第43話 「ドレッド・レイス、メアリー」

 私は第六階層へテレポートで転移してきた。先ほどと同じ中広間だが、瘴気しょうきではなく、殺気が部屋全体に渦巻うずまいている。


 今回の目的の相手は、探さなくてもすぐにわかる。闇の衣をまとった赤く光る眼を持つ幽霊が私を出迎でむかえてくれる。


 ドレッド・レイス。四天王達と同じ大きさほどある。武器などは所持していない。今、私との距離は十分にある。だが殺気の裏に一切いっさいの意志のようなものを感じない。一つわかっているのは、近づけば殺気の餌食えじきになってしまう事。


「どうしたものか……」


 私が思考をめぐらそうとするその瞬間、殺戮さつりくの波動が私に伝わる! そして体が硬直してしまう。ドレッド・レイスの得意技、”非実体の接触”が発動したのだ。


 その直後、風魔法に似た殺戮さつりくやいば攻撃が私の周りにせまる! だが、同じ風の渦が私の身体を包み、すべての攻撃をはじき返す。私の左手にはめている虹色の指輪があわい光を放っている。どうやら”魔王の加護”が発動したようだ。


 加護の効果はドレッド・レイスの実体のない巨体をノックバックする。距離を取ろうと逃げようとするが、その巨体は束縛そくばくの効果が発動し、動けなくなっている。


心への侵入マインド・ダイブ!」


 すきをつき私は呪文を唱え、ドレッド・レイスの心に侵入をこころみる。だが、そこは部屋と変わらぬ闇の殺意の渦だった。


「何も感じないな。このまま降りていくしかない……」


 私は決意を固め、深層に向かう事にする。強烈な殺意を感じながら、底の見えない下層に降りていく――。



◆◆◆



 二十分ほど降りた先に、ようやく底らしきものが現れる。何度か戦闘し、精神的疲労は少しあるものの、このくらいなら何とか行けそうだ。そんな中、遠くに青くゆらめくかすかな光を見つける。


 私は光を目指して加速する。程なくして、光の正体が人間の魂であることがわかる。魂はひどおびえていると感じ取る事ができた。


「どうした? 何をおびえているんだ?」


 私は青い魂に声をかける。


「来るな!!」


 強烈な拒絶で私に答える。


「すべてが憎い!! すべてを抹殺まっさつする!!」


「なぜだ? 何がそうさせる?」


「わからぬ! あるのは憎悪ぞうおのみ……」


 彼女の拒絶の言葉に私は絶望を感じ取る。私は原因を知りたくなった。


「すまない。少し入らせてもらう」


 私は彼女の魂に触れる。殺戮さつりくの意志を通り抜け、恐怖と絶望が渦巻うずまいている。その中に闇のコアを見つける。


「これか」


 私は『聖なる呪いホーリー・カース』を増幅して両手でコアに触れる。私の中に彼女の過去の体験が流れ込んでくる。


「これは! ……何とひどい」


「感じたのか? ……そうだ。私は殺害されたのだ」


 彼女が受けた体験。それは無実の罪でとらえられて拷問ごうもんされ、同じ被害を受けた者達と共に処刑されたまわしいものであった。


「だけど、これでは復讐ふくしゅうしようがない。彼女の両親、隣人達、そして権力者。周りすべてが加害者という事か――」


 私はダリアのようにはいかないとさとる。ならば私にできる事は一つしかない。私はインベントリを開き、慈愛に満ちた杖アフェクショネイト・ハートロッドを取り出す。杖を両手でにぎり、呪文を唱える。


「聖なる光で呪いを解け! 魂の救済ピュリフィケイション!」


 杖から聖なる光がほとばしり、彼女の魂を包み込む。魂は半透明の女性の形に変わり、私の前に現れる。成人前くらいに思える質素しっそな衣服を着た可愛らしい娘の姿だ。


「この身体…… 私なの?」


 目の前の女性が自分の姿を確認しだす。予期せぬ出来事に戸惑とまどっているようだ。


「はじめまして。私はタクト。貴女の名は?」


 私の言葉に女性は初めて私に気づき、少し考えこんで答える。


「あ、 ……私、 私は……メアリー」


「メアリー。いきなり入ってきてすまない。こうするしか話す方法が無かったんだ」


「そ、そうですね……。私も長い間、自分であることを忘れていましたから……」


 戸惑とまどいながらメアリーが答えてくれる。


「失礼ながら、君の過去、見させてもらったよ。私にはどうしてあげる事も出来なかった。だから代わりに、浄化の術を使わせてもらった」


 私は自分の無力さをびた。彼女はあわてた様子で返す。


「とんでもない事です! またこうして自分でいられるなんて、思いもしませんでしたもの! ありがとうございます!」


 彼女の言葉に少し救われた気がする。微笑ほほえみの表情を浮かべる彼女の姿が、心からの言葉なんだなと感じさせた。


「実は、私がここへ来たのは……」


 私はダリアに説明した時と同様、戦争の話と強化計画の事をメアリーにも話した。


「わかりました。私はどうすればいいの?」


「そうだな、まずは召喚した魔物と戦って、レベルを上げてもらいたい。その前に、ここから出るよ」


 私はメアリーにことわりを入れ、術を解除する。元に戻ると、メアリーは殺気を解除してくれていた。


「少しだけ待っていてくれるかな?」


「はい」


 ドレッド・レイスの姿のメアリーの前で、私はレイアにテレパシーで通信を送る。


『どうしたタクト、何かあったか?』


『うん、実は……』


 私はダリアとの事を話して謝罪し、メアリーの事情と訓練相手の話をした。


『そうじゃったか。色々大変じゃったのう。早速さっそく救済されたやつが現れたか。良き事じゃ。召喚の件も許可する。使ってやってくれ』


『ありがとうレイア。また報告するよ』


 レイアの許可はもらえた。私は魔法を唱え、部屋の中央に一体の悪魔を召喚する。


「これは!?」


「アイス・デヴィル。レイアの部下だ」


「魔王様の?」


 カマキリの顔を持つ二足歩行の白い昆虫型の悪魔。太い尾には鋭利えいりなスパイクがついている。両手で銀のやいばがついた長槍を持ち、構えている。


 私はメアリーに彼について説明する。


「軍団の指揮官だ。相当強いよ。当分は彼と戦ってレベルを上げてもらいたい。彼にもいい経験になると思うし」


 メアリーは目の前に対峙たいじするアイス・デヴィルを見ながら私に答える。


「わかりました。やれるだけやってみます」


 お互いに相手を認識し、戦闘が始まる。槍と風の渦がかち合う音が部屋中に激しくひびき始める。私はしばらくの間彼らを見守った後、次の目的の場所へ向かう事にする。

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