1-2. 森の宿(クライスside)
穏やかな平原に通る街道に沿って馬を走らせていると、赤い屋根の建物が見えた。建物の先は森なので、緑の中に赤がとても映える。
近くの木に馬を繋いで建物の中を見た。赤茶の髮を綺麗に編みまとめた若い女性がカウンターを拭いている。入口付近にはテーブルと椅子が数セット用意されており、奥の階段を上がった先には口の字型の廊下に沿って扉が等間隔で並んでいる。どうやらここが目的の宿屋で間違いないようだ。
「失礼、宿屋の主はいらっしゃるだろうか」
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多少の戸惑いは見せつつも、若き宿の主人はこちらの希望を受け入れてくれた。
どうやら2階に宿泊客がいるらしく、そちらの対応後に宿を案内してくれるという。我ながら勝手な行動を取っている自覚はある。だが、これは譲れない過程の一つであるのでありがたい。
(決して迷惑はかけてはいけないと言われているが、何かがあってからの方が迷惑がかかるしな。何食わぬ顔をして偵察のために宿泊するよりは良いだろう)
待つようにと言われ示された数セットあるテーブルの中から、庭の見える窓辺の席を選んだ。この宿屋は豪華な調度品もなければ家具などは年季の入ったものが多い。だが家具はどれも綺麗に磨かれており、飾り棚に飾られた置物や花瓶などは品が良く、客の目線や導線も考えられていてとても居心地が良かった。出されたお茶に口をつければ、家で飲むのものと遜色ないほど美味しい。
(お茶も掃除も主人が対応しているが、一人で運営しているのだろうか…?)
そんな事を思いながら2口目を口にし、窓の外、入口からはぐるりと回って横手にある庭の1点に目をやった。藁と花が無造作に置いてある。花はどれも汚れていて、花びらのオレンジやピンクと泥の色が合わさってどうにも汚らしく見える。おそらく昨日までの雨で花壇がやられてしまったのだろうが、彼女が客から見える位置にゴミを放置することを許すだろうか?短時間しか滞在していないが、細やかな気遣いを感じるこの宿に似つかわしくない気がした。後でさり気なく訊いてみるか。
「カティアちゃん、おはよう」
2階から朗らかな雰囲気の老人が降りてきた。どうやら宿の主人の女性はカティアという名前らしい。客層の調査も私の仕事だ。楽しそうに話す二人の会話に耳を傾ける。
(客というよりは知り合いが様子を定期的に見に来ている感じか?)
周りにこのような形で心配してくれる人がいるということは、少なくともカティアの人柄に大きな問題はないようだ。閑散期とはいえ宿自体は居心地が良いのに客がいないのは人的要因ではないかと少し気になってはいたが、杞憂なようだ。雨季には人の往来がぱたりと途切れるのだろう。
そう思っていると、見送りを終えたカティアがこちらにやって来た。
「おまたせしました、どちらからご案内しましょう?」
掃除がものすごく中途半端だが、こちらを優先してくれるのはありがたい。客商売では基本的なことなのかもしれないが、目の前の仕事に集中するあまりそれが出来ない人間も少なくない事は経験上良く知っている。
主人の人柄、働きぶり、共有スペースについては今のところ大きく問題はなさそうだ。この仕事も長いので自分の観察眼と勘には自信がある。建物の周りも危険を感じるところはなかった。何か起きたとしても平民が常々晒されている害獣などからの危険くらいで私で対処できる程度だろう。あとは一番大事なプライベートスペースを確認したい。
「では、宿泊部屋を見せていただけますか?」
失礼のないように、威圧にならないように柔らかな笑みを浮かべてお願いした。
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