5. 出発の準備(サリタニアside)
時は少し遡りーーー
「姫様、こちらもきっとお似合いになりますわ」
「こちらも街で流行っているスタイルのようです」
わたくしはファレス王国国王の一人娘のサリタニア。周りに集まって、街で買ってきた服をこれもこれも、と着させようとしているのはわたくしの侍女達です。
「あなたたち、お茶会に行くお洋服を決めているのではないのですよ?」
「平民だってお洒落な子はおります!可愛い子なら尚更です!」
わたくしの平民の変装の際の服を決めているのですが、侍女たちの好みが少しずつ違っていてなかなか決まりません。
「5着なんて少なすぎます…それに侍女を一人もおつけにならないなんて…姫様、エドアルド様が付いていくのでしたら、私もお連れくださいませんか」
「ごめんなさいね。気持ちはとても嬉しいわ。でも自分のお世話も碌に出来ない人間が民の力になるなんて出来るはずがないのです。それも含めてわたくしの修行なのですよ」
「姫様…」
「戻ってきたら、社交に執務にと忙しくなります。その時は気合いを入れてお願いしますね。それまでは、色々と情報収集をして、わたくしが置いてけぼりにならないよう支えてくださいね」
「はい…!」
わたくしが城を離れることで仕事を失うものがいないよう、クライスと打ち合わせは済んでいます。
「さぁ、持って行く服を決めてしまいましょう」
やっと着せ替えから荷詰めに気持ちを変える事が出来てひと息つくと、ノックが聞こえてきました。
「姫様、エドアルドです。入ってもよろしいですか」
「良いですよ」
「失礼します。ただいまクライスが戻ってまいりました。陛下へご報告を終え次第、こちらへ向かうそうです」
「わかりました、ありがとう」
「それと、王妃様が今晩お話をされたいと仰っています」
「まぁお母様が?」
「ご就寝の準備を整えられたら王妃様のお部屋にお越しくださいとのことです」
…何かしら、お説教ではないと良いのだけれど。初めて平民の住む場所へ行く事に最近少し浮かれていたから、城でのお作法やわたくしのやるべき事を失してしまっていたのかもしれません。でもやっと王族としての一歩を踏み出せるようで、わたくしは逸る気持ちを抑えきれないのです。
「わかりました。エディ、申し訳ないのだけれど、今夜わたくしの部屋からお母様のお部屋までの護衛をお願いしますね」
「承知しております。扉の前でお待ちしております」
エディがにこりと承諾してくれると、侍女たちから静かに黄色い声があがりました。わたくしは見慣れているのですが、エディの笑顔は珍しいようです。騎士なので、普段から真面目なお顔ばかりされているのでしょう。
「失礼します、ただいま戻りました」
エディの後ろからクライスが顔をひょこりと出してきました。
「おかえりなさい、クライス。随分と機嫌がよさそうね」
「それはもう。陛下にもご報告しましたが、予想以上に良い場所でしたよ」
「だから事前調査など必要ないと言ったではないですか」
クライスはわたくしがお邪魔する予定の宿屋について、どうしても先に調べておきたいと言って一人ででかけてしまったのです。場所はお父様が指定されましたが、そちらに滞在する事に対する交渉もわたくしの大事な仕事ですのに。
「姫様、お守りする我々の事もお考えください」
「エディがいれば大丈夫ですよ」
「それは嬉しいお言葉ですが、俺もクライスの意見には賛成でした。本来なら俺が行くつもりでしたが、姫様の警護を欠くわけにもまいりませんでしたので」
「そうでしたか…それは申し訳ありません。クライス、改めて調査お疲れ様でした、ありがとう」
「もったいないお言葉です」
従者の仕事を否定してはいけませんね。わたくしが反省していると、ところで…とクライスが侍女たちの方に近づいてゆきます。
「まだ服の準備しかしていないのですか?出発は2日後です。歓談する余裕があるなら手を動かしなさい」
クライスはわたくしの側近で、政務に限らずわたくしの身の回りのこと全てを支えてくれています。侍女たちにも侍女頭という直属の上司がおりますが、侍女頭はお母様に付いている為、彼女達の実質的な上司はクライスになります。
「もう姫様のご意向は仰ぎましたね?荷詰めは第二応接室が空いてますのでそこで行いなさい」
「はい!申し訳ありません!」
侍女達がたくさんの服を抱えて部屋を出てゆきました。しかし少し厳しすぎるのではないでしょうか?
