーシ王国国王ゾンゲ・イーシの第八王子ヨーファだ。
ボードレー伯爵とスー子爵が人族に殺害された事件の責任を負わされ、見せしめに殺したと看板が掲げられていた。
――――
「この資料によると、人族は人口3000万人くらいとあるな。それに対してエルフは600万人か。これだけ差があっても人族はエルフや魔族に対抗できないんだな」
信長たちはボードレー伯爵邸から持ち出した書籍を分析し、どうやって人族のイーシ王国を征服するか、その手段を検討していた。
「やはり身体的能力と魔力による戦力差が大きいのでしょう。今まで会った人族は地球の人間とほとんど同じでしたが、エルフは脚力や腕力も人間を凌駕していました。身体強化の魔法があるのかもしれません。さらに攻撃魔法まで使えるとなると、人族では対抗できないのでしょうね」
蘭丸が信長の言葉に感想を述べた。何回か剣を合わせたが、その力や速さは常人のそれとは明らかに違っていたのだ。
「イーシ王国の王城を制圧すればすぐに国が手に入ると思ったが、そう簡単な話では無いな。戦国時代の日本の人口は1200万人程度だったはずだが、それでも何十年も戦国武将が争っていたほどだし。まずは地方領主を目指すか」
戦国時代でも、室町幕府の足利将軍を実質支配下に置いた武将はいた。たとえば阿波の三好氏などがそうであったが、結局戦国の争いは終わることが無かった。
信長達は人族のアンジュン辺境伯領を目指すことにした。手に入れた地図によると獣人族との国境に位置する領地で、イーシ王国の帝都やエルフ族魔族の領土からも遠い為だ。
「まずは、このアンジュン辺境伯領を調査する。そして、この領地を乗っ取り、イーシ王国全体を手中に収めるぞ!」
「信長くん、簡単に言うけど、どうやってこの領地を乗っ取るの?」
「決まっているだろ。これから考えるんだよ」
――――
イーシ王国 王城
「国王陛下。今回の事件でヨーファ王子が死刑に処されました。そして、エーフ帝国からは新しい人質を送るようにとの要請が来ております」
王国宰相のボーショが恭しく頭を下げて国王に報告する。人族の何者かが、エルフの高位貴族を殺害したため、その責任を第八王子にとらせた形だ。イーシ王国には、死刑が執行されてからその通告があった。
「はぁ・・そうか。では、第七王女のチアンを送るように段取りをしろ。1年早いがまあいいだろう。それと、その賊5人の人相書きもあるのだろう?」
国王のゾンゲ・イーシは40代後半の年齢だが、見た目は実際よりかなり高齢に見える。自分自身の実子が処刑されたというのにもかかわらず、驚いた様子や悲しむ様子は無かった。その表情や仕草に覇気は無く、何もかもあきらめているような表情をしている。
「はい、こちらが手配書になります」
宰相はトレイに乗せた手配書を国王に差し出した。それを受け取って広げてみた国王は、額にしわを寄せて顔をしかめた。
「なんという凶悪な顔なのだ?こんな人間が本当にいるのか?」
5人の頭目と思われる男の人相書きには、口が耳の近くまで裂けていて鋭い犬歯をもった悪魔のような男が描かれていた。そして、その従者と思われる3人の男と1人の女は、人間の顔だとはわかるのだが特徴といえるような特徴が無かった。
人間が豚の顔の区別が出来ないように、エルフ族は人族の顔の区別をするのが難しいのだ。
「よほどこの男の印象が強かったのだろうな。まあ良い。これを複製して国中に手配をかけろ。そして一週間ほど経過したら、この人相書きに似た奴隷を殺してエーフ帝国に送るように手配をしろ」
「御意にございます。それと、こちらがヨーファ王子からのご遺書になります」
国王は差し出された遺書を一瞥したが、受け取ることは無かった。
「書類棚に入れておけ。明日、執務が終わった後に見ておく。もう下がって良いぞ」
宰相はこのイーシ国王に仕えて13年になる。今回処刑されたヨーファ王子は、自分が宰相になってすぐに生まれた王子だった。その時は、我が事のように喜んだものだ。それだけに、ヨーファ王子が処刑されたことは自分にとってはかなり辛い出来事だったのだが、それなのに、国王はため息を吐くばかりで我が子に対して愛情のか欠片も無いようだった。
自分が宰相になったからには国力を増強し兵を鍛え、エルフや魔族と対等な国に育てるのだと、大きな目標があった。しかし、前例踏襲と事なかれ主義の国王はいかなる改革にも興味は無く、改革案を献策しても予算のかかることはほぼ却下されていた。そして、他国へ朝貢するための原資として、年々税率も上昇している。
“ヨーファ王子。あなたのような方が国王になっていただければ・・・・”
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