第9話 「魔王の愛」

「ときにタクト」


「何?」


「昨夜の事、感謝している。突然の事で驚いただろう」


 レイアはうつむき加減でほおを赤らめる。


「すごく驚いたよ。あまりに急だったから。だけど、私ではレイアを満足させてあげられなかった。ごめん」


「何を言っておる! タクトはわらわを満足させてくれたぞ。その、今までずっと一人じゃったからつい、その、はしゃぎすぎてしまったと反省しておる」


 レイアの言い分はもっともだと思う。魔王としてこれまでやってきたのだから、ずっと孤独だったのだろう。


「でも、レイアの事をますます好きになれたと思う」


「そうなのか?」


「私は激しすぎてついていけなかったけれど、レイアの愛がすごく伝わってきて嬉しかった。私も、レイアの愛に応えられる男になりたい」


「愛だと?」


「ああ。とても感じることができた。私もレイアをもっと愛したい」


「それは違うぞ、タクト」


「え?」


「わらわはただ、タクトと共に快楽にふけり、楽しみたかっただけじゃ」


「え?そうなのか!?」


「ああ。そうじゃ。そもそも魔族に恋だの愛だのいった感情は無いのだ。それを持ち合わせているのは、人間やほかの種族なのだ」


 今しれっと衝撃しょうげきの真実を聞いた気がする!! まあでも、確かに魔族に愛が無いと言われたところで、に落ちるところもあるが。


「でもレイアは私の求婚を受け入れてくれた。ではそれは一体どうしてなんだ?」


 私は素直に疑問に思ったことをレイアにたずねる。


「ああ、その事か。ではタクト、そなたから告白され、わらわが何と返したか覚えておるか?」


「ああ、覚えているよ。確か……」


 私は少し思い出しながら答える。


「面白い。愉快ゆかいじゃ、気に入った。それがおぬしの望みというなら、わらわは結婚を受け入れようぞ、だった」


「うむ。あってるな」


レイアはうなずきながら答える。


「わらわがタクトを受け入れたのは、まさにその言葉通りなのじゃ」


「ん? どういう事??」


 私の頭には‘?‘マークが付きまくる。


「つまりだな、わらわはタクトの事を『面白き存在』と認識したから、結婚したのじゃ。そなたを好きだから、愛するから受け入れたわけではないのだ。わかるか」


 レイアにここまで言われて初めて、ほんの少しだけ頭の中に理解が生まれる。


「先にも言ったが、我々魔族には愛という感情がそもそも無い。それに信用しておらぬ。確かに、人間達にそのような感情があるのはわらわ達も知っておる。じゃが、魔族からすれば愛など人間を誘惑したり、利用する程度の価値にしか思っておらぬのだ」


「そうなのか?」


「今頃気づきおったか。まあよい。我々魔族は、虚無と退屈の中で生きておるが、とても嫌いなものなのだ。そういったものから逃れる事こそ、魔族の生きる原動力となっておるのじゃ」


 すごく意外な事を言っている。それこそ魔族の栄養源ではなかったのか?


「虚無や退屈の対極が、『面白い』という感情なのだ。魔族は皆、その感情を求め、動いておるのじゃ。幻惑や殺りくなど、そなた達人間が魔族を恐れている行為は、そのための手段でしかないのだ」


「それはものすごい事を聞いてしまったな」


「魔族にとって『面白い』という感情は、極上であり、最上位のものなのじゃ。それに比べれば、ほかの事など取るに足らぬ」


「ということは、私はそれを持っていたから、レイアに認めてもらえた、という事なのか」


「そうじゃ。恋や愛などより、合理的で確実性があろう?」


「けど、私はそんなに面白い存在なのだろうか?」


 レイアはため息をつき、あきれ顔で答える。


「面白いに決まってるだろう! どこの世界に、魔王であるわらわに求婚してくる奴がおるのじゃ? 恐怖の象徴であるわらわに対して、好きだの愛してるだの、恥もなく叫ぶ人間がどこにおるというのじゃ? これが面白いと言わず、何を面白いと言うのだ?」


