24. 告白
宿の方へ戻ると、既に全員席に着いていた。今日はゲイルがいるので宿の1階で昼食をとることにした。サリタニアは緊張しながらもゲイルと話している。私も席に着きながら耳を傾けると、村の事を訊いているようだった。
「雨季明けはまず屋根の補修からかな。雨季の間に雨漏りする家が多いから。あとは畑の土が流れてたらそれを直したりとか。ここみたいに客が来るまでにやらなきゃいけないみたいな事はないから、大仕事ではあるけどみんなマイペースにやってる」
「ゲイルさんは今日ここに来てしまって平気だったのですか?」
すっかり訊くタイミングを失ってしまっていたが、それは私も気になっていた。
「弟にも慣れさせる為に任せて来たんだ。いつも俺の指示に従うしかしないから、自分で考えて働けるようにならないと嫁さん貰って自分で家を持つようになった時に困るからね」
「でしたらゲイルさんはもういつでもお嫁さんを貰えるのですね」
「えっ…あ、いや…」
サリタニアの発言にものすごく慌てている。もしかしてそういう話があるのかな?と興味津々にゲイルを見ていると、それに気付いたゲイルにものすごい顔で睨まれたのでこれ以上は詮索しない事にした。
「…失礼しました、私的なお話でしたね」
「いや、大丈夫…」
心のすみっこで気になりつつも、とりあえず話の一区切りはついたようなので待たせてしまった事を謝り食事を始める事を提案した。
「カティア、今日の夕飯リクエストしても良いか」
「いいよ、ミネストローネでしょ?」
「バレバレか」
「ミゲルさんもゲイルもいつもそうだもん」
「確かにこの間作ってもらったが旨かったな」
甘党のエドアルドにもそう言ってもらえて嬉しい。ミネストローネは祖母の得意料理だった。私がその味を受け継いだ事を喜んでくれる常連さんも多い。
「このスープも美味しいけど、いつもと味が違う気がする」
「これはターニャとクライスさんが私達が出かけている間に作ってくれたんだよ。美味しいよね」
「お肉は焦がしてしまいましたがね…」
先程からクライスが静かだなぁと思ってはいたがまだ落ち込んでいるのだろうか。
「宿は料理も重要でしょ。…まぁ頑張って」
ゲイルにまで応援されてしまって苦笑いしている。本当は料理の腕なんて必要はまったくないからそんなに気にしなくても良いのに。
「そうだゲイル、これからの繁忙期に備えて、今日一日お客様目線で皆さんの動きを見てもらいたいの。お願いしても良い?」
「あぁ、いいよ。お客さんが来た時に失礼ないかどうかを見れば良いか?」
「うん、ありがとう」
その後は再びサリタニアが村の話を訊いたり、逆にゲイルが街の事を訊いたりして和やかに昼食を終えた。街の事はサリタニアはあまり詳しくないようだったが、クライスとエドアルドがよく知っていたので問題なく会話が出来たようだ。
「美味かった、ごちそうさま。片付け手伝うか?」
「平気。ぱぱっと片付けちゃうからゲイルはゆっくりしてて」
「じゃあさっき話した魔獣避けの用意をしておくから終わったら花壇近くの庭に来いよ」
そうだった。なかなかゲイルを休ませてあげられなくて申し訳ないが、こればかりは教えてもらわないと。
「魔獣避けですか?」
クライスが興味を持ったようだ。
「今朝の魔獣なんですが、村にはそれなりに出るようで、追い払える方法があるらしいんです」
「それは良いですね。戦わなくて良いならそれに越したことはないですし、カティアさんも安心でしょう」
「そうですね、クライスさん達がいつまでもいてくれるわけではないですし…」
改めて口にすると何とも寂しさを感じるが、今はそれに蓋をして片付けに専念する。洗い物を4人で手分けして早々に片付け、興味があるというのでみんなでゲイルの待つ庭に出た。そうだ、雨で流れてしまった花壇も直さないと。
「おまたせ」
「ん、これ持って。ターニャさん達もやる?」
