「終末なにしてますか?」シリーズ刊行10周年記念短編

枯野 瑛/角川スニーカー文庫

あれとは違う物語 - delusion of delightful days -

 窓から差し込む陽の光が心地良い。

 うたたねをしていた少女が、ゆっくりと、意識を取り戻す。

「…………ん……」

 長い夢を見ていたような気がする。

 そのせいで、現実感がなかなか戻ってこない。

 目を覚ますために、周りを見る。市立御翼学園中等部三年生の教室。金曜日午後、歴史の授業中。教卓でペンを握っているのは、厳格なことで有名な先生だ。

 自分自身のことも思い出してみる。この学舎に通う一人の学生。晴れた空の色の髪。鏡がないと自分では見えないが、それよりちょっと深い色の瞳。で、名前はクトリ・ノタ・セニオリス。

 ――って、いや、まて、何かがおかしい。

 クトリ・ノタ・セニオリス。それは、妖精兵の名前だ。

 護翼軍の指揮下で運用される一種の兵器であって、剣(一応)とか魔法(一応)とかのいわゆるファンタジー系列なワールドの住人であって。少なくとも、ゲンダイニホンの一学生などではなかったはずなのだ。

 強烈な違和感と既視感。それらを一言で説明しきる単語を思い出し、

「現代パロディだこれ!?」

 叫んでしまった。

 ついでに立ち上がってしまった。

「廊下ニ立ットレ」

 蜥蜴っぽい歴史教師が、淡々とした声でそう宣言した。


      ♪


 放課後。同校舎、二年生教室。

「というわけで! 本編の雰囲気を全力エクスプロージョンがテーマの『終末なにしてはりますのん』番外編! いわゆる現代パロディ風の舞台からお送りしま――」

 カメラ目線でナレーションを入れていた枯草色の髪の少女、アイセア・マイゼ・ヴァルガリスが言葉を切る。

 何かが突進してくる猛烈な突進音が近づいてくる。とんでもない勢いで扉が開く。

「アイセア、見つけたっ!!」

 土煙と共に飛び込んできた青い髪の闖入者が、アイセアの前で急ブレーキ。

「――っと、何すかクトリ、廊下を時速50キロ以上で走っちゃダメっすよ」

「そこまではギリギリ出してないと思う! それより状況の解説!」

「ういうい今始めるとこっす。えーと現代パロディというのが何かというと……」

「ゲンダイニホンに招待してもらってフツーに生活するのよね!? それはそれとして見栄えのする展開が期待されるから、恋愛要素とか強めになっちゃったりするのよね!?」

「……ええとっすね、それはそうなんすけど……」

「いつぞやも似たようなことあったけど、あの時はリアルタイムとかの事情で自宅待機だったじゃない! でも今回は外を出歩いても大丈夫なのよね!? 誰にとは言わないけど、直接会いに行ってもいいのよね!?」

「……目が血走ってるっすよ……」

 アイセアの訴えが、聞こえているやらいないやら。

「あああ、こうしてらんない。じゃあ行ってくるから、あとのことはよろしく!」

 くるりと振り返り、法定速度を無視して扉から飛び出そうとしたところに、


「せんぱあああああい!」


 ミサイルめいた勢いで飛来した、緑色の何かが抱き着いてきた。

「えっ」

 反射的に、というか習慣的に、軽く腰を引いて受け止めようとした。しかしそれではまるで間に合わなかった。思っていたよりずっと大柄で重たい少女が着弾し、クトリはあやうく吹き飛ばされそうになる。

 なんとかそれを堪えて、

「ティアッ……ト……?」

「はいっ!」

 みずみずしい若草色の髪。きらきらと眩しく光る瞳。

 ティアット・シバ・イグナレオ。間違いなく、その名の少女のはずだけど。

(この子って……こんなに大きかったっけ……)