「レイア…」


 私は目からうろこが落ちる感覚におそわれてしまう。そんな見方もあったのか……


「タクト。わらわはそなたを絶対に離さぬ。わらわの事が好きなら好きと言うがいい。愛してると言ってくれてもいい。たとえそなたがそう言わなくなってしまう時が来たとしても、わらわはそなたを離さず、ずっととなりにおるからの」


「レイア!!」


 私は彼女を抱きしめずにはいられなくなった。レイアの身体を抱きしめ、私は口走る。


「愛している!! 私もレイアを離さない!! どんな事があっても、一生をかけてお前だけをずっと愛する!!」


「ああ。だが、わらわだけというのはダメだな。タクトには、もっと多くの女を幸せにする力がある。だが、わらわの事を愛してくれるのは、それでいい」


 今、訳の分からない事を言った気がするが、私の心には届かない。今はただ、レイアを大切にすること以外は、大した問題ではない。


 私の目からは涙がこぼれ落ち、それを見てレイアが私の頭をなでている。私はしばらくの間、レイアを抱きしめ続けたのである。


「レイア、一度だけお願いしていい?」


レイアはほおを赤らめたまま返す。


「朝じゃぞタクト。何を考えておる!」


「どうしても伝えたいんだ」


 私はレイアの瞳を見つめて言った後、口づけする。レイアは突然のことに驚くが、目を閉じる。


 唇を離し、再び瞳を見つめると、観念したのか、


「わかった。そこまで言うなら、タクトに任せよう」


「ありがとう」


 私はそう言うと、レイアの手を取り、ゆっくりと寝室まで歩いた。今度は自分のペースで、レイアとつながりたいと、直感的に思っただけである。



◆◆◆◆



 私とレイアは服を着て、食卓に戻り、紅茶を飲んでいる。あれだけ見つめあっていたのに、満たされたレイアの瞳を見つめずにはいられない。


「タクト」


「何?」


「そなたの気持ち、伝わったぞ。たのしい時間じゃった」


「それはよかった。私もレイアにきちんと伝えることができて、嬉しい」


「鼻血もほとんど出なかったな」


「心の準備ができていたからな」


「優しいのに、力強かった。あんなやり方もあるのだな」


「私も初めてだったから、うまくできるか不安だった。でも、昨日とは違う形にしたかったんだ」


「なるほどな。人間が恋だの愛だの言う理由を、ほんの少し垣間かいま見た気がした」


「それが伝わったなら、すごく嬉しいね」


 レイアが紅茶をすすってから、私にたずねる。


「タクトは、わらわとの子供が欲しいのか?」


 唐突な質問に少し固まるが、答えは出ている。


「んー、どちらでもいいかな。今は、どうしても欲しいというわけではない」


 レイアは驚いている。


「なぜじゃ? 人間は好きな女の子供を欲しがるのではないのか?」


「だって、子供が生まれたらレイアを独占できなくなるだろ?」


「えっ?」


「だからすぐに欲しいって気持ちにはならないんだよ」


「そうなのか」


「ああ。まあ、生まれたとしても、一人でいいかなって思ってる」


「ずいぶん謙虚けんきょなんだな」


「一人にいっぱい愛情を注ぎたいからな」


「何かよくわからんが、面白いのう」


 レイアの表情が明るくなる。


「そう言うレイアは、子供がたくさん欲しいの?」


「わらわも特にこだわりはないが、タクトとの子供は欲しいぞ。いくらでも生んでやるぞ」


 レイアは笑って答えてくれる。笑顔がまぶしい!


「何か、好きな人とこんな話ができること自体、今までの私では全く考えられなかったから、すごく幸せな気分だ」


「それはよかったのう」


「全部レイアのおかげだ。ありがとう」


「全然よいぞ。わらわも愉快ゆかいだしな」


 ふたりで笑いあう。魔王と人間でも、こんなに幸せな時間を過ごせるなんて、奇跡って本当にあるんだなって。今まで辛くても我慢して、頑張って生きてきて、本当に良かったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る