第2話〜背負う影〜

秋が深まる中、日が短くなり、カフェ「ロウ・ライト」もますます静寂に包まれていた。玲司は、毎日のようにやってくる悠翔の姿が、自分の生活に少しずつ馴染んできていることを感じていた。彼の明るい笑顔と無邪気な言葉は、無言のまま自分の内面を探るような不思議な力を持っていた。


ある日、いつものように店を開けた玲司は、早めの時間帯に悠翔が姿を現すのを待っていた。初めて訪れてから、彼はまるでこの場所が自分の第二の家であるかのように、すぐに打ち解けていった。


店内には、コーヒーの香りが漂い、心地よいジャズが流れていた。玲司はいつも通りコーヒー豆を挽き、淹れる準備を整えながら、ふと悠翔の顔を思い浮かべる。


「この店、なんだか落ち着くんだよね。」

悠翔の言葉が耳に残る。無邪気な彼が何を求めているのか、まだ自分にはわからないが、少なくとも、彼にとっての「落ち着く場所」であることが、玲司には少し嬉しかった。


午後3時を回ると、店の扉が開き、悠翔が入ってきた。

「お邪魔します!」


元気な声に、玲司は自然と口元が緩んでしまう。

「今日はどうした?」


悠翔はそのままカウンターに座り、コーヒーを待つ間、店内を見回していた。

「最近、家族とまたいろいろあって……」


玲司は無言で彼の話を聞く。悠翔は、少し困ったような顔をしながら、家族のこと話し始めた。


「父はいつも忙しくて、母はそれに合わせるように頑張ってるけど、結局、僕は一人って感じなんだ。最近、兄も出ていったし……」悠翔の声には、少しの寂しさが滲んでいた。


「そんな中で、こうしてゆっくりできる時間があるのは本当にありがたい。」彼はコーヒーを一口飲むと、少しの笑顔を見せる。「こんなにおいしいコーヒーが飲める場所があって、本当に良かった。」


玲司はその笑顔を見て、何かしらの共感を覚える。彼自身も、裏社会から逃げ出した先でこの店を広くことにしたのは、自分の居場所を求めていたからだ。だが、悠翔の無邪気な姿には、彼が抱える「孤独」が重なって見えた。


「お前、そうやっていつも明るく振る舞ってるけど、本当はどう思ってるんだ?」玲司は思わず言葉を口にした。


悠翔は少し驚いた顔をし、やがて真剣な表情になった。

「えっと……難しい質問ですね。実際、辛いこともあるし、でもそれを言ったところで、誰も助けてくれないし……それに、僕はそんな自分を見せたくないです。」


その言葉に、玲司は思わず心を動かされる。悠翔の苦悩と向き合う姿勢には、彼が待つ強さを感じた。


「……俺もそうだった。」玲司は言った。

「何かから逃げたくて、でも逃げても結局は一人なんだ。そういう気持ち、わかる。」


悠翔は真剣な眼差しで玲司を見つめた。

「本当に?」


「当たり前だ。俺も孤独だった」玲司は続ける。

「でも、誰かと過ごすことで、少しは楽になれることもある。」


悠翔の目がきらりと輝く。

「そう思います。やっぱり、誰かといると安心しますよね。」


玲司は何かが心に響くのを感じた。悠翔の言葉には、彼が持つ暖かさと純粋さが溢れている。その中には、玲司が長い間忘れていた「人との繋がり」を思い出させるような力があった。


だが、玲司の心のには常に影が付きまとっている。裏社会での生活が彼に与えたトラウマ、そして、そこから逃れるために抱えた孤独。それは簡単には消えない。悠翔との会話の中でも、時折その影が顔を出す。


「それに、時には人に頼るのも大事だと思うんです。」悠翔が言った。

「僕も、もっと人と関わっていかないと……と思ってます。」


その言葉を聞いた瞬間、玲司の胸の奥がざわつく。彼は悠翔の笑顔が、心の奥底にある自分の傷を刺激していることを感じ取った。


「お前のいうことは正しい。だけど、そう簡単に人を信じることはできない。」


悠翔は少し黙り込み、考え込んでいるようだったが、やがて明るい表情に戻った。

「でも、玲司さんには僕がいるじゃないですか。もし何かあったら、いつでも言ってください。僕、力になりたいです!」


その瞬間、玲司は彼の言葉がどれほど重いのかを理解した。悠翔は、彼の過去を知らず、ただ自分を受け入れようとしてくれている。


日が沈む頃、カフェの外が薄暗くなり始めた。玲司は悠翔の言葉を思い出しながら、カウンターで考えを巡らせていた。


「やっぱり、逃げ続けるわけにはいかないのかもしれない。」


悠翔が帰った後、静まり返った店内で玲司は自分自身に問いかけていた。彼はこれまで、自分の中にある孤独や過去を守り続けていたが、悠翔との出会いが少しずつその感情を変えつつある。


「俺にも、他の人と関わる理由ができるのか……?」


玲司はコーヒーカップを洗いながら、心の中で新しい一歩を踏み出そうとしている自分に気づいた。その瞬間、少しづつでも前に進む勇気を持つことが、彼にとっての新たな道を開くのかもしれないと感じ始めていた。

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