 クトリの記憶の中の彼女は、十くらいの小さな子供だったように思う。御翼学園の小等部に、同級生たちと共に、スクールバスに送迎されて通っていたような。

 しかるに目の前のこの少女は、どう見てもクトリと同世代。十四か十五か、そのくらいにまでは育っている。

 不思議なのは、ここまで大きな違和感がありながら、この子はティアットだと確信できてしまうこと。そして、疑う気になれないこと。

「せんぱいだああ、なんかよくわからないけどものすごく久しぶりでものすごくものすごくて、せんぱいだあああ」

「え、え、え」

 離れない。大喜びだか大泣きだかわからない顔で、ぎゅうぎゅうとクトリを抱きしめ続ける。ごめんいま急いでるから――と言って押しのけてしまえばいいのかもしれないが、とても、そんな気にはなれない。

「あーほらほら、先輩困ってるじゃないか」

 ひょっこりと髪の白い男子生徒が現れて、

「離れて離れて」

 ティアットの首根っこをつかみ、引きはがしてくれた。

「ほら、もう行くよ。上映時間まで余裕ないんだから。ラキシュさん、先に着いて待ってるみたいだし。早く合流しなきゃだろ」

「で、でもぉ」

「でもじゃなくて。ああもう、ほんとに君は、クトリ先輩が絡むとダメになるな」

 呆れ顔の少年は「失礼します」と一礼を残し、ティアットを引きずったまま、部屋を出てゆく。「またあとでええせんぱいいい」、名残惜しそうな声が遠ざかっていく。

「…………はっ」

 クトリは我に返る。

「い、今のは? ティアット? よね?」

「五年後バージョンっすね」

 バージョンって何。

「現パロのご都合主義というやつっすね。細かいことは言いっこなしさということで、年齢とか時系列とかはごちゃまぜにすることがあるんすよ」

「へ、へえ?」

「だから、他にも色んな子たちが登場する可能性が――」

 どーん。派手な音が、窓の外、校庭の方角から聞こえた。

「不良集団〈六番目の獣ティメレ〉たちが暴れてるぞー!」

「だれか〈十四番目の獣ヴィンクラ〉さん呼んできて! あと〈最後の獣ヘリティエ〉くんも!」

「おおい滅殺奉史委員の誰か、ギギルさんの購買でトラップ買ってこい!」

 奇妙な悲鳴もいろいろ聞こえてきた。

「――色んな子たち(擬人化含む)が登場する可能性があるんすよねえ」

「いま小声でなにか付け足さなかった!?」

「まあほら。賑やかなのは(一般的には)いいことっすからね」

「特殊なものしかない状況で一般論の話する!?」

 そんな話をしている間も、騒ぎは続く。というか増える。うわあ飼育小屋の〈二番目〉が逃げたぞこらあユーディア待ちなさいアステリッドの新作めちゃ可愛いよねアヴグラン先輩がまた転校生とフラグ立ててるぞ市長の娘プロデュースの新作包み羊ラップドラムが激烈うまい件うぎゃああ誰かパニコロを止めてくれええドーモデスみんな落ち着けあんまり騒ぐとまた静寂竜がぐわあああ。

 よくわからないけど、どうやら大惨事である。

「……で、行かないでいいんすか?」

「はっ」

 クトリは再び我に返る。

 そうだった。自分には、急ぎの用事がある。こんなところで呆けていられる時間も残り文字数もないのだ。「そうだったそうだった」と、改めて法定速度に挑む勢いで廊下に飛び出そうとしたところで、

「おーい、アイセアいるかあ」

 再び、扉が開く。

 濃緑の髪の少女が一人、のっそりと顔を出す。

「お。クトリもいたのか」

「…………トゥカ?」

「どした、幽霊でも見たような顔して」

 幽霊も妖精も似たようなものである、というどうでもいい知識が脳裏をかすめる。首を振って追い払う。

 トゥカ。幼かったころのクトリにとって、(認めたくはないが)姉のようだった妖精の一人である。ちょっとした、感動の再会である。

「ぅ、あ、あ……」

 話したい。ここに留まりたい。そんな気持ちを全部振り切って、

「ご、ごめんまた後でね!」

 走り出した。


      ♪


 走り続けていると疲れるし怒られるし、もちろん危険だ。

 しかし気は焦り続けるので、早足で道をゆく。 

『まったく、いつも忙しないな其方は』

 すぐ隣から聞こえるその声に、返す言葉もない。

「だ、だって現代パロディなんて機会、めったにないし」

『滅多に在られても困る。所詮は茶番、祭りの狂騒に浮かぶ泡沫に過ぎんとはいえだ。ものには、限度というものがあろうに』

「あはは……」

 これまた、まったくもって、返す言葉がない。

『まあよい。勝手こそ違うが、状況は日頃の戦場と大差ない。他ならぬ其方が、絶望的な戦いに、一縷の勝機のみを信じて全霊で挑もうとしているのだ。であれば無論、我は助力を惜しまぬぞ』

