Frankengunner/フランケンガンナー

石戸 準

プロローグ 屍人の街の血斗

 生けるものの気配すら無い死に絶えたゴーストタウンに、命の無い亡骸の群れが死を忘れたかのように蠢く。

 ある者は干からび、ある者は腐りはて、その虚ろな眼窩に意志の光は無く、ただただ生前を模倣するかの如く歩き回るだけの亡者。

 

 ──奴らは《屍鬼奴ダムンド》、永遠に呪われし忌まわしきものならば。

 

 無人の町中を屍鬼奴がさ迷う光景は、まるで地獄の蓋が開いたかのようだった。

 その時、町の外れからズル……ズル……と何かを引きずる音がした。

 音に反応し、意思無き屍が振り返る。

 そこには棺桶を引きずる黒い影──まるで針金細工の人形のように細長いその人影は、さながら地獄より溢れた死者を埋葬し直しに来た死神のように見えた。

 雲の隙間から月光が洩れ、その黒い人影を照らす。

 ──黒い牛追い帽子カウボーイハットに黒いマフラー、そして黒い外套ポンチョ。影のように黒ずくめの格好をしたその長身痩躯の人物は、以外にも女性だった。

『……ホォォォォオオオォォォォゥゥゥ……』

 黒衣の女が生きた獲物だとようやく気がついたのか、屍鬼奴の群れが弱々しい呻き声をあげながらゆっくりと女の方に近づいてくる。

 黒衣の女は両手をゆっくり前に突き出し──その手の中に突然リボルバー式の拳銃が現れた。

 

 ──ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン!

 

 銃声が連続し、機械のように正確に右で眉間、左で心臓を撃ち抜き、屍鬼奴たちに次々と風穴が空く。

 その止まらぬ銃撃を見ているものがいたならば、不思議に思ったかもしれない。

 そのリボルバーは弾切れを知らず、シリンダーを開くことなく次々と薬莢を排出していたのだ。

 

 ──しかし、屍鬼奴の動きは止まらなかった。死者を殺すことはできないと主張するかのように。

 

「……の方が……しぶとい、な……」

 黒衣の女はため息をつくと、拳銃を放り捨てる。

 

 ─ドゥゥン!

 

 今度は別の銃声が轟き、眼前の屍鬼奴の胴体が吹き飛ぶ。

 どこから現れたのか、銃身を三つ並べた異様な散弾銃が黒衣の女の手にあった。

 至近で同時に放たれた散弾が、屍鬼奴の腐りかけた胴体を物理的に破壊する。

「なるほど……解体してしまえば、動きは止まる……か」

 黒衣の女は、狙いもそこそこに三連散弾銃を乱射する。散弾銃の音が止む頃には、立って動き回れる屍鬼奴は残っていなかった。

 しかし──

「……フゥゥゥゥ……ホォォォォォオオオゥゥゥ……」

 目の前の地面が盛り上がり、土の下からゆっくりとあらたな屍鬼奴が次々と起き上がる。

 更には、空き家と思われていた建物の中からも新手の屍鬼奴が出てきた。

 

「……ふぅ……きりが、無いな……」

 黒衣の女はため息と共に、右手に持った散弾銃を屍鬼奴の群れに向ける──いや、またしてもその銃の種類が変わっていた。

 その銃の砲身は腕より太く、先端にはいくつもの銃口が空き、その本体には大量の弾薬がベルトのように繋がれている。

 それは機関銃──大の男でも両手で抱えなければ持ち上げられないそれを、黒衣の女は片手一本で軽々と振り回す。

 

 ──ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!

