3. 転移馬車


「転移…馬車…」

「はい、お嬢様には転移馬車で移動していただく予定ですので」


 転移馬車とは、その名の通り転移が出来る馬車である。特定の鉱石に向かって転移出来る馬のような姿をした魔獣がいて、その魔獣に馬車を引かせるのだ。だが、魔獣自体がものすごく珍しく、餌も貴重な鉱石で、温厚で飼いやすくはあるがとにかくお金がかかる。クライスが言った「杭」というのは魔獣をこちらが指定した場所に転移させるためのもので、これもまた貴重な鉱石から作られるらしい。とにかくお金がかかるものなので、転移馬車を持てるのは貴族でも高位の家になる。ちなみに、所持には王家の許しが必要なので、仮に転移馬車を持てる財力を持つ商家があったとしても、王家との太い繋がりがなければ所持出来ない。つまりはお嬢様は少なくともそういう家の方ではないかと推測される。


「ええと…あの、転移馬車を所持できるようなお家柄の方が、こんな宿屋にどのようなご用事なのでしょうか…」


 お客様の事情には踏み込まないのか客商売の鉄則だか、こればかりは訊いても許されてほしい。


「申し訳ありません、事情についてはお嬢様がどうしても自分からお伝えしたいと申しておりまして、私からは何とも…」


 (余計に不安になる返答だなぁ…)


 心の中でため息をついたが、立場上強く言えるわけもなく。


「では、とりあえずお嬢様のお話は伺います。その後で、どうしても私には荷が重いと感じましたら、その時はまたご相談させてください」

「…!ありがとうございます。無理を言っている自覚はありますので、そう言っていただけるだけでありがたい」


 無理を言っている自覚があると言ってくれるだけこちらもありがたいです。


「それでは庭に厩舎がありますので、ご案内します」


 はたして転移魔獣を普通の厩舎に繋げて良いものかわからないが、他に場所もないので仕方ない。実際に見て駄目だと思ったらクライスが何か指示をくれるだろう、と庭に出るために階段を降りている途中で先程の事を思い出した。


「…あ!」

「どうしました?」


 先程クライスがお茶を飲みながら見ていた庭先に、土が流れた花壇があったはずだ。


「申し訳ありません、庭に昨日の雨で土が流れてしまった花壇がありまして…」

「あぁ、先程見かけました。力仕事のようでしたら処分先まで運ぶのを後ほどお手伝いしようかと」


 あぁぁやっぱりゴミに見えるよね…


「いえ、その、ゴミではなく、花は無事でしたので泥を落としてポプリにでもしようかと思ってまして…」

「なんと、それは失礼しました」

「いえいえ!私こそ作業途中のものをお客様の目に留まる場所に放置してしまって申し訳ありません!」

「私の訪問で予定が崩れてしまったのですよね、重ねて申し訳ありません」


(あ…)


 確かに、今日はミゲルが帰ったら掃除を終わらせてゆっくりポプリ作りにとりかかる予定だった。今日は良く晴れているので、外で乾燥させて泥を落として、あとは閑散期でもあるし空き部屋を使って室内で10日ほど乾かして…と予定を立てていた。


「こんな朝からの訪問などなかなかないでしょう、だいぶ予定を崩してしまったのではないかと思います」


 意外と色々と考えてくれてるんだ。でも。


「いえ、これは私の甘えです。改めて申し訳ございませんでした」


 こちらにも宿屋の矜持というものがある。気遣いはありがたく受け取るが、自分の落ち度を正当化はしない。改めて深く頭をさげた。


「ではこちらからの無理な申し出とおあいこではいかがですか」

「…お申し出ありがたくお受けします」


 クライスが手を胸に当ててにっこりと言い、私も今度は無理やりではない笑顔でにこりと笑って返した。


 1階の入口を出て横に周って流れた花壇を通り、裏手に近い場所にある厩舎に案内すると、クライスは「ふむ…」と宿泊部屋と同様に点検をし始めた。


「良いですね、ここに杭を打っても?」

「はい、他の宿泊客の方が厩舎を使用する場合は目につかない所に移動してもらうかもしれませんが、それまではこちらが街道からの死角にもなりますし、安全ではないかと思います」


 転移馬車なんて超高級なもの、人目につかない方が良いに決まっている。この国は割と平和だが、それでも盗賊や詐欺師はいるのだ。


「お気遣いありがとうございます。では…」


 クライスは腰に付けた小さな鞄から空色をしたこぶし大の石を取り出し、ぶつぶつと何かを呟いて息を吹きかけた。すると石はキラキラと輝きながら腰くらいまでの高さの杖に形を変える。先端には、大小の円が重なった花のような飾りが付いていて、光の加減で色が七色にきらめいてとても美しい。


「きれい…」


 私が見惚れていると、続けて呪文のような言葉を呟いたクライスの足元に紋様が光り、その中心に先程の杖が地面からほんの少し浮いた状態で固定された。


(これが貴族の魔法というものなのかしら)


 平民にも魔術を使える人は少なからずいる。だがそれはちょっと光や火を出せたり石ころを飛ばしたりするくらいで、主に森などに出てくる害獣を追い払う手段の一つくらいなものである。

 見たことはないが、貴族が使う魔術は国の儀式に使われるらしく、それは大変美しく見事なもので、平民が使う実用的なものとの違いを表すのに魔法と呼ばれている。


「今のは魔石の力を解放するための呪文で、私の魔法ではないですよ」

「…すみません、顔に出てましたか…」

「カティアさんは顔に出やすくていらっしゃる。お嬢様もきっとお気に召されます」


おもちゃとして、ではないと良いなぁ…。


「さて、これで準備は整いました。2日後の…本日と同じくらいの時間にお嬢様と護衛、それから私の3人で伺ってもよろしいでしょうか」

「はい、朝からお迎えの準備をしておきますので、いつでもご都合のよろしい時においでください」


 こうして、我が森の外れの小さな宿に、何とも珍しいお客様が来ることになったのです。

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