「それは、ありがとう……って、ちょっと待ってよ! 絶望的な戦いってなに!? わたしの恋路、そんなに無理あるように見えてるの!?」

『聞きたいか?』

「やめてやめて言わないで聞きたくない」

 返す言葉が以下省略。

『そんなことよりだ。急いでいるのだろう?』

 手を差し出される。

 まったくもってその通り。クトリはそれを軽く握り、先導するように歩きだす。

 声の主は、少しだけおぼつかない足取りで、しかし迷いなく、クトリの隣を歩く。


 電車に乗った。

 乗車率八十パーセントほどの車両に、がたごとと揺られた。

 右から左へ。窓の外を、灰色の建物たちが忙しなく流れていく。

 視線をちょっと上げれば、ほとんど動かない白い雲たちと、それらを包み込む青い空。


 さて、目的地近くにまで来て、

「…………」

 異常な事態を受け入れ慣れすぎて、すっかり遅くなってしまたけれど。

 隣のこの子は誰だっただろう。そんな疑問に、ようやく思い至った。

「ええと」

 白い髪に白い肌に白い服。現実離れしているというか幻想的というか、(本物の妖精が使う喩えではないかもだけど)童話の中の妖精っぽい外見。

 そして両のがんには、曇った水晶をそのまま埋め込んだような目。たぶん、周りが見えてはいないだろう。こちらの顔も見えてはいないだろう。

「きみは……」

 妖精の誰か、ではない。そうだったら、絶対にすぐに思い出せた。

 けれど――不思議なことに――知らない誰かだというわけでもない。絶対にクトリ・ノタ・セニオリスのよく知る、身近な何者かだ。これも確信できた。

 当たり前のように隣にいて、当たり前のように一緒に歩いて、そして、絶望的な戦い(らしい)に挑む自分を当たり前のように助けてくれる。そんな誰か。

 心当たりが、あるような、ないような――

『む』

 少女が顔を上げて、見えていないはずの目を先に向けた。

 その視線(仮)を追って、クトリもまたそちらを見た。

 帝都大学工学部キャンパス前、バス停そばの小さな掲示板の前。

 大勢の人や人以外が行き来している中、二人の人間の姿が見えた。


      ♪


「なんていうかさ。一緒に行くの、あたしでいいわけ?」

 年は二十手前といったところか。背の高い赤毛の娘が呆れたように言う。

「他にいねぇんだよ。まさかスウォン連れてくわけにもいかねぇしな」

 その娘と同世代、黒髪の男がうめくように言う。

「いいじゃんスウォン。珍しい魚の解説とかしてくれるかもよ?」

「逆だ。そこらの、ありふれた魚の水槽に張り付いて閉館まで離れなくなる。あいつにしか見えねぇ大発見とかあるんだろうな」

「あー……なるほどー。そりゃ確かに、あいつっぽいわー」

 二人、並んで苦笑する。楽しそうに。愉快そうに。


 その姿を、クトリは、少し離れたところから見ている。

(あれは……たしか、リーリァさん、だっけ。ヴィレムの幼馴染の……)

