第20話 正式加入

 西野さんとカリンちゃんと飲んだ翌朝。

 寝起きに枕元のスマホを確認するとメールが2通届いていた。


 1通目はギルドからの緊急依頼だ。

 迷宮犯濫スタンピードの兆候が確認できたようで、Dランク以上の全探索者宛にスタンピード対策に向けた集合依頼。

 2通目はカリンちゃんから。

 ギルドからの緊急依頼を読んですぐ送ってくれたようで、パーティーを組んで一緒に行動してほしいというお願い。


 取り敢えずカリンちゃんに了解の旨とギルドで落ち合おうと返信し、すぐに出かける準備をする。

 スタンピードの発生防止がどの程度で済むかは分からない。

 準備は出来る限りして臨むべきだろうな……

 ”アイテムボックス+”に手持ちのアイテム類を詰め込めるだけ詰め込み、身支度してすぐ出発する。





「おーい、オジサン、おはよ」

「あぁ、カリンちゃん。おはよう。すぐ会えて良かったよ」


 ギルドの受付前広場に着いてすぐに無事カリンちゃんと合流できた。

 昨日装備が破損したせいか服が違う。

 養成学校の制服っぽい……?


「じろじろ見んなし。ボロいからはずい。昨日、着てた服破けちゃったから探索に使えそうなのが前行ってたガッコの制服しかなかったんだよ」

「いや……似合ってる、よ?」

「無理に褒めなくてもいいっつーの」

「いや、ホントに。可愛いよ」

「か、カワイイとか、言うなし……」


 ちょっと赤くなったカリンちゃんが足をげしげし蹴ってくる。

 ほっこりするね。


「おじ様っ」

「山田殿っ」


 ギルドの隅にいた俺とカリンちゃんのところに聖女ちゃん藤堂さん絶壁さん一条さんがやって来た。

 まぁ、聖女団はそりゃぁ絶対呼ばれるよね。

 彼女たちのクランはこの街の最大戦力だ。

 スタンピードが予防レベルで止められるにせよ、ダンジョンから溢れてしまって本格的なものになるにせよ、最も厳しい戦いに臨むことになるのは彼女たちだ。


「今日は流石にご一緒できませんが、ご無理なさらないでくださいね」

「我々はクランとして動くことになる。そちらも健闘を祈る」

「お疲れ様です。そちらも頑張って下さい」

「あら……そちらの方は?」

「っ……カ、カリンです。は、はじめまして……」


 俺の後ろに隠れるようにしていたカリンちゃんが藤堂さんに気づかれて顔を出す。

 緊張したように自己紹介している。

 ちょっと人見知りだったりするのかな?


「はじめまして。クラン聖女団のリーダー、藤堂理沙と申しますわ。おじ様とはよくご一緒する仲ですのよ」

「っ……ア、アタシだって……昨日、探索とごはん行ったし……!」

「あら、そうでしたの。まぁわたくしはおじ様に見せて頂いた深い仲ですし――」

「ア、アタシだって! お、お姫様抱っことかして貰ったし……!」

「まぁ。そうですの。うふふふ……」


 なんだろう、ちょっと冷房効きすぎじゃない?

 藤堂さんが俺の方を見る目が完全に凍てつく眼差し。

 助けを求めるように一条さんの方を見るも、藤堂さんとカリンちゃんの胸と自分の胸元に視線を行き来させながら何だか悔しそうな顔をしている。

 オッパイに貴賎なしですよ! とか言いたいがそんな空気でもない。


「皆さぁーん。こちらにご注目くださぁーい。説明を開始しまぁす」


 そのとき、西野さんが他のギルド職員さんたちと出てきて声をあげる。

 助かった……!

 ちょうどこちらを見た西野さんが物凄いジト目でこちらを見た後にぷいっと顔をそむけてしまった。

 あぁ、でもちょっと頬を膨らましてる感じが可愛い。



 緊急依頼についての説明を要約すると以下の通りだ。

 ・上級ダンジョンでスタンピードが発生しかけている可能性が高い

 ・ダンジョンから溢れ出す前に対処したい

 ・主力は防衛線を構築しながら少しずつダンジョンを潜る

 ・進行ルートを特定したいので、少人数で行動可能なPTは先行して調査する

 ・状況確認のためにも、可能な限り全員配信をonにしたドローンを携行する


 俺とカリンちゃんは先行調査、聖女団は防衛線の割り当てとなる。

 他のパーティーとの合流も打診されたが、連携不足でトラブルがあっても困るので今回は断った。

 カリンちゃんだけなら、最悪抱えて全力で逃げられるしね。



「カリンちゃん、準備は大丈夫?」

「持ってきてる分の消耗品とかはポーチに入れてあるよ」

「もし持ち切れなかった消耗品とか予備の装備があればアイテムボックスに預かるよ?」

「それじゃギルドのロッカーに預けてある予備の短杖ワンドだけ持ってくる」

「了解。俺の方は売店に寄りたいから、10分後にここに再出発でいいかい?」

「おっけー」


 カリンちゃんと別れた後、戦場のような忙しさの売店の中でなんとか佐藤さんを捕まえ、猪の紅牙を渡した。

 その牙の確認と、牙を短杖ワンドに加工する伝手を当たっておいて欲しいと頼んですぐに売店を後にする。





 受付前広場に戻ったとき、クレスト・パーティーの橋元くんがギルドを出て行こうとするのが見えた。

 彼らは戦力は大きいが人数が少ないこともあり、防衛線寄りのエリアの先行調査を割り当てられていたはずだ。

 ん? 橋元くんの装備が見覚えのない装備になってるな……

 クレストの既存シリーズでは見たことがないデザインだから、開発品か新製品かな?

