8. 打ち解けの昼食
サリタニアを着替えさせ、2人で部屋を出るとそこにエドアルドの姿はなかった。1階に降りると、2人で何やら話していたクライスがこちらに気付いた。
「その顔、どうやら解決したようですね」
「私のせいでご迷惑をおかけしました」
「カティアのせいではありません、わたくしも周りが見えていなかったのです」
そう言ってサリタニアは私の腕にくっついてきた。
「でももう大丈夫ですよ!カティアと秘密のお約束もしたのです」
別に秘密ではないが、とても嬉しそうなのでそういう事にしておく。従者になんて、一番涙を見せてはいけないのだろう。目はまだ赤いので、きっと2人にはお見通しなのだろうが。
「それは良かったです。では食事の続きをいたしますか?」
クライスがおそらくわざと何も気にしてなさそうににこりと笑ってそう言うので、こちらも詳細を話すことは止めた。しかし料理はだいぶ冷めてしまったのではないだろうか。このまま食べてもらうのは申し訳ない。
「あの、冷めてしまってお肉も固くなってしまっているかと思いますので、一度キッチンに下げても良いでしょうか」
「少しくらい固くても大丈夫ですよ?」
「ありがとうございます、でもどうせなら美味しく召し…食べれた方が良くないですか?」
皆の了承を得て、肉とパンをキッチンに一度下げた。肉を薄く切り、葉物野菜と保存していたペースト状のソースと一緒にパンに挟んでまたテーブルへ持って行く。サンドイッチと大変相性が良いので、今度はピクルスの瓶も一緒だ。
「これはこれで美味いな」
「カティアさん、これは?」
「ピクルスです。サンドイッチに合いますので良ければどうぞ」
従者2人は何事もなかったかのように食事の続きを始めた。サリタニアは、静かにスープを口に運んでいる。冷製でも飲めるスープなのでそのままにしてしまったが、口に合わなかっただろうか。
「スープも温め直しますか?」
「いえ、先程より美味しいなと思っていたのです」
「ターニャ、は冷製スープの方が好きですか?」
「温かいのも冷たいのも好きですよ。そうではなくて、先程はわたくし、本当に余裕がなかったのですねと思いまして」
そう言って一口一口を丁寧に、味わってくれる姿が愛おしい。
「喧嘩をした後のご飯はいつもより美味しく感じると、よく言われていますよ」
「…わたくし、喧嘩をしたのですね」
喧嘩というほどのものではないが、それでもふふ、と嬉しそうに笑った。そしてふとスプーンを置いたサリタニアは、ピクルスの瓶を見つめている。
「今ならピクルスも美味しく食べられる気がします」
それは…どうだろうか。どうぞ、とクライスがピクルスの瓶の蓋を開けてサリタニアに差し出すと、一番小さいのを取ってぱくりと一気に口に入れた。数度咀嚼すると、目を固く瞑り、眉間に皺を寄せてうぅ、と苦しそうな声が漏れてきた。
「殿下…!大丈夫ですか!?水を…!」
慌てて背中をさすり水をコップに入れていると、従者2人がもう我慢できないといったふうに吹き出し、大笑いし始めた。
「何ですか!?どうしてですか!?」
何がそんなに面白いのか、あなたたちの主が苦しんでいるのだけど!?
「いやもう無理ですよ、このピクルスだけでも十分面白いのにカティアさん一瞬で殿下呼びに戻るし…」
「ここでも過保護が爆誕したな…」
「いやぁ一時はどうなることかと思いましたけど、無事姫様バカが誕生して良かった良かった」
この人達、失礼すぎやしないか。
「こほっこほっ、ごめんなさい、カティア。わたくしにはまだ無理でした…」
「姫様…もう勘弁してください、お腹痛くてクライスは死んでしまいそうです」
「良いですよ、死んでおしまいなさい」
涙目で水を飲みながらもそう返すサリタニアは慣れっこという感じである。まさかこれが通常運転なんだろうか。
「ふぅ、お二人とも、とても相性が良いようで良かったです」
「天然にボケ殺しは相性が良いのか?」
クライスだけでなくエドアルドまでもが失礼極まりない事を言ってくる。物静かで真面目な騎士という印象だったのに。
「さて、もうそろそろ先に進めましょうか。これからどうしますか?我々はまだこちらに居てよいのですよね?」
目尻の涙を指先で拭ってにこにこと笑いながらクライスが聞いてきた。まだ納得いかない部分もあるが、言っても仕方ないので飲み込んで姿勢を正す。
「もちろんです。お騒がせしてしまってすみませんでした。これからの事ですが、まずはこちらの生活に慣れていただくのではどうでしょう。私はいつも通り宿屋の仕事をしながら過ごします。その中で、手伝っていただける事を見つけていきませんか」
いきなり宿屋の仕事を割り振ってもお互い大変だと思う。
「そうすることで、お互いのペースが分かってきて、一緒に仕事をこなすのもやりやすくなってくると思うんです」
「なるほど、それは良い考えですね。姫様はどうです?」
「その方がカティアに迷惑がかからないのであれば、そうしてください」
「決まりですね」
エドアルドも頷いてくれた。祖母との生活とも、一人での生活とも違うのだ、少しずつゆっくりと確かめながら進んだほうが良い。
「ではまず昼食をいただいてしまって、皆で一緒に片付けをするのは迷惑にならないかしら?」
「そうですね、とてもありがたいです」
「姫様、城では片付けなんてした事ないのにやり方はわかるのですか?」
「任せなさい、侍女に聞いております」
やる気満々のサリタニアに目を細める。自分の心持ちを変える事でこんなにも感じ方が違うのかと思っていると、残りのサンドイッチを一気に口に入れたエドアルドが咀嚼しながらこちらをじっと見つめてきた。何だろう、と思っていると、こくり、と飲み込んだと同時に話しかけてきた。
「先程とはずいぶん雰囲気が違うな」
私もそう思う。サリタニアを受け入れようと自覚したことで、自分でもびっくりするくらい頭がスッキリとして、色々と考えられるようになってきたのだ。
「…すみません、さっきまでは私、自分の事しか考えられていませんでした」
「いや、俺達も事を急きすぎたようだ。こちらも姫様の事しか考えられてなかった。あなたに圧をかけているという自覚はあったんだ。申し訳なかった。」
ぺこり、と頭を下げられた。
「殿下の護衛の方なのですから、それは仕方ない事かと思います。」
「そのフォローの上手さも、あなたの本来の姿なのだろうな。本当にあなたを混乱させてしまっていたようだ。今回は我々が姫様を諌めなければならなかったのに、完全に我々の落ち度だ。…改めて、これからよろしく頼みます、カティアさん」
「こちらこそ、至らない点はどうぞご指摘ください。エディさん」
エドアルドが差し出してくれた大きな手を素直に握り返すと、にこりと笑ってくれた。
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