「クライスももう少し優しい顔をして差し上げればエディのように皆さんから慕われるでしょうに」
「嫌われ者の方が良いのですよ。私のような壁がいれば、少なくとも姫様に好奇心だけで近付く者はふるい落とせます。私という障害物を超えてでも姫様にお仕えしたいという者を見極められるなら、嫌われ者なんて安いものです。それに、男性には私人気なんですよ、なんせ仕事が出来ますからね」
「気持ちは嬉しいけれど、いつかどのご令嬢からも避けられるようなってしまっても知りませんよ」
「そうしたら責任持って一生雇ってくださいね」
パチリとウインクをするクライスにふぅとため息をついてしまいました。本当に頼りがいがありますしお顔立ちはとても良いと思いますのに…。
「確かに騎士にもなぜか人気だよなお前…職場違うのに」
エディも呆れてため息をついていました。
「さて、姫様。件の宿屋の件ですが、問題ないと判断いたしましたので、転移馬車の杭を打ってまいりました。また、ご命令通り、滞在理由はお話しておりません」
「ありがとう。ご迷惑はおかけしませんでしたが?」
「留意はいたしましたが、お一人で経営されているようでしたので多少負担はかけてしまったかもしれません」
「まぁお一人で?それは我々も気をつけなければなりませんね」
「俺が戦力になりますよ」
「あらエディ、わたくしだって負けませんわ」
「…その心意気が負担にならないことを祈るばかりですね」
どういう意味かしら?わたくし、やる気満タンなのですよ。動けるお洋服も用意いたしましたし、身支度も自分で整えられるよう、侍女達に教わりました。平民のお作法も貴族とは全く違うことは承知しております。具体的には経験してみないとわかりませんが、頭を柔らかくして受け入れれば自ずと学べるとお父様が仰っていました。
「とにかく2日後の朝には出発いたします。支度は侍女達と我々に任せて、姫様は万全の体調でいられるよう今日明日はゆっくりお休みください。侍女を2人呼びますので、本日はもう湯浴みなさってください」
「わかりました。あなたたちもきちんと休んでくださいね」
「お心遣い痛み入ります。エドアルド、警護について確認したいので少し残ってくれるか。宿の造りも伝えておきたい」
「わかった」
クライスが呼んでくれた侍女達に連れられて湯浴みを済まし、ゆったりとした夜着のドレスに着替えました。今日はお父様もお母様も、文官達と定例の晩餐会議があるということですので一人で自室でお夕食を済ませます。お母様の仕度が終わるまで本を読んで過ごしていると侍女頭が呼びに来たので、エディにお母様の寝室まで送ってもらいました。
「ありがとう、今日はそのままこちらで休みますので、エディももう下がって大丈夫ですよ。おやすみなさい」
「かしこまりました。おやすみなさいませ」
お母様のお部屋の警護をしている騎士に挨拶をしてエディは戻ってゆきました。
お母様にはこちらでお休みする事を伝えていないけれど、きっと許してくださるでしょう。お話を終えるのを待っていてはエディも休むのが遅くなってしまいます。
「お母様、サリタニアです」
何のお話をされるのか少しドキドキしながら部屋に入ると、お母様は窓辺に置かれたソファでお茶を淹れていました。どうやらお説教ではないようです。
「いらっしゃいサリタニア。こちらにお座りなさいな。ハーブティーを淹れているから寝る前に一緒に飲みましょう」
ハーブティーの優しい香りが部屋を包んでいます。きっとよく眠れるお茶を淹れてくださっているのでしょう。お母様の優しい声も合わさって、頭と体がリラックスしてきます。
「クライスから聞きましたよ。とても張り切っていて変に力が入っていると」
「そう…なのでしょうか?」
「あなたはお父様に似て頑張りやさんですからね。でも力が入りすぎていては本来あなたが持っている力を発揮できませんよ」
コトリとローテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばしながら、改めてここ数日のわたくしの行動を思い返します。
「…周りの者を振り回してしまっていたでしょうか…?」
「あなたの周りの者はそんな風には思っていないでしょうけれど、心配はしているかもしれないわね」
「はい…以後気をつけます」
ハーブティーを口にしながら、反省します。今日は反省が多いですね。張り切りすぎて周りが見えなくなっているのでしょう。少ししょんぼりとしているとお母様が少し大きめの箱を持ってきました。
「これは母からの贈り物です。開けてご覧なさい」
なんでしょう、と言われるままに箱を開けると、一着のお洋服がはいっていました。薄いピンク色をした、シンプルなワンピースです。ドレスの様に装飾などは付いていませんが、その分背中の細いリボンのレースアップがとても可愛らしく見えます。
「貴族のドレスほど華美ではなく、平民の普段着よりはしっかりとした仕立になっています。明後日はこの服を着てご挨拶に行きなさい。クライスとエディがいるので心細い事はないでしょうが、緊張はするでしょう。母も気持ちは一緒におりますよ、という印です」
「お母様…ありがとうございます、とても嬉しいです」
心がぽかぽかと温かくなってきます。張り切りすぎていたのと同時に、わたくしはひどく緊張していたのだと気付かされました。
お茶を頂いた後はお母様のベッドに入り、久しぶりにお母様とゆっくりお話をしました。いつもより少し眠るのが遅くなってしまいましたが、とても良く眠れた気がします。翌日は荷物や城に残す者達の最終確認をした後、クライスに言われた通り早めに休み、出発の朝がやってきました。
荷物を馬車に積み終わってお母様と挨拶を交わしていると、お父様が見送りに来てくださいました。
「すまない、会議が長引いてしまった!」
「お父様、お忙しい中申し訳ありません」
「何を言うんだ、娘の旅立ちの見送りなんだぞ、当たり前じゃないか」
お父様、少し目が潤んでいらっしゃいます。
「お前達、娘を頼むぞ」
「かしこまりました。必ず御身をお守りいたします」
「サリタニア、お前の事だから次に会う時はきっとひと回りもふた回りも成長しているのだろう。楽しみにしているよ。そして必ず元気に帰ってくるのだよ」
「はい、お父様。必ずやご期待に応えてみせます」
転移馬車に乗り込み、窓から見送りに来てくれているみんなを見ます。わたくしの侍女達を始め、侍女頭、顔見知りの騎士達や文官達、料理長までもが来てくれています。
最後にお父様と何やら話していたクライスが馬車に乗り込み、転移の準備が整いました。
「それでは皆様、行ってまいります!」
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