「良いのですか?」
「沢山採ってきたしすぐ採れる薬草だから心配ないよ」
そう言ってゲイルは人数分薬草を分けて持たせてくれた。渡された薬草は見たことがある。森のそこかしこで生えているものだから、これが魔獣避けになるなら森に魔獣なんていなくなるんじゃないだろうか。
「みんな持ったな。じゃあこの草の下と上の部分を両手で持って、草をすり潰すように揉んでくれ」
言われたようにすると柔らかいこの薬草は簡単にすり潰すことが出来て、同時になんだか独特な臭いがしてきた。なるほど生えている薬草では追い払えないのね。
「それくらいでオッケーだ。そしたらその草を魔獣の方に投げる。これで終わり」
「えっそれで良いの!?」
「そう、よっぽどこの臭いが嫌いなんだろうな。すぐ逃げていくよ。ちなみに、この臭いは長く保たなくて予防にはならないから気をつけろよ」
「わかった」
こんなに簡単なら安心だ。薬草を切らさないようにだけ気をつければ良い。
「あとカティア、これ。根っこが付いてるのも採ってきたから庭に植えろよ。すげぇ繁殖力強いから他の花とかからは離してな」
「ありがとう!ちょうどここの花壇が流れちゃったからここに植えようかな」
摘みに行かなくても庭で採れるならそれほどありがたい事はない。潰さなければ臭いもないみたいだし、葉の形もハート型でちょっとかわいいから花壇にあっても良いだろう。
「すごいですね、戦わなくてもこんなに簡単に魔獣対策が出来るなんて」
「俺達は作物を育てるのが仕事だから、それ以外の事は出来るだけ簡単に済ませたいってだけだよ。畑守るのに戦って怪我して農具が持てなくなったら本末転倒だろ?」
「それはそうですが、いや、生活の知恵というものはすごいです」
「そんな褒めても何も出ねぇよ?」
クライスもいたく感心している。戦える人達からしたら目からウロコだったのだろう。私だって薬草ひとつで道具も火も使わずこんな簡単に魔獣が追い払えるなんて思いもしなかった。
「じゃあ私は花壇を直して薬草を植えちゃうから、ゲイルはゆっくり休んでてね」
「他に何か困ってる事ないか?雨漏りとかしてたらついでに直すけど」
「大丈夫だよ、私に出来ない事は今はクライスさんとエディさんがやってくれてるから。村に帰ったら色々頼まれちゃうんだから、今くらい休みなよ」
世話焼きのゲイルの事だから村でもみんなに頼られているだろう。たまには一日ゆっくり休んで欲しい。
「カティア、ゲイルさんは畑仕事に詳しいのでしょう?でしたら花壇を直すのを手伝ってもらってはどうでしょう」
私の肩にぽんと手を置いてサリタニアが言った。そういえば以前、頼られるのも嬉しいものなのだ、ゲイルを頼ってみたらどうかと言ったのもサリタニアだったのを思い出してゲイルの顔を見る。
「俺は構わないけど」
「じゃあお願いしようかな…」
少しばかりぎこちない声になってしまったが、お願いするとゲイルはじゃあ始めるか、と壁際に避けておいたレンガの方へと向かって行った。決して嬉しそうには見えないが元からそんなに表情に出ないタイプなので、どちらにせよゲイルがどう思っているかは分からなかった。
「では私達は別の仕事をしていますね」
そう言ってサリタニア達は各々庭から移動していった。残された私も、花壇を直すべく既にレンガを並べ始めているゲイルに合流する。
「お前これ花だけとって放置しただろ。繁殖力強いとはいえこれじゃまた流れるぞ、シャベルかなんかないか?」
「持ってくるね」
物置からシャベルを持ってくると、それを受け取ったゲイルは土を掘り返しながら雑草や、私が雑に引っこ抜いた花の根っこを取り除き始めた。いきなりお願いした事なのに丁寧にしてくれるなぁなどとレンガを運びながら見ていると、ふとこちらを見たゲイルと目が合った。
「ん?」
「あ、なんでもないの。丁寧な仕事だな、ありがたいなって見てただけ」
