1章3話 大広間

「早かったな」

 ニマラの着替えが終わり衣装部屋から出るとツカイノモノがお茶を片手に待っていた。30cmほどだったはずだが今は1.5mほどに大きくなっている。ツカイノモノはニマラをじっと見つめ口角をちょっと上げる。

「少しはましになったな。似合っておるぞ。」

「!あ、ありがとうゴザイマス」

「あんな土まみれの姿でウロウロされるなんて私のプライドが許さないだけ……で、問題はお前たちだ」

 ツカイノモノはギラリと双子を睨んだ。

「うぇ!?」

「俺ら!?」

「私は"時間をやるからお前たち少しましな格好しておけ"と言った。誰も小娘単体を指してはいない」

 ツカイノモノははぁーと深いため息を吐いて指をぱちんッと鳴らした。するとボロボロのシャツとズボン姿だった双子は綺麗な衣装に身を包んでいた。アレックスはジーンズに細めの立襟で着丈の長い藍色のチュニック型の服を着ていた。服の左半分には赤い花の刺繍が施されていた。ニマラと同じ黒いワイドパンツに淡緑の長袖シャツそして黄色のストールを纏っていた。黄色のストールの両縁には小さな真珠が縫われていた。

「こんなもんか」

「すっげーーー!」

「すごぉい」

「2人とも似合ってる!」

「さっさと大広間行くぞ」

 ついて来い、と来た道を戻り大広間に続く大扉の前に来た。

「言ったように全員ではないが他の参加者が待機している。言葉は通じる。交流を深めるのはかまわない…が、問題は起こすなよ。もうすでに起こしたのもいるみたいだが……」

「………………」

 同じようにはなりたくないだろう?というかのような怪しい笑みを浮かべ、大扉に触れる。そっと触れただけなのに大扉は音を立てずにゆっくりと開いた。ニマラは玄関ホールよりも強い灯りに思わず目を瞑った。

 ゆっくりと目を開けると、物語にしかないような、夢のような、絢爛豪華な光景が広がった。正面には見上げるほど大きな聖母マリアの彫刻が飾られシャンデリアの灯りが優しく彼女を包んでいるようだった。汚れ1つないお皿やナイフはまるで鏡のよう。奥の両サイドの壁とその間3列のテーブルには見たこともない様々な国の料理がこれでもかというくらいに並べられていた。

「ほとんど集まったとはいえまだしばらくはこのままだろう。その間食事をとっていても良い。全員が揃ってから説明が始まる。それが終わったらまた来るからそれまでに3人揃っておけ」

 ツカイノモノはくるりと大扉に向かい姿を消そうとした。

「あ、そうだ。忘れるところだった」

 半透明の状態で立ち止まりニマラたちに振り返る。

「お前たち双子は試合時は変わるかもしれないが今の状態はほとんどの目には映らない」

 気を付けておけよとそのまま姿を消した。

「行っちゃった……」

「何してよっか……」

「ニマラ何か食べておく?取ってくるよ」

「…………んー」

 ニマラは今日水以外何も口にしてないと思い出した。

「そう、しよっかな…、でも……」

 遠くから見てもわかる。料理が盛られているテーブルとその辺りの席は豪華なドレスやビシッとキめたスーツ、民族衣装に身を包んだ人ばかりだ。ある男は大きな魚料理を運び、ある女は高そうなワインを偉そうな男のグラスに注いでいた。それだけならまだしも、テーブルの上に立って皿ではなく料理を抱えて周囲に威嚇する者もいる。