 デザインの癖が開発二部っぽいけど、あそこは鈴木専務の子飼いだからいい噂なかったんだよな……


 俺の視線を感じたのか橋元くんが振り返り俺に気づく。

 すぐに鬼のような形相になり、こちらに近寄ってくる。


「おい! おっさん!」

「やぁ……橋元くん、久しぶり……」

「久しぶり、じゃねぇよ! おっさんのせいでこっちはすげぇ大変だったんだよ! 引き継ぎもちゃんと出来ねぇのかよ!」

「そ、それは……橋元くんたちが引き継ぐことなんて無いだろうから、って言って即日で辞めさせたんだろう……」

「うるせぇな! とにかく色々回らねぇし、雑用は増えるしで大変なんだよ!」


 怒鳴っていた橋元くんが急にニヤリと笑う。

 何かいいことでも思いついたかのように。


「しょうがねぇな。俺が口きいてやる。さっさと戻って来てまた雑用で働けよ!」

「ぇ……いや、そんな、今更……」

「あぁ!? 俺が口きいてやるっつってんだよ! 黙って戻って来いよ!」

「いや、その……」


 すごんでくる橋元くんに胸倉を捕まれかける。

 そのとき、後ろから誰かが抱き着いてくる衝撃と共に大きな声がかかる。


「オジサンはアタシとパーティー組んでるし! 勝手に連れてかないでよ!」

「ぁん? 誰だよ、お前!」

「誰だっていいでしょ! オジサンはアタシと組んで探索するんだから、今更あんたのとこなんて戻らないわよ!」

「あぁ!? テメェ――」

「橋元くん!」


 橋元くんの矛先がカリンちゃんに向きそうになったので慌てて二人の間に入る。

 ここは、俺が自分でちゃんと断るべきだ。

 軽く深呼吸をして、まっすぐ橋元くんに向かって話す。


「俺はもうクレストを正式に辞めたんだ。今さら戻る気は無いよ」

「なっ……俺の言うことが聞けねぇってのかよ!」

「あぁ。誰に何を言われても、戻らないよ」

「ケン! 何を騒いでるんだ!」


 騒ぎを聞きつけたのかクレスト・パーティーの岩田さんが慌てた様子で駆けてくる。

 岩田さんと目が合ったので、俺は硬い表情のまま軽く会釈する。


「……岩田さん、ご無沙汰してます」

「あぁ……山田さんか、久しぶり。ケン、どうしたんだ?」

「あぁ! うるせぇよ! ……おっさんとちょっと喋ってただけだよ!」

「それにしては、そっちの女の子と大声で言い合っていたようだが……」

「うるせぇよ! ……行くぞ!」

「ぁ、あぁ……」


 困惑する岩田さんを置き去りに、ケンが一人きびすを返す。

 歩き出す直前、橋元くんが俺の方に顔だけ向けて大声で怒鳴る。


「おっさん! さっきの話は全部無しだ! 新しい装備さえあれば、アンタなんていらねぇんだよ! ほら、行くぞ!」


 ズカズカと去っていく橋元くんを追って岩田さんもすぐに走っていく。

 嵐のような騒ぎが去り、ざわついていた周囲も少し静かになる。

 俺も知らず知らず強張っていた身体からどうにか力を抜き、息を吐く。

 くるりと後ろを振り返るとカリンちゃんがぷりぷりと怒り顔だ。


「カリンちゃん、ありがとう。カリンちゃんが助けてくれなかったら、なし崩しで前の会社に戻されちゃってたかもしれない」

「別に、当たり前のことだし。アタシはオジサンとこれからもずっとパーティー組みたいし」


 ちょっと照れたようにカリンちゃんが横を向いて口をとがらせる。

 ん? ずっと?


「あれ? メールのは今日の緊急依頼の間って意味じゃなかったのかい?」

「はぁ? 違うし。固定でパーティー組もうよって意味だったし! 勘違いしてたの!?」

「あはは……ごめんよ。でも、ソロだとリスクも高いから、組んで貰えるなら俺の方は助かるけど。カリンちゃんはいいのかい?」

「だから、いいって言ってるし!」


 真っ赤な顔で俺をまっすぐ見つめるカリンちゃん。

 その目には真剣な光が宿っている。


「そっか……それじゃ、これからもよろしくね。正式な手続きとかは緊急依頼から戻ったらやろうか」

「縁起わっる。まぁでもしゃーないね。いいよ。それで」

「カリンちゃん、改めてよろしくね」

「こっちこそ、末永くよろしくね!」

「はは……頑張るよ」

「あったり前だし!」


 パーティーを解雇クビにされて、一人で探索者をやっていかなきゃって勝手に思い込んでいた。

 でも、そうか。俺と一緒に歩んでくれる人だっていたんだ。

 なんだか胸の辺りがぽかぽかする。

 ちょっと赤くなってるカリンちゃんの笑顔がまぶしい。

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