「別に丁寧っていうわけじゃないよ、俺にとっては普通の事だし。ありがたく思ってくれんなら嬉しいけど」
「……あのね」
サリタニアに言われた事を思い出しながら少しゆっくりと丁寧に言葉を発する。
「ゲイルに宿の事をやってもらうの、嫌とかそういうんじゃないんだよ?ただ、ゲイルには自分の仕事があるし、ゲイルは頼りがいもあって優しいから、村でも色んな事をお願いされるでしょ?…だからここでは少しでも休んで欲しいなって…」
「……わかってるよ、変なとこ気にすんな」
しゃがんだままシャベルで土を耕しながらの返事なのでどんな顔をしているかはわからなかったが、何となくいつものゲイルとは違う気がする。でもこれ以上何か言うと余計に言い訳めいてしまう気がして、私は黙って整えられた土をレンガで囲むしか出来なかった。
「……なぁカティア」
薬草を植え終えたと同時に呼ばれた方を見る。名前を呼ばれたがゲイルはこちらを見ていない。
「なぁに?」
「……土いじり、好きだよな?」
「土いじり?嫌いではないけど…」
「あの、さ…もし、俺がカティアに村で一緒に畑仕事をして欲しいって言ったら…どうする?」
「村で畑仕事?人手が足りないの?」
「…違う」
やっとこちらを見たゲイルは眉間に皺を寄せている。何か怒らせるような事を言っただろうか。何も言えずに困惑した顔でいる私を見て小さく息を吐きながら立ち上がったゲイルは、私の手を引っ張って立たせてくれた。スカートに着いた土汚れも払ってくれる。こういうところ、昔から紳士だったなぁと思う。
「あのな」
「うん」
「…今すぐじゃなくていい。これから先、カティアが宿を離れても良いと思えるようになったら、俺のところに来て欲しい」
今度はまっすぐこちらを見てそう言った。ゲイルの耳が赤い。さすがに私でも言われている事の意味はわかる。突然の事に衝撃すぎて何か返事をしなければいけないと思うのに何も言葉が出て来ない。私は今どんな顔をしている?ゲイルを傷つけるような顔をしていないだろうか。
「……返事はいらない、頭に入れておいてくれればいい。…じゃあ、俺は部屋で休んでるから」
そう言ってゲイルは宿の中へと戻っていった。私は一言も発せられないまま、その場に立ち尽くしていた。胸がズキズキと痛くて苦しい事だけがはっきりしている。でも何故苦しいのかわからない。宿を離れるという未来の可能性が提示されたから?ゲイルがそんな事を考えていたなんて思いもしなかったから?
「…カティア?」
呼ばれて振り返るとサリタニアとエドアルドが心配そうな顔をしてこちらに向かってきている。私は縋るように駆け寄って行きサリタニアに抱きついた。
「どうしたのですか?ゲイルさんが先に戻ってきて様子を見てくるようにと言われて来たのですが…」
何をどう言ったら良いのか、そもそも言って良い事なのかもわからず、ただ痛む胸に泣きそうになるのを堪えてぎゅう、とサリタニアに抱きつく事しか出来なかった。
「ターニャ、とりあえずカティアさんを宿の中へ連れて行こう」
「そうですね、歩けますか?」
「…はい、すみません」
「良いのですよ、カティアが落ち着けるようにクライスにお茶を入れてもらいましょうね」
クライスの名前を聞いてドキリと胸が跳ね、堪えていたものがぽろりと零れた。
「カティア?」
(あぁそうか、私は…)
ゲイルの気持ちには応えられない、無意識にそれがはっきりしていたから苦しかったのだ。でも理由がわかったと同時に、その理由は私には叶わない望みなのだという事もわかってしまった。一度零れてしまった涙は留まる術を持たずにぽろぽろと溢れてくる。私は首元のネックレスを抱きしめるようにして子供のように泣きじゃくった。
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