「言いたいことはわかる」

「私が行って来ようか?」

「いや、俺が行こう。ニマラ食べたいもんある?」

「あー……お肉の気分とかじゃないから軽いもの、サンドイッチとかがいい」

「飲み物は?」

「欲しい!」

「じゃ2人ともどっかに寄って待っとけ」

 アレックスはすすーーっと料理テーブルへ飛んで行った。

「……さて、どこかへ行っとこっか」

「あー……あそこは?」

 ダシャは右側の中央辺りにある青色の扉と赤紫の扉が並ぶ2つの化粧室付近にほどよい広さのスペースを指差した。広いとは言えないが3人が集まるには十分な広さだった。

「じゃあそこするか」

「人も増えてきてるから先越されないうちに行こ!」

 2人は空きスペースに向けて歩みを進めようとした。そのとき、ガシッとニマラの両腕とダシャの左腕が掴まれ男と女の声が2人の耳に届いた。

「待って!」

「待て!」

 振り返ると少し焦った表情の男女2人がいた。ニマラの右腕を掴んでいた男は180cmを越える大男だった。照明が逆光となっていて顔はしっかり見ることはできなかったが右側の唇に白い傷痕がうっすらと縦にあった。2人の腕を正確にはニマラの左腕とダシャのストールを掴んでいた女は白い箱を頭に乗せていたがそれを抜いてもニマラより背が少し高く大人びた雰囲気があった。彼女はかなり痩せ細っていたが骨がしっかりしているのかその手に込められた力はニマラを1人で引き留めるには十分なものだった。彼女は急にごめんと言い掴んでいた手を放した。それを見て彼もゆっくりと力を緩めた。

「あなたあの場所に行こうとしなかった?」

「え、あ、う、うん」

 焦りながらもニマラは彼女の質問に答える。それを聞いて彼が口を開く。

「悪いことは言わねーからあそこはやめとけ」

「彼の言うとおり、もしよかったら私たちのところ来ない?」

「迷惑にならない?」

「邪魔者を招くやつはいないだろ」

 それはそう、とダシャは呟く。

「誰かを待っているなら合流するまでとかでもいい。動き回ってても疲れるんじゃない?」

 それなら、とニマラたちは2人について行くことにした。

「……ねぇ」

「何?」

「何で声かけてくれたの?」

「、さぁ」「……なんでだろーね」

 彼女はまぁあそこよりこっちの方が目立たないから比較的安全だと思うよ、とはぐらかした。

「そう、自己紹介をしてなかった。私はヒーゾ。よろしく」

「あ、私はニマラ」

「ダシャ」

「…………セカ」

 ヒーゾにセカ、他の人と関わることは無いと思っていたのにとニマラはドクドク鳴り響いている心臓に手を重ね、心を落ち着かせた。

「着いたよ」

 案内された場所は入ってきた大扉の両端に空いていたスペースだった。大広間に入ってすぐ横にある場所なのに気づかなかった場所。そこにはもうすでに10人くらいが集まっていた。

「ここは自分からちょっかいをかけてくるやつは今のところいない。好きにしたらいい」

 セカはそう言ってじゃあとニマラたちから離れた。

「ねーちゃん!」

 談笑しているグループの1人がニマラたちに気づいて笑顔で駆け寄った。

「ベル、待たせた」

 はいこれ、と白い箱とどこに隠してたかのかジュースの入った瓶2本と水の入った瓶1本、何かが入っているのか膨らんだ長めの茶色い紙袋を1つ渡した。

「冷めきらないうちに食べな」

「うん!」

 ベルと言われた少女はヒーゾから受け取った物をさっきまでいた場所に持っていった。

「あの子は?」

「ん?妹」

 可愛いでしょ?とニカッと微笑み、じゃあとベルのもとへ向かった。

「いい子だったね」

「そうね……さあ」

 どうしようかと伸びをしたとき背後から聞き馴染みのある声が聞こえた。

「「アレク!」」

「探したぜ。こんな場所もあんだな!」

 そう言いながらニマラに白い箱とオレンジジュースの入った瓶を渡す。ニマラが箱を開けるとタマゴサンドとポテサラサンドが詰められていた。

「ありがとうアレク!」

「俺にかかればこんなもんよ!」

 サンドイッチはどちらとも端ギリギリまで具が入っており両手で掴まないと溢れてしまいそうだった。

「美味しい!」

「てかよくここがわかったね」

「それでも探したぞ?」

「最初はもっと分かりやすいところで待ってるはずだったんだけど」

「どこらへん?」

 ダシャはあっちと空きスペースを指差した。

「ああ、あそこ……」

 アレックスが苦い表情を浮かべていたのをダシャは見逃さなかった。

「ねぇあそこってヤバいの?」

「やばいよ」

「アレクは何か見たの?ヒーゾたちに聞いても答えてくれなかったんだけど」

「あー、それは」

 そのとき、アレックスの言葉を遮るかのようにゴーン、ゴーン、ゴーンと鈍い鐘の音が大広間に響き渡った。8回目がなり終わると正面にある大きな聖母マリアの彫刻がゴゴゴゴゴゴと沈み新たな部屋のような空間が現れた。部屋と言っても飾り1つない真っ白な空間の中央に金でできた椅子に座っている人物がいた。

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