22. こがね色の木

 魔獣の事も私の事も今ここで考えても何も解決しないという事で、とりあえずは予定通りの行動をとることにした。ただ、サリタニアはエドアルドを伴わない形では決して宿から出ない事、私も一人にならない事を厳命された。万が一の為に、熱が出た時に借りた、強く握ると音の出る魔石も持たされた。初日は自分の護衛をそこまで厚くしなくて良いと言ったサリタニアも、今回は素直に従った。

 ちなみに、魔獣の死体はエドアルドが焼いて処理してくれた。焼く時に、私が本当に魔力圧に耐えられるようになったのかの確認も改めてしたが、やはりふわりと温かい風が当たるくらいにしか感じなかった。


「さっきの事が嘘みたいに穏やかですね」


 シーツを干し終わり、そよそよと気持ちの良い風に吹かれながら、昨日までの雨が信じられない程にカラリと晴れ上がった空を見てぽつりと呟くと、隣で伸びをしていたエドアルドがそうだな、と返してくれた。


「カティアさんも落ち着かれたようで良かったです」

「そうですね、シーツを干していたら頭もスッキリとしてきました」

「やはり仕事馬鹿ですねぇ」

「改めて実感しましたが、そうみたいです」


 次はジャムにする実を採りに行くのだが、この状況だとあまり森には出ない方が良いだろうか。でも採りに行かないとしたらエドアルドががっかりしそうだ。


「…?俺の顔に何か付いてるか?」


 いけない。無意識にじっと見ていてしまったらしい。


「いえ、すみません。ジャムの実を採りに行くのはやめた方が良いのかなと思って…そしたらエディさんが残念に思うかなと考えていたら無意識に…失礼しました」

「はは、そんな事なら気にしないでくれ。予想は当たってるしな。折角だから採りに行こう。俺が付いて行くから大丈夫だ」

「え、でもそうしたらターニャの護衛が…」

「大丈夫ですよ、クライスも頼りになりますし、エディがいない間は建物から出ませんから。私もまたあのジャムを食べたいですから、たくさん採って来てくださいね」


 眩しい笑顔でそう言われてしまえば、期待に応えたくなってしまう。エドアルドが付いてきてくれるというなら、いつもより大きい籠を持っていこう。


「ではいつもよりたくさん採ってたくさんジャムを作りましょう」

「あ、カティアさん、差支えなければ枝を一枝採って来ていただけませんか?どんな植物か調べたいので」

「わかりました」


 宿の中へ全員で戻り、クライスとサリタニアは昼食の仕度をしておくと言ってキッチンへと入っていった。二人とも簡単なものなら作れるようになっている。私は実を入れる為の籠と足台、クライスのリクエストの為に軽く濡らした布を袋に入れて準備を終えた。


「では行ってきますね」


 二人に見送られて森へと入っていく。何事もなければただの散歩程度の距離なのだが、襲撃直後程の緊張感はないとはいえやはり周りが気になってしまい歩みが遅くなる。


「カティアさん、良い事を教えてあげよう」


 私が気を張っているのに気付いたエドアルドが一歩前に出て私の顔を覗いてきた。


「はは、眉間に皺が寄ってるぞ」

「うっ…すみません、エディさんがいてくれるので平気だと思ってはいるのですが」

「まぁ初めて魔獣が襲ってきたというなら仕方ないかもしれないな。で、良い事なんだが、魔獣は人を襲うが知能は高くない。危険を察知して本能的に隠れる事はするが、人を襲うのに隠れる事はしないんだ。つまり、襲ってくる前には必ず音がする」


 そういえば、先程も茂みがガサガサと揺れていた。


「どうだ、少しは安心しただろう?」

「…はい、ありがとうございます」


 ニカッと笑ってそう言うエドアルドに少しほっとして笑顔を返すと、よし、と再び前を向いて歩き始めた。森の道は少しずつ水気がはけてきてはいるものの、まだ少し柔らかく慣れていないと歩きにくいはずなのだが、難なく歩みを進めていくエドアルドは流石だなと思う。私も気を取り直して歩幅を大きくした。


 例の実のつく木は道からは少し外れている為、あまり知っている人はいない。昔ゲイルと実を採りに来た事があるが、村の人達とここで会った事はないので広まってはいないらしい。村の皆で採ってしまうと流石に一人あたりの量が少なくなってしまうから気を遣ってくれたのだろうか。


「着きました、ここです」


 この木は森の中の一角に2本がまとまって生えているのだが、今年もどちらの木もよく実を付けている。黄色く丸い親指の先くらいの大きさの実が重そうにたわわに実っている様を見て隣でエドアルドが小さく溜息を吐いた。


