第11話 「公開処刑」

「タクト、一つよいか?」


 レイアが神妙しんみょうな表情で私にたずねる。


「いいよ」


「わらわが共に向かえば、魔王が討伐されていない事が人間にバレる。最悪、そなたが人間から敵視されてしまう事になる。それでもよいのか?」


 レイアの言う事はもっともだ。だが、私の心はもう決まっている。


「構わない」


「えっ?」


「私が魔王城に戻ってくる前から、もうそういう事の答えは出ていた。私はたとえ人間界全てから目のかたきにされようがレイアを離さない」


 いや、魔王の間で初めてレイアを見た時から、私の心は決まっていたのだと思う。


「タクト……」


 レイアは不意を突かれたような反応である。


「むしろ一緒に来てほしい。お願いできるかな」


「是非もない。共に行こうぞ」


「ありがとう、レイア」


 私は右手を差し出す。


「これは?」


「握手のつもりだが……」


 突然の事に驚くレイアに、私は腕を引っ込めて歩み寄ることにする。


「うっ!」


 私は握手の代わりにレイアを抱きしめる。


「よろしく頼む、レイア」


「ああ、任せるがいい。タクト」


 レイアの言葉がかっこよすぎて心にしみる。私は少しだけ抱きしめる時間を延ばして堪能たんのうする。


 一刻して、私は作戦の為にレイアといくつか打ち合わせを行う。レイアも意見を出してくれながら、作戦を固める。不測の事態が生じた場合についての対策もお互い確認しておいた。


「正午まであと二時間だな。どうする?」


「そうだな。出立しゅったつは一時間前でいいと思う。情報をもう少し集めて、その間に風呂で身を清めておこうか」


「そんなのでよいのか? 呑気のんきじゃな」


「身を清めるのも大事だからな。一緒に入ろう」


「タクトがそう言うなら、入ってやってもよいぞ。じゃが、また鼻血を出さぬだろうな」


「あああ!!! そうだった」


 馬鹿か私は! レイアの気遣いが優しすぎる。


「じゃあ別々に入るか」


「そうじゃな。わらわもそれでよい」


 私とレイアは別室で、風呂を魔法で作り出して身を清めたのである。



◆◆◆



 クラヴェール王国、大広場。処刑執行まであと三十分に迫っている。周辺に国民達も集まってきている。


 大広場の中心に簡易の執行場ば設置され、兵士達があわただしく動いている。執行の準備も彼らの働きで、着々と進んでいる。


 そんな中、大広間に二台の荷馬車が到着する。停止した荷馬車から兵士が降り立つ。


「よし、降りてこい」


 兵士の指示で降り立ってきたのは手枷てかせされた勇者イグノールである。その後にクローディア、バルドスも続く。


 もう一台の荷馬車から聖女エレノーラとメリエラが降り立つ。執行場に立つ者達が集結する。


 兵士に誘導され、手枷てかせされたイグノール達が執行場に連行されていく。その様子を全国民が固唾かたずを飲んで見守る。


 国民達も昨今の国王の政策に少なからず疑問を抱いている。度重なる増税、遠征資金の捻出ねんしゅつ、他国への資金援助など、理解に苦しむ上に、経済的にも限度を超えてしまっている。


 その中での魔王討伐の朗報は、数少ない希望であったのに。少なくとも国民達は本気で凱旋がいせんを歓迎していた。その末路がこれから始まる処刑というのは、国民達にとって、理解を超える所業に映っている。


 イグノール達は執行場にそれぞれ正座させられ、一人一人に固定する者と処刑執行者の兵士が付く。逃げ出さないように、イグノール達の足をなわしばりつけて固定している。


 そうこうしているうちに、処刑二分前に迫る。国民達の緊張は一層高まっている。

何とか回避できないのか、叶わぬ期待をよそに、段取りは粛々しゅくしゅくと行われる。


 ここで国王クラヴェール五世が高台から姿を現す。その事を知らされていなかった国民達は一斉に国王に注目する。影武者の可能性もあるが、国王陛下である事は確認できる。


「全国民の諸君、クラヴェール五世である! 本日は緊急放送で伝えた通り、これから勇者一行と聖女の処刑を執り行う」


 国王の言葉は力強く、嘘偽うそいつわりは一切感じられない。


「不安に感じている者も少なくないであろう。だが、これは決定事項である。魔王討伐を果たした勇者一行に謀反むほんの動きがあった事。そしてその謀反むほんに聖女の加担があった事。我々王国の情報網がつかんだ確かな事実である!!」


 国民の一部がざわつく。国王は無視して続ける。


「このような謀反むほんくわだてる者を許すわけにはいかない!! 我、クラヴェール五世の名において、国内外に処刑をもって知らしめるものである!!」


 国王の宣言が終了すると同時に、時刻は正午を迎える。


「処刑を執行する! 執行人、剣を構えよ!!」


 国王の号令に処刑人の兵士達が剣を構える。目を閉じ歯を食いしばるイグノール達。



ズガアアアアアアン!!!!



 突然、上空で爆音が鳴り響く。一同は事態をみ込めないまま耳をふさぐ。


 直後、処刑人を固定する兵士達、執行人の兵士達が謎の衝撃におそわれ、バタバタとその場に倒れる。


 同時に、イグノール達に架されていた手枷てかせや足のなわも外れる。身に起こった異常にイグノール達は驚く。


「助かったのか」


 クローディアが思わず口走る。


「案ずるな! 空砲だ」


 皆が一斉に頭上を見上げる。そこには二つの人影が宙に浮いている。


 その人影こそ、私とレイアである。姿を隠す魔法「ハイド」を使用し、「フライ」で上空から様子を監視し、機をうかがっていたのである。


「侵入者か!! 何者だ!?」


 国王が異変を起こしたぬしを見上げ叫ぶ。


「私はただの元クラヴェール王国民の一人ですよ。無実の罪をなすり付けて勇者と聖女を処刑とは、余程殺したい事情がおありなんでしょうね。国王陛下」


 私は引きつる表情を見せる国王に向かって言い放つ。


「どこに彼らが謀反むほんを起こすなんて証拠があるんでしょうね。あるなら見てみたいですね!」


「何を!! 無礼な!!」


「できませんよね、国王陛下。そんなもの、無いのですから!」


 私の発言に国民達がどよめく。


「タクト、彼らのかせは解いておいたぞ」


「さすがレイア。ありがとう」


「お安い御用じゃ」


「遅くなってすまない、みんな。今のうちに!」


 私はイグノール達に大声で叫ぶ。立ち上がるイグノール達に近衛兵達が迫る。


「悪いが、眠っててもらうよ。スリープ!」


 私はイグノール達に迫る兵士達に向けて魔法を発動する。屈強な近衛兵達も、眠気にはかなわずバタバタ倒れていく。


「他の奴らは任せろ」


 レイアが闇魔法で敵対する兵士達全員に圧をかける。大広場に集まっていた国王軍兵士のほとんどが地にし、圧に耐えかね気絶していく。


 あらかじめバフをかけていたのか、国王やレガリック将軍、数名の近衛兵精鋭のみが何とか意識をつないでいる。


 その隙にイグノール達とエレノーラは安全な場所に身を隠す。鎧や武器は没収され着用していないので、素手で対処せねばならない状態である。


「何とか最悪の事態は回避できたか」


 私は走り去るイグノール達を確認してつぶやく。だが、かつての仲間達の処刑を阻止した私とレイアは、この後国王の反撃を受けることになる。

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