第25話 探求者 その2

「それで新たに何がわかったの?」

「トキワ先生。ついにその勝負は終わったのです。そして、なんと男の人が勝ったのです!」

「まあ。竜が負けたの?」


「ええ。竜は負けました。といっても、竜が怪我をしたとか死んだとか、そういうのではないのです。でも、竜は根負けして…。自分の負けを認めたのです」


「どうして、そうだとわかるの?」

「竜が言ったからです。私が負けたから、目をやるって」

「目をやる、ですって?」トキワは仰天した。


 クレナは落ち着き払って答えた。「トキワ先生。大丈夫です。目といっても、とってもきれいな玉なのです。その…、普通に動物の目玉をくり抜いたというのとは違っていましたから」


 クレナは手振りでその大きさを示した。それは確かに、現実の竜の目の大きさと同じぐらいだった。


「それは良かったわ」少し安堵しながら、トキワは言った。「でも、その人は竜から目をもらって、どうするつもりだったのかしら?」


「そこなんです。彼が言っている言葉をどうにかいくつか覚えて、意味を調べてみたんです。それで、なんとなく言っていることがわかったんです。どうやら、彼は竜の目を手に入れたら、自分が賢くなると思ったようです」


「彼がそう言ったの?」

「全部は覚えきれなかったけど、間違いなく太古の言葉で知恵と言っていました。そして竜の目を掲げて、これがあれば色々なものが見えるようになるというようなことを言っていました」


 クレナの荒唐無稽な夢が虚構ではないと思い知らされるのは、こういう時だった。トキワはクレナに尋ねた。「ところで、クレナ。あなたは竜の目が、知恵の象徴だと言われているって知っている?」


「そうなんですか? あ、だから、あの青年も目が欲しかったのかしら?」

「そうかもしれないわね。神話の時代から、竜の目は何もかも見透かすことが出来るとも言われているのよ。その結果、すべてを見通すことが出来る知恵の象徴にもなったとも言われている」


「本当にそうなのですか?」

「すべてを見通すことが出来るかどうかは別として、竜は間違いなく賢いわよね。人より遥かに寿命が長いのだから、その分、経験することも多いのでしょう。賢いのはある意味当然かもね」


 クレナは少し、しかめっつらをしながら言った。「先生。私の竜はいつも、私が愚かだとか、浅はかだとか、そう言って私をけなすんです。生きている長さが全然違うのに、こっちは子供なのに、とっても偉そうにそう言うのです。先生の竜もそうですか?」


 トキワは吹き出しそうなのをこらえて、真顔で答えた。「そうね。私の竜は偉そうではないけど、少し変わっているかもしれないわ。でもね、クレナ。竜にも性格があるのよ。あなたの竜はきっと厳格でまじめな性格なのよ。だから、少し口うるさいのかもしれないわ」


「そうなんでしょうか…。でも、先生。やっぱり、私の夢って変ですよね? 黒い髪の男の人も変だし、竜が金色という事も…。だって今の赤の界に、金色の竜なんていないですよね?」


 クレナ自身は、その夢の奇妙さは男の黒い髪と竜の色が金色ということだと考えていたが、トキワはその点については重きを置いていなかった。というのも、神話の時代には人々の髪の色は赤以外にもあったという記録も残されていたからである。それに、現在でも鬼子という、れっきとした存在もあるのだから、その男は鬼子だったとも考えられた。


 とはいえ、それ以外のことは、トキワでさえ変だと思わざるを得なかった。(人が竜と戦って勝つなんて考えられない。その青年は神だったのかしら?)


 だが、それならば竜と戦うはずもなかった。神ならば、竜と戦わずして別の手段で知恵を得ることが出来るだろう。そもそも神が知恵を得たいという理由で竜と戦うだろうか? そして竜が、自らを作った神々の誰かと戦ったりするだろうか?