「なんだか幻想的な光景だな…」


 私にとってはいつも通りの光景だが、初めて見るとそう見えるらしい。確かに黄色の実が隙間なく実っているので、木全体が光っているように見えなくもない。雨上がりでまだ木々の葉に水滴が残っているのもそう見せているのかもしれない。


「姫様も見れたら喜んだだろうな」

「そうですね。もしまたこの時期にここに来れるようだったらその時は是非見せてあげたいですね」


 次回も、とは言えないのが物寂しいが仕方ない。それでもいつか見せてあげられたらいい。今は赤茶色になっているが、元の金糸のような髪でこの木の前に立ったらきっとおとぎ話の森の妖精の様だろう。


「では採ってしまおうか。何か注意点はあるか?」

「注意点はありませんが、こう、摘んで少し捻りながら引っ張ると採りやすいです」

「承知した。ではこの籠いっぱいになるまで採ろう」


 エドアルドには結構大きめの背負える籠を渡してしまったので、これがいっぱいになるまで摂るのは中々骨が折れそうだ。私もそれよりも小振りだがもう一つ籠を持ってきたので、とにかく採るのに集中しなければ…とそうだ、まずはクライスへのお土産を用意してしまおう。調べるという事だから、実が付いている状態の方が良いだろう。実がしっかりと付いている枝をハサミで切り、持ってきた濡れた布を切り口に巻いて袋に入れた。


 さて実を採るぞと気合を入れて腕まくりをすると、後ろからガサガサ、と音がした。ドキリとしてエドアルドの方を見ると彼も気付いて腰の剣に手を当てている。だんだんと近づく音に緊張していると、ガサリと葉をかき分けて見慣れた顔が姿を現した。


「カティア?」

「ゲイル!?」


 現れたのはミゲルの孫、そしてカイルの兄である幼馴染のゲイルだった。背中にはエドアルドと同様の籠を背負っている。


「どうしたの?」

「いや、雨も上がったからカティアが宿の仕度で忙しいんじゃないかと思って…でも今年もエカの実を採るだろうから採っていってやろうかと思って…たんだがそうか、今年は人出があるってカイルが言ってたな…」


 子供の頃は雨上がりの村の仕事がまだ出来ず、ミゲルさんの勧めで宿を手伝ってもらうこともあったのだが、成長して村の働き手になってからはそちらにかかりきりで時々遊びに来てくれた時にお茶をするくらいになっていた。その為何故そんないきなり宿を手伝いに来てくれたのか心配になる。


「もしかして、村にも魔獣が出たの!?それで注意をしに来てくれたの?」

「魔獣?魔獣ならいつも通りだけど…」


 いつも通り?その言い方だといつも通り出ない、ではなくいつも通り出る、の方だよね?


「もしかして、村には魔獣が出るの?」

「うん?そりゃ森の中の村だからな。畑の作物を狙って時々来るよ」


 衝撃だった。この森には魔獣が常日頃からいるのだ。本当に宿の周りだけ出なかったのだ。


「その顔、宿に出たのか?」

「うん、今朝」

「大丈夫だったのか?」

「こちらのエディさんが退治してくれたから平気」


 そう答えるとゲイルは一度エドアルドの顔を見て軽く会釈をした後、また私の方を見た。


「そりゃ良かったけど、カティアも追い払う方法知ってるよな?」

「?」

「知らないのか?」

「だ、だって今まで出なかったから…」

「出なかったのか!?」


 ゲイルも衝撃だったらしい。驚いて声を上げた後はぁーっと深い溜息を吐いた。


「後で教えてやる…」


 それはありがたい。今回はエドアルドがいたが、今後村の様に日常的に魔獣が出るようであれば対策を知っておきたい。


「じゃあ追い払う時に使う薬草を採ってくるよ。それが終わったら実の採取に合流するからここで作業して待っててくれ」

「ありがとう。あ、でも薬草が生えてるところが遠かったりしたら方法を教えてくれるだけでいいよ?」

「変な心配すんな、近場だから大丈夫だよ」


 そう言ってぺちんと私の額をはたいてエドアルドと改めて挨拶をし、ゲイルは森に戻っていった。そういえば魔獣が理由でないとすれば、なぜここに来てくれたのだろうか。しかも村からここまでは結構距離がある。相当早い時間に出て向かってくれたのだろう。とにかくお礼になるかわからないが、出来たジャムはいつもより多めにあげようと心に決めた。


「何だか邪魔をしてしまったようだな」

「人手は多いほうがありがたいですよ?」

「…そう、だな」


 苦笑されてしまった。何か変な事を言ってしまっただろうか。

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