第30話 ちょっとだけ?
カポーン……
「はあぁぁぁぁぁ染みるわぁぁぁぁぁ」
おっさん臭いと言うなかれ。
温泉に入ったらついそんな声が出てしまうのは必然だ。
平日なこともあり、比較的空いていた旅館で露天風呂を独り占めだった。
たっぷりと堪能した後、浴衣を着て部屋へ向かう。
そもそもなぜ温泉にいるのかと言えば、アコ様の「姉様へのご挨拶」発言に端を発している。
アコ様から姉様の所在を聞き出してみると、隣県の温泉地にいるとのこと。
予想はしていたが神様関係の存在らしく、神社の裏手に行くと言っていた。
せっかく温泉地だし、湯治も兼ねてゆっくり2泊3日の小旅行と相成った。
「ぁ、山田さん。いいお湯でしたねぇ」
聞きなれた声。見慣れぬ浴衣姿。
隠し切れぬ圧倒的なお胸のボリューム。足元とか絶対見えなそうよね。
ついつい目が奪われるのに抗って顔に視線を向ける。
「西野さんもちょうど上がったところですか?」
「はぃー。いいお湯でしたぁ。ツルツルですぅ」
湯上りの上気した頬も確かにぷるぷるつやつやだ。
かすかに濡れた髪やうなじから匂い立つ色気にくらくらしそう。
非日常感が危険すぎる。
「アコ様がご迷惑おかけしなかったですか?」
「だいぶ楽しかったようではしゃいでいらっしゃいましたよぉ。牛乳を飲まれて、先にお部屋に帰られました」
西野さんはギルドに県外への外出届を出しに行ったときに捕まって、そのまま「一緒に行くので!」と宣言された。
ハイライトのない目と拒否権など許さない圧力に屈しました。
スタンピード絡みで休日出勤も続いていたらしく、そろそろ落ち着いてきたから振替で休みたかったとのこと。
温泉でアコ様が一人じゃ不安だったりしたので渡りに船だった。
外出届については、Cランク以上の探索者は戦力状況把握のためにも期間や行き先をギルドに届け出る必要があるものだ。
クレストの頃によくPTメンバーの分の申請をしていたので制度自体は知っていたが自分が使うのは初めてだ。
そもそもスタンピードの実績を受けて暫定Dランクから暫定Cランクに格上げされたから適用範囲になるわけだし。
「アコ様ー。いらっしゃいますかー?」
「うむ! 風呂上りの缶びいるは最高じゃの!」
「もう飲んでるんですか?」
「温泉を出てすぐ飲むのが一番おいしいんじゃから当たり前じゃ!」
「せっかくの旅館なんですから、お料理と一緒に飲んだ方がおいしいですよ」
「それはそれでまた飲むからいいのじゃ!」
アコ様の見た目でお酒頼んだら止められそうだけどね。
晩御飯のお料理は美味しかったけど、その後の飲み会がひどすぎて記憶が曖昧だ。
ザルを上回る枠二人の飲み会はひどいものだった。
西野さんはアコ様ちょっと苦手なのかもと思っていたが、お風呂で打ち解けでもしてくれたのか普通に大丈夫そうだった。
楽しそうにキャッキャと話しながらすごいペースで日本酒を飲んでいた。
俺? 早々につぶれて端っこで寝てましたよ。
アコ様がいるとはいえ、色気のある展開をちょっとだけ期待してたりした俺が馬鹿でした。
「さぁ、行くのじゃ!」
そんな二日目の朝。二日酔いなのは俺だけみたいだった。アコ様超元気。
姉様に会いに行くとのことで温泉街近くの神社へ向かう。
アコ様がこっちのはずじゃーと言いながら走っていくのを小走りで追いかける。
姉様に会えるのが嬉しいのかアコ様のテンションは高めだ。
まぁいつも高めな気もするけど。
大小様々な大きさの石が転がる河原のような場所にある木道を登っていく。
「すごい硫黄のにおいですねぇ……」
「まぁ温泉地ですしね。でも今日は観光客がいないですね」
「ちょっとお天気が悪そうだからですかねぇ?」
ハンカチで口元を押さえた西野さんと話しながらゆっくり登っていく。
アコ様は結構先を一人で進んでいる。
「昨日はアコ様とたくさんお話してたみたいですけど、何を話してたんですか?」
「うふふ、内緒ですぅ。山田さんの昔話とかも少ししましたよぉ」
「おーそーいーのーじゃー」
アコ様が遠くから叫んでいるので少し急いで追い着く。
木道を登り切った先、しめ縄が巻き付けられた大きな岩。
近くの案内看板に名称が書かれている。
「殺生石……?」
「無粋な呼び方をするでない。ほれ、あの岩に触るのじゃ」
「え? 入っちゃ駄目ですよ?」
「大丈夫じゃ! いいから来るのじゃ!」
「えぇ……」
アコ様に引っ張られて殺生石の傍まで登り、石に触れる。
石のひんやりとした冷たさとざらりとした感触を感じた次の瞬間だった。
目の前の景色が一変する。
雅な雰囲気の漂う和風な屋敷。
屋敷に面した玉砂利の庭に俺とアコ様が2人で立っている。
庭から見える部屋には
どこからか琴の音が聞こえ、お香と思しき不思議な匂いも漂ってくる。
なんだ……? ここ?
「珍しい顔でありんすね。久しぶりでありんしょ」
「姉様ぁぁ~」
御簾の奥から声が聞こえる声にアコ様が嬉しそうな顔で駆けだした。
するすると御簾があがっていく。
「まったく。お前は変わりんせんぇ」
御簾の奥には色鮮やかな着物を着崩した妙齢の美女が気だるげに座っていた。
光沢のある柔らかな金色の髪に狐耳。宝石のような赤い瞳。
着崩れた着物からのぞく豊かな膨らみ。
妖艶な笑顔。蠱惑的な唇。漂う暴力的なまでの色気。
美女の視線が俺の方に向く。
なんか吸い込まれそうな――
「姉様!」
「……何だぇ?」
「そやつはわしの伴侶です!」
「なんじゃぁ……久々の貢ぎ物でも持ってきたかと思ぅたんに」
美女に飛びついたアコ様がぷんすかしている。
やはりあれが姉様なようだ。
あやうく取って喰われるところだった……?
「でも、少ぅしくらいはいいでありんしょ?」
「姉様ぁ!!」
*この物語はフィクションです。たぶん姉様には会えないので良い子はマネしないでくださいね。
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