 自分の知らないヴィレム・クメシュの笑顔を、ただ見ている。

『どうした? 行かんのか?』

「ええと……えへへ……」

 もちろん行くつもり、だったのだが。

 しかし、なんというか近寄りがたいというか。あの笑顔を崩したくないというか。

 このヴィレムは故郷を失ったりしていないし、一人生き残ったことを悔いるようなことにもなっていない。だから、あんなふうに、自然に笑えるんだなとか。

 この自分クトリが、あのヴィレムを求めるのは、間違いなんじゃないかとか。

 そんなことを考えてしまうと――足が鈍る。

「やっぱ、帰ろうかなって」

『なぬ?』

「ほら、世間体とかあるじゃない。大学生のところに制服姿の中学生が押し掛けるのって、へんな噂のタネになっちゃうかなって」

『それはそうだが、其方が言うのかそれを』

 まあ確かに。言う資格がないとは思うけども。

「だってぇ」

『まったく。やはり我が共に来たのは正解だった』

 手を引かれた。驚くほどの力強さで。 

 抵抗のすべもなく、あれよあれよという間に、二人の前に引きずり出されてしまう。

「ん?」

 ヴィレムが気づいて、こちらを見て、

「クトリ、と……いらんおまけまでついてんのか」

 白い少女の姿を認めて、あからさまに嫌そうな顔をした。

『要らぬとはお言葉だな、粗暴者』

 意地悪く笑い、少女は、クトリの背を押す。

「はうっ」

「おう。どうしたこんなところで」

「あ……えっと、ね……」

 改めて問われれば、答えに窮する。

 会いたかった。飛び出してきた。色々なものをかなぐり捨てて。それが全てである。それ以上の事情はない。自分でもびっくりするほど、ない。

『そう畏まった用があったわけではない』

 言葉を出せないクトリの代わりに、白い少女が、あっけらかんと繋いでくれた。

『たまたま近くに寄ったから顔を見にきたとか、そういうやつだ。まあ、我はどうでもよかったのだがな? こやつがどうしてもな?』

「はあん?」

 ヴィレムの訝し気な顔。そして、その隣のリーリァが、

「いーいこと思いついたぞう」

 絶対にろくでもないことを思いついただろうという顔をして、ぐいっとクトリとの距離を詰めてきて、

「クトリちゃん今忙しくないよね、時間あるよね、あるに決まってるよね?」

「え、あ、は、はい……」

「ようし決まりだ。ヴィレム、この件、この子連れてきなよ」

 リーリァはやや早口で言うと、クトリの手元に、何やら一枚の紙きれを押し付ける。

「え?」

「あたしやスウォンよりは適役でしょ。あの子たちに近いし」

「そりゃまあ……確かにそうだが」

 困惑顔のヴィレム。

「そんで、あたしはこいつを引き取るから」

 無造作に伸ばされたリーリァの手が、白い少女の首根っこをつかむ。

『む?』

「ほら、久しぶりに、あたしのほうに付き合いなさい。小腹がすいたしサ店ゆくぞ」

『ま、待て、放せ! 我は、其方らの旅路と共にあれと、母に望まれていてだな!』

「だったら別にこっちでもいいでしょうが。そーでなくともあんた、ヴィレムに嫌われてんだから」

『むうん』

 問答無用。誰に何を言わせる暇もなく。

 少女を引きずり、リーリァはずかずかと歩き、雑踏の中へと消えていく。


 さて、二人取り残されて。

「ずいぶんと妙な展開になったが――」

 指先で頬を搔きながら、ヴィレムは言う。

「悪いなクトリ、この後付き合ってくれるか?」

「おつきあひ!」

 変な声が出た。

「ベタな拡大解釈はいらねぇからな。ちょいと、向こうの水族館に用があるんだけどよ」

 言って、ひらりとチケットを振る。

 クトリも手元の、リーリァに押し付けられた一枚を見る。市立バゼルフィドル水族館、超特大水槽のコーナーにて見ごたえバツグン海蛇ショーが開催中。

「来週、うちのチビどもを連れてここに行くんだが、まあどんなもんなんだろうと、下見をしたいわけだ。んで、一人で行くのもなんだと思って相方を捕まえてたんだが、見ての通り、たった今そいつに逃げられた」

 なるほど。

「……じゃあ、わたしが『あの子たちに近い』っていうのは」

「子供だからだ、もちろん」

 まあ、そう言うだろうとは思ったし、それでこそこの人だと納得もするが。

「むう」

「大人扱いされたかったら、もうちょい大人になってこい」

 ちくりと胸が痛むのは、この人は、やっぱり、あの人ではないから。

 自分の知っているヴィレム・クメシュではない。まだあまり知らない誰か。

 かくいう自分自身も、滑稽な模倣パロディとして生まれて、ここにある身。どこまでクトリ・ノタ・セニオリス本人だと言い張っていいものか、自信がなくなってきた。

「本当はリーリァさんと行きたかった、とか言わない?」

「……腐れ縁続きの相手に、その手の感情はねえよ」

「ふうん、どうだか」

 けれど、まあ。それでもいいかなという気持ちもある。


 ――やっぱ、このひとのこと、好きだな。


 結局はここに行きつくしかない、今胸の中にある、この気持ち。

 空の上の恋物語は、きっと、もう閉じている。あのヴィレムに恋したクトリの物語は、どこへも向かわない。

 けれど、だからこそ。

 この短い、夢のような茶番の中で。

 今からでもいいから、始めよう。そして、気持ちだけでも、続けるつもりでいよう。今ここにいるこのヴィレムに恋している、今ここにいるこのクトリの物語。

 ちょっと忙しないかなとは思うけど。そこはそれ、いつものこと。

「どうした、行くぞ?」

「うんっ!」

 小走りになって、大きな黒い背中を追いかける。


      ♪


 それから数分後、すぐ近くの喫茶店。


 ひとつひとつがちょっとした弁当箱ほどのサイズがあるカツパン。皿からあふれそうなボリュームのサンドイッチ。グラタンにサラダにチキンナゲットの山。それらの隣に添えられたコーヒーカップは、小さく見えるがいちおうLサイズである。

 人並みの胃袋の持ち主ならば見るだけで胃もたれしそうなラインナップが、小さなテーブルの上に並んでいる。

「ほら、そろそろ機嫌直しなさいよ」

 言いつつ、リーリァはナゲットのひときれを口に放り込む。

『むう』

 うなりつつ、白い少女はカツパンを手にとる。豪快に両手で持って、かじりつく。もしゃもしゃやって、飲み込んで、

『……我の機嫌はともかくだ。其方は、あれで良いのか?』

「あれって?」

『ここの其方には、あの男を突き放さねばならない事情などないだろう。あちらの其方とは、一人の男を取り合うライバル関係なのではないか?』

 あの男のどこが良いのかはわからんが、と、ぼやきを付け加える。

「あー……まあ、そうねえ。勇者系の事情抜きだと、ただの素直になれない系幼馴染枠よねえ、あたし」

 ぼやきながら、サンドイッチを口に運ぶ。皿がひとつ空になる。

「でもまあ、油断と慢心は幼馴染の義務っていうし。かわいい後輩の青春は応援してなんぼよ。それはそれとして、成就しそうになったら、そん時あらためて、最大最後のライバルとして立ちはだかってやるともさ。そりゃもう、強大な感じで」

 ふわっはっは、と悪そうに笑う。皿がもうひとつ空になる。座席備え付けのタブレットで追加注文。

『泡沫の茶番劇に、未来の話など持ち出しても意味がなかろうに』

「それは言いっこなし。先があろうがなかろうが、託して願って信じるのが、あたしらにとっての未来ってもんだ。それにさ」

 指を振る。

「なんだかんだ、妹分とか弟分とかに慕われて世話焼いてる時のヴィレムは、いーい顔で笑うのさ。あたしにとっては、それが一番大事。愛だの恋だの言い出すのは、その次の次だ」

『……相も変わらず、不器用な生き方をしておるな、其方らは』

 口元をソースでべたべたにしながら、白い少女が呆れる。

「毎回負け戦に付き合ってくれてるあんたに申し訳ないとは思ってるよ。はは、まさかあんたに直接、こんなことを言える日が来るなんて思ってなかったけど」

 手を伸ばし、少女の口元を紙ナプキンで拭いながら、リーリァ。

「いつもありがとね、

『ふん』

 少女は――

 少女の姿をとった極位古聖剣セニオリスは、パンの塊で頬を膨らませたまま、そっぽを向いた。

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