 

 機関銃の斉射が屍鬼奴の群れをなぎ払う。

 カタカタカタと空撃ちの音がし、機関銃の弾切れを告げる。

 その頃には今度こそ、人の原型を留めた肉体は周囲に残っていなかった。

 血溜まりと肉片で辺り一面が覆われ、立って歩くものは黒衣の女一人だけになった。その筈だった──

「──痛ッ……!」

 黒衣の女の左目から、一すじの涙のように血の滴が流れる。

「……ようやく、お出ましか──吸血鬼!!」 

 

「──ひょっひょっひょっ、どうやら屍鬼奴ダムンドでは相手にならぬか……」

 闇の向こうから、千年の齢を経たようなしわがれた声が響く。

 姿を現したのは、その声に相応しい木乃伊のように皺だらけの、だがその瞳は獣のように鋭い眼光を放つ不気味な老人。 

 老人は、その見た目に似つかわしくない太い犬歯をギラッと光らせて嗤う。

「ひょっひょっひょっ、何処の手の者かは知らぬが、この偉大なる《屍使いグールマスター》ダモン・ダレットが治める地でようも暴れてくれたのぅ? ……いや、その戦い方には見覚えがあるのぅ。よもや貴様、『奇術師ジャグラー』の眷属か?」

「──《屍使いグールマスター》?」

 黒衣の女が小首を傾げる。

「……《人形使いドールマスター》じゃないのか……間違えた」

「──まっ……間違えた、だと?」

 ダレットは一瞬何を言っているのか分からないという表情を浮かべ、次の瞬間その皺だらけの相貌が見る見るうちに怒りで歪んでいった。

「ききっ、貴様ッ! 『選帝伯』とまで 呼ばれたこのダモン・ダレットを、あんなと間違えただと!? 許さんッ、許さんぞォ──この痴れ者めがッ! 貴様は楽には殺さんぞォォォォッッ!!」

 獣じみた形相で、老いた吸血鬼が吼える。

「死体と遊べよ、子供たちィ……掌握領域『屍食饗転戯コープスパーティ』!!」

 ダレット伯爵の足元から不気味な影が広がり、屍鬼奴の残骸である肉塊に向かって延びて行く。

 この影に支配されたものは、生ける者ならば《喰屍鬼グール》と成り果て、死せる者ならば《屍鬼奴ダムンド》として甦り、原型を留めぬ肉塊ならば寄り集まって《腐肉人形フレッシュゴーレム》と化す──この権能こそダレットが《屍使いグールマスター》の異名で呼ばれる所以。

 そして、支配された屍肉はダレットを取り囲むように集まり、異形の巨人の形を成していく。

「──見るがよい! これこそが儂の最強形態『屍食の王クトゥルブ』! 貴様も儂の肉体の一部として取り込んでくれるわァァァァァッッ!!」

 獣を模したその顔が大きく口を開き、黒衣の女を掴むべく巨大な怪腕を伸ばす。

 

「……いいや、屍者の宴コープスパーティはお開きだ」

 紫電一閃、女の手の中に現れた一振の剣が、その怪腕を斬り飛ばした。

 

 ──それは極東の島国に伝わる、刀と呼ばれる武器。

 

 ただ普通の刀と違うのは、その刀身が血のような、或いは炎のような緋色の輝きを放っていること。

 黒衣の女の剣戟は止まらず、返す刃で巨人の首を刎ね、そのまま胴体を切り刻む。

『屍食の王』は瞬く間に解体され、その胎内に隠れていたダレットが剥き出しになった。

 

「──ひょっ!?」

 

 何が起きたのかも把握できていないダレットの心臓に、黒衣の女は容赦な火緋色の刀を右手で突き立てる。

「……まあ、ついでに墓荒らしを退治しておくのも……悪くない」

 黒衣の女はそう言うと、左手に現れたライフルをダレットの頭部に向けた。

「──つ、ついで? 墓荒らし!? ……貴様ッ、どこまでこの儂を愚弄する気かッ!!」

 

 ──次の瞬間、怒れるダレットの頭部が破裂したのはライフルが至近で炸裂したからか、はたまたあまりの屈辱による憤怒によるものか……最早それを確かめる術は無かった。  

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