「そうね。でも大災厄の前の時代には、金色の竜が存在したのかもしれないわ」

「大災厄前の時代…。でも、そんな昔のことを、夢で見ることが出来るのでしょうか?」クレナは少し大人びた口調で尋ねた。


 トキワはニヤリとした。「そうね。簡単なことではないでしょうね。でも、出来ないと証明されたわけでもない。それに大災厄の前かどうかはともかく、あなたの見る夢が、太古の言葉が使われているような古い時代であることは間違いないわ」


「本当にそうでしょうか?」

「そうだと思うわ。あなたが生まれながらに太古の言葉を知っていたというのでない限りね」


 クレナも少し微笑んだ。「それは絶対にありません」

「では、余計な心配はしないで、地道に太古の言葉の勉強を続けて行きましょうね。学問に王道なしといったところね。言葉がわかるようになったら、もっと色々なことがわかるでしょう」

「はい」


 話題が少し変わったことに乗じて、トキワは気になっていることを尋ねてみた。


「ところで、クレナ。あと一年くらい学舎で勉強したら、その後はどこかの部の候補生になるのでしょう? あなたは、やっぱり夢見の部へ行くつもりなの?」


 クレナは渋い顔になった。「多分、行かないと思います。いえ、行けないと思います」


「どうして?」

「あのですね。実は私の夢、全然まとに当たらないのです」


 そのことについては、ユズリハからも聞いたことはあったが、トキワはさりげなく言った。「そうなの?」


 クレナは鼻の頭にしわを寄せた。「そうなんです。本当に酷いんです。学舎の夢見の授業で、的に当てる練習をするのです。課題があって、それを夢で見ることができるかって。何度もそれをするのです。そして何回、的に当たったか、先生に報告するのです。もちろん全部当たる人はいません。でも一回も当たらないという人も…、私以外いないんです」


「まあ」


 クレナは少し憮然として続けた。「ユズリハ様はいつも褒めて下さるのです。古い時代の夢を見るのは難しいのよ。それができるあなたはすごいのよって。でも、授業では馬鹿にされるばかりで、褒められたことはありません。夢見の先生は、私の夢を頭っから否定するのです。『あなたの夢はただの夢です。普通の人が見る、荒唐無稽なただの夢です。夢見ではありません』って」


「まあ、酷い言い方ね」トキワまで少し腹立たしく感じた。


「でも、いいんです」クレナは久しぶりににっこりした。「私、的に当てるためになんか、夢を見たくありませんから。そういうのって嫌いなんです。それは、誰かの部屋を断りもなく勝手に覗き見するのと同じようなものです。卑しいことのような気がします」


「言いたいことは分かるけど…。夢見の部へ行かないのならば、どの部へ行くというの?」少し期待しながら、トキワは尋ねた。


「そこが問題なのです」クレナはため息をついた。「特に行きたい部も無いのです。私には癒しの力は無いので、癒しの部へは行けませんし…」


 トキワは誘ってみた。「では、うちに来ない? 学びの部ならば自分の夢を追求するということもできるわよ」


「ええ、そうなんですけど…」クレナはあまり乗り気ではないようだった。

「気が進まないみたいね?」


「はい。夢のことだけやっていればいいのならば、学びの部もとっても良いと思えるのですけど…。でも学びの部って、勉強ばかりするのですよね?」


「そうね。候補生の間は、一通りのことは勉強しないとね。夢の分析ばかりはしていられないでしょうね」


「そこが問題なのです。トキワ先生。私、勉強って苦手なのです。特に、何が目的か分からないような勉強は…」


「あなたの言いたいことは分からなくはないけど…。でも、具体的な目的のためにしか勉強しないというのも寂しいものよ」


「それは、トキワ先生はとても頭の良い方だから、そう言えるのです。私なんか…。私、取り敢えず、知りたいことがわかれば十分なんです。それ以上のことは…」


 ある意味、クレナは自分自身を良くわかっていたが、トキワとしてはクレナの夢見の才能は捨てがたかった。


(とはいえ、こればかりはなるようにしかならないわ。本人の希望がすべて通るわけでもないし、望まない部に配属される候補生の方が多いのだから)


 そういったことに対し、トキワは常に楽観的だった。また、結果が自分の思い通りにならなかったとしても、たいして気にはしなかった。(結局、自分の思い通りになるのは、自分だけなのよ)


 そんなことは、家に帰って夫や子供たちを相手にしていれば嫌でも学ぶことだった。


 その時、学舎の鐘の音が聞こえた。クレナは立ち上がった。「トキワ先生。次の授業が始まります。今日はこれで失礼します」


「そうね。また、夢で何かわかったら、ここへいらっしゃいね」


 トキワはさりげなく、頂き物の菓子を少し紙に包んでクレナに渡した。「休み時間に食べるといいわ」


「先生。ありがとうございます!」


 クレナは宝物を貰ったような笑顔でそれを受け取った。丁寧にトキワに挨拶すると、研究